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Norider77

第1話 2020年1月7日(火)

Yは悩んでいた。


「俺は何をしたらいいんだろう」


彼は22才を目の前にして皆目検討のつかない問題と向かい合っていた。就職というゲームの敗北を恐れて留学に来たものの、アディショナルタイムの1年間も半分を迎えようとしていた。大学の同期は就職先を颯爽に決め、海外旅行に繰り出している。同じ海外にいても心の持ちようがまるで違っていた。


Yはクリーム色の机に頬杖をつきながら、窓から外を眺めた。1月を迎えたせいか、雪がちらついている。朝の豪雪によって降り積もった雪は、通りに化粧を施していた。太陽の光が反射してレフ版のように明るくなっている。彼は目を細めながら通りに人がいるかどうかを確認した。どうやら、寒い冬の平日は部屋にいるのが当たり前らしい。人っ子一人見つけることができなかった。窓を開けて空気を思いっきり肺に吸い込む。どんよりと湿った部屋の空気が外に吐き出されていく。縦2m、横1mの窓は至って大きい窓とは言いづらい。しかし、窓は十分すぎるほどの役割を果たしていた。なぜなら、寮に引きこもっている彼にとっては窓から見える景色が全てだったからだ。窓が彼と世界を繋いでいた。


そんな彼にも唯一の楽しみがあった。それは「窓から見える隣人の生活を覗き見すること」だった。


彼の大学寮の向かいにはアパートメントがある。3階建てで、赤褐色のレンガは中世ヨーロッパの雰囲気を醸し出していた。日本のように何十階もある建物はポーランドにはそう多くはない。そして縦に4つ、横に3つと合計12戸がある中で、彼を魅了していたのは最上階の左端の部屋だった。夜になると黄金の光がカーテンから漏れ、オーロラが目前に現れる。常に真っ暗な部屋の中で、彼はその部屋を眺めるのが一つの楽しみになっていた。闇の中からは、光がよく見えた。想像力を膨らませて向かいの窓を見つめる。しかし、そんな”変態”の彼が捕まることはなかった。なぜなら暗闇から明るいものはよく見えるが、明るいところから暗闇は見えないからだ。彼の寮の部屋は常に暗い。彼はそういうことに関する知識は十分に身につけていた。




彼は窓を閉めて、椅子に腰掛け、ズボンのファスナーを下ろす。ここ数か月のスナック菓子と炭酸飲料水の影響でズボンをまともに着れなくなっていた。寝起きの髪をかきむしり、常に来ているXLの赤いパーカー(プルオーバー)のフードを被る。小さな秘密基地に入った彼はパソコンを開いて役に立たない動画を見始めた。メントスをコーラに入れる動画やコンビニで一万円使う動画などだ。彼自身もわかっていた。わかっていたんだ。だけど、追い詰められた彼にとって動画を見るのが精神安定剤となっていた。そして彼は過剰摂取していた。そんな彼を止めてくれる人もいなかった。気がつくと日が暮れ始めていた。彼はため息をパソコンに吹きかけると、パソコンをそっと閉じる。気持ちが落ち着き、気分がよくなった彼は机の右側にある縦長のベットに転がり込んだ。そしてまた1日が過ぎていった。

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