第3話 2020年2月2日(日)

Facebookの海を泳いでいると彼にとっての苦手な記事が流れてきた。「自己分析」に関する記事だ。自己分析とは「自分の特徴や長所・短所、価値観を分析することで就職活動での”強み”を見いだすこと」。しかしながら彼は自己分析の嫌いだった。なぜなら、志望企業を前提に自己分析をすることは最終的に「自己の否定」のする結果に陥るからだった。つまりは志望企業に求められている要素を自分自身にあると信じ込ませることによる自身の肯定だ。それは同時に自分自身の価値を否定している。妥協とも言えるし、自身への裏切りとも言える行為だ。そして、自己を抽象的な文言で包含する「自己分析」は自分を騙すのにとっておきのツールであった。


仕方ないといえば、それまでだった。確かに会社が400万とある日本の中で自分の価値観を決めてから、一つひとつ企業をみるのはあまりにも非効率だ。それであれば、会社に合わせた方が余程簡単で人生の時間を無駄にしないで済む。


しかし「自分が描いたレールを歩く」と豪語して海外に来た彼には、どうしてもそれができなかった。彼は周りが右を向く時に左を向きたくなるような人間なのだ。自分に正直に生きている。それだけが彼の取り柄だった。しかし、彼は根本的な問題を解決できていない。それは「本当に自分がしたいことは何なのか」ということだった。



その日、彼は夢を見た。洞窟でさまよう少年。手にはライトを持っていた。しかし、ライトが出口を指しているはずなのにいくら歩き回っても外の世界にたどり着けない。少年はついに泣きじゃくってライトを投げ捨てた。音を立ててライトを壊れた。少年は暗闇のせいで目の前が見えない。壁に沿って進むしかなかった。


10分ほど歩いただろうか、突如右手に痛みが走った。鋭利な石で手を傷つけたのだった。少年はライトを投げたことを再度後悔した。数歩先も見えない暗闇が少年に襲いかかる。叫ぶものの声は洞窟を駆け回り、少年のもとに戻ってくるだけだった。Tシャツの首元を引っ張り、目元の塩苦い涙を拭き取る。少年はそれでも震える足を止めようとは思わなかった。一歩ずつ、確実に少年は前に進んで行った。


すると少年の目の前に一縷の光が見えたのである。きっと、あの明るすぎるライトを使っていたら一生見つけることはできなかっただろう光だった。外に出るとそこは砂浜だった。突き抜けるような青空。無数に散りばめたガラスに反射するように、光が海に反射して少年に灯りを届けていた。見たことのない景色に少年は涙を流した。甘酸っぱい涙だった。

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