第21話 総司の本心
全員が総司の言葉の意味を理解できず、何を言っているんだ?と言いたげな顔で総司を見る。
ここまでのことを言ったのだから今さら隠すようなことはないだろう。 この言葉も掛け値なしの本心なのは分かる。 あれほど悪し様に罵りながらそんなことは思わなかったと、それがどういうことなのか理解できなかった。
困惑を表情に浮かべる洋介たちに、呆れたように総司は口を開く。
「須原……お前だったら一生付き合っていけるようないい友人がいて、そいつがホモだって分かったらどうする?」
不意によく分からない話を振られ戸惑う洋介に、総司はさらに言葉を重ねる。
「変態だと思って蔑むか? 汚いと思って罵倒するか? わざわざ口に出して止めるか?──自分に関係ないならそんな風にしないし思ったりもしないだろ? いい友人だって本心から思って付き合うよな?」
「それは……多分そうだと思う」
「じゃあそいつが迫ってきたらどうする? 罵って拒絶して縁を切るか? それともやんわり断って友人関係を続けるか?」
「……縁を切ろうとは多分思わないし……傷付けないように断ると思う」
「やんわり断ってるのにいきなり押し倒してきて、お前が知らないだけでおかしなことじゃない、気持ちいいからお前にも教えてやる、仲間になろう──そうやって嫌だって言ってるのに無理やり犯されでもしたらどうだ? その相手をお前は許せるのか? いい友人と思えるか? それまでの好意的な気持ちのままでいられるか? 絶対許せない最低な変態のクズ野郎と思わないか?」
「……」
総司の言いたいことが分かり、非難するように見ていた視線は気まずそうに伏せられる。
踏み越えないと決めた線を踏み越えさせた──その言葉が何を意味していたのか、はっきりと理解させられた。 今の状況がそれなんだと、理解できないはずもないくらいに分かりやすい話だった。
「俺はお前らは本当にいいやつらだと思った……仲良くしていきたいと思った。 お前らがそれで楽しんでるならそれはお前らの価値観だからそれでいいと思った……だから何も言わなかっただろ? だけど……頭おかしいことに巻き込まれるのは心底ごめんだったんだよ」
「だったら……何でもっと抵抗しなかったの?」
総司が自分たちに対してどんな気持ちでいたのか、そしてそれを自分たちが壊してしまったという事実を十分に理解しながら、信雄は微かな不満を込めて呟いてしまった。
「総司の言葉をそのまま受け止めなかったのは俺たちが悪かったよ。 でも……もっと抵抗してたら俺たちだって──」
「俺が馬鹿だったよ……お前らとの縁が切れるのを避けたくて、思いきり暴れるのもためらったんだから。 押さえつけられた時点でこうしてぶちまけてやればこんな思いしなくて済んだのにな……」
「……春とのキスに積極的だったのは?」
「手を押さえ付けられて押し退けることもできない、舌入れられてるから首を振ったら戸倉が危ない……そんな状態で自分の舌で押し出そうとしたのがそんな風に見えたか?」
心底後悔するように言う総司に、信雄たちの後悔も強まる。
総司はそんな状況でも自分たちを気遣っていた。 仲間でいたいと思っていてくれた。 それに気付かず勘違いして、全てをぶち壊したのは自分たちなんだと、それを知って自分たちの馬鹿さ加減を心の底から後悔していた。
大人たちも何も言わない。 自分の子供が口汚く罵られようと、総司の言うことに反論などできなかった。 気持ちは分かるけどそこまで言わなくても──そんな感情論を言うことも総司の憔悴ぶりが許さなかった。
総司が求めるようにキスをしてくれたと、そう思ったのが勘違いだったと、汚い女と思われて拒絶されていたんだと、それを総司はただ黙っていてくれたんだと──それを知ってしまいさらに心をえぐられた春が堪えきれずに泣き声を上げる。
あの時、その瞬間まで、総司は『春ちゃん』と変わらずに呼んでいた。 今みたいに罵られてもおかしくない状況で、それでも友人のままで、好意的にいられるようにとしてくれていた。 そんな総司の優しさを台無しにして、せっかくの関係を自分が壊してしまったんだと、それが総司に罵られていること以上に悲しかった。
春の悲痛な泣き声だけが響く中、全てをぶちまけた総司も顔を覆う。 元々まともな精神状態ではない。 ぶちまけてやりたい気持ちのままに全てをぶちまけると、また別の感情が総司に押し寄せた。
「……どうしてくれるんだよ?」
ぽつりと呟く総司の声は震えていた。 体も小刻みに震え、鼻をすする音も聞こえる。
「せっかく新しいとこにきて……母親だった女が……浮気してるのを聞かされた家から離れられて……何で……またこんな思いしなくちゃ……いけないんだよ……」
思わず口走ってしまった言葉に智宏が沈鬱な顔をし、康雄が驚いたように智宏を見る。
離婚の原因も総司がしたことも当然、他人に話せるようなことではなかった。 総司がここまでの衝撃を受けている理由の一端を知り、もう誰も、何も言えなかった。
「そういうの……考えるのも嫌で……性欲なんか湧かない……それも落ち着いて……」
誰も何も言えずにいる中、総司の嗚咽混じりの独白が続く。 総司と春、二人の悲しみを受け止めながら、五人はただ自分たちの犯した罪の重さを噛み締めるしかなかった。 大人たちも誰一人、何も言えず、自分の子供たちが一人の少年をこれほどに傷付けてしまった、その思いに顔を歪めていた。
「いい友人ができて……楽しく過ごせればって……彼女とか作れればいいなって……そう思えるくらいには……落ち着いたのに……初日からあんなの見せられて……思い切り吐いて……」
総司が初日に体調を崩した原因が春と文彦のことだと聞かされ、五人はまた総司に対する罪悪感を募らせる。 知らなかったこととは言え総司に嫌な思いをさせていたこと、そして総司がそれを少しも匂わせずに自分たちを尊重してくれていたこと──総司が言わないのだから知らなかったことも気付かなかったことも責任はないのに、自分を罵りたい気分だった。
「あんな目にあって……今だってこんなで……ここを離れたって……いつ落ち着くんだよ……俺の人生……何年がムダにさせられるんだよ……ふざけんな!」
嗚咽を上げていた総司が突然激昂し、テーブルを思い切り叩く。 康雄も一瞬怯む剣幕に、洋介たちは思わずたじろいでいた。
総司はテーブルに叩き付けた両手はそのまま、下を向いて肩を上下させている。 制御できない感情の爆発をどうにもできなかった。
「本当にすまない!」
洋介が、彰が、文彦が、信雄が、由美が、全員が頭を下げ口々に謝る。 春もしゃくり上げながら小声で何度も、総司にごめんなさいと繰り返す。
「……謝って何になるんだよ?」
怒りも悲しみも吹き飛んだように、情緒不安定な総司は沸騰した感情がすっと覚めて、感情に乏しい目で頭を下げる元友人たちを冷めた目で眺める。 その行為にも、している人間にも何の価値もないと言うような冷めた目に、大人でさえ言葉を選びあぐねて何も言えなかった。
「何も分からないで謝ったって何の意味もないって言っただろ……」
「分かったよ! 俺たちがどれだけ馬鹿なことをやってたかも、それでお前をどれだけ傷付けたかも──」
「……分かったつもりになってるだけだろ」
「総司……」
ちゃんと理解した。 その上で謝ったつもりなのに、総司はにべもなく吐き捨てる。
「話を聞いただけで何が分かる? それだけで俺の気持ちが分かったとかふざけんな!」
「…………」
許してもらえなくても反省したその気持ちを伝えたいのに、総司はそれさえ受け入れてくれない。 どうすればいいのか、誰も分からなかった。
「どう……すれば……いいの?」
「春……」
ぽつりと、しゃくり上げながら呟いた春に由美が心配そうに声をかける。 傷付いた春が心配で、できるならこれ以上、総司を刺激したくなかった。
謝れない、赦されない、償えない──それだけのことをした事実を受け止めて、総司に対する罪悪感を抱えていくしかない。 同じように苦しめと、そうしてこそ自分の気持ちが理解できるだろうと、総司はきっとそう言ってるんだと、由美はそう思い、春を諭そうと口を開こうとした。
だが、それは違った。 春を諭そうとする由美を遮るように総司が口にした言葉に、由美は自分たちは総司の気持ちを本当に理解できていなかったんだと、そのことを思い知らされる。
「……セックスしろよ」
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