第17話 明かされる罪

 智宏に指定された19時、柴谷家には14人の客人が訪れていた。 春たち四人とそれぞれの両親、それに洋介と由美だ。

 Wireのグループチャットで彰はみんなに事の成り行きを説明した。 予想もしてなかったくらいに事が大きくなったことに、全員が激しく狼狽えて大騒ぎになった。

 グループトークでのやり取りは混乱を極めた。 ぐちゃぐちゃに書き込まれるメッセージでまともに話し合いもできない状況に陥り、由美がまず自分が話すと宣言して彰に電話をかけ、その結果を報告することにした。


 結局のところ、彰も何も分からないのだから実のある話はできなかった。 それでも経緯だけは分かり、由美は自分も話を聞きに行くことに決めた。 実際にしたのは四人だがみんなで話してすると決めたことだ。 決して他人事ではないし、それで仲間が大変なことになっている。 四人と、そして総司もだ。

 そう決めたことをグループチャットで話すと洋介も行くと言い出した。 洋介は男子のまとめ役で責任を感じていたし、遅くなるのに由美を一人で帰らせるわけにもいかないと考えてのことだ。


 そうして今、襖を外して一間に繋がったリビングと広間に15人の人間が深刻な面持ちで座っていた。 広間の机を囲んで智宏の正面に洋介と由美、左右に春たち四人とそれぞれの父親が並び、母親たちはリビングのソファからその様子を見ている。

 各自の自己紹介を受けて、智宏は全員を見渡すと軽く頭を下げて口火を開く。


「まずはご足労いただきありがとうございます。 特に杉田さんは現場でお疲れのところ申し訳ありません」

「よしてくれよ、柴谷さん。 詳しくは息子がどうしても話せねぇって言うから分かんねぇけど柴谷さんの息子さんに何かしちまったんだろ? 謝るのはこっちだ」


 彰の父──杉田 康雄が頭を下げる。 それにならうように彰も頭を下げ、他の家族も同様にする。


「まずお聞きしますが杉田さんのように事情を知らない方はいますか?」

「その……うちの娘はまともに話せる状況ではなかったので」

「うちの息子も友達と何かあって親を呼ぶよう言われているということしか……一体何があったんですか?」


 春と文彦の父親が申し訳なさそうに話すと、信雄の父親も同意する。 それも想像していたか、智宏は軽く頷く。


「まあお子さんからすれば話しづらいことですからね。──では順にいきましょうか。 まず、あなた方はお子さんたちがクラス全員、互いに性的関係にあったことはご存知ですか?」


 端的に告げられた言葉に呆けた空気が流れる。 何を言われたのか理解できない親たちの横で、春たちはうつ向いて体を強ばらせ、これから話されることとその後どうなるか、不安に耐えるように手を握り締めていた。


「柴谷さん……そりゃどういう意味だい?」

「特定の相手というわけでなくクラス全員、仲間内で複数の相手とセックスをしていた。──親の前では頷きづらいだろうから君に聞こうか。 間違いないね? 須原くん」


 智宏に話を振られ、洋介は慌てる。 できれば誤魔化したいがこんな話が出てくること自体、智宏が事実として知ってることの証だ。 大人たちに問い詰めるような視線を向けられ、洋介は観念して頷く。


「……その通りです」

「時には全員で一ヶ所に集まり、俗に言う乱交をすることもあったと」

「……はい」

「春っ!」

「彰っ! てめぇっ、何恥さらしな──」


 洋介が頷くと春の父親と康雄が激昂しかけ、それをすぐさま智宏が制止する。


「お子さんに言いたいことはあると思いますがそれは後にしてください。 本題はここからです。──彼らは転校してきた総司を仲間としてすぐに受け入れてくれた。 これには父親として感謝しますが問題は明日の日曜日、ここで総司の歓迎会をする予定だった──今みなさんが集まってるこの部屋で、私がいないのをいいことに、新しい仲間の総司を含めていわゆる乱交パーティーを開こうとしていたことです」


 少し棘のある智宏の言葉に場の空気が凍りついた。 自分の子供たちがそんなことをしてるなど想像もしていなかった母親たちは信じられないというように口許を押さえている。 春の母親は目に涙さえ浮かべていた。

 父親たちはあるいは怒りに、あるいは衝撃に体を震わせ、康雄など智宏の制止がなかったら今にも殴り付けそうな目で息子を睨んでいる。


「そこで彼らも気を遣ったようでしてね。 経験のない息子を先に少し慣れさせてやろうと一昨日の放課後、ここにきていただいたみなさんのお子さんたちで、杉田さんの息子さんの部屋で総司を行為に誘った──」


──ガンッ!


 智宏の言葉が終わらない内に、固いものに何かを打ち付けるような音が響く。 我慢の限界に達した康雄が彰の後頭部をつかみ、机に顔面を叩き付けていた。


「ぐうっ!」

「この──バカ息子がっ! てめぇは──」

「杉田さん。 話はまだ途中です。 お子さんへのお説教は帰ってからにしてください」


 康雄の剣幕と目の前で起きた暴力にみんなが怯える中、智宏は平然とした態度で康雄を制止する。 昔と比べれば大分ましになったとは言え、土木業者にはまだまだ気の荒い人間が多い。 長年建築業界で働いている智宏からすれば若い頃に見慣れた光景だった。 さすがに大手の会社の現場ではないものの、使えない職人を重機で殴る人間がいまだにいるような業界なのだ。


 智宏の制止に康雄は息を荒くしながら彰の頭から手を離す。 呻きながら顔を上げた彰は、打ち付けたのは額だけのようで鼻血を出したりはしていなかったが、痛みと父親の怒りに涙を流していた。

 そんな彰の様子を気に留めるでもなく、智宏は続ける。


「それで、彼らに誘われた総司はそれを拒否した。 部屋を出て行こうとする総司を彼らは布団に押さえ付けてそのまま強制的に行為に及んだと、これがお子さんたちがしたことです」


 春たちが何をしたのかを聞いた親たちの間に沈黙が流れる。 親に全てを暴露され、春たちも、この場に親がきていない洋介と由美も、身の置き場もなくただ黙ってうつ向いている。

 親たちは自分の子供たちの仕出かしたことに声も出ない。 しかし、この時点で誰も、子供の仕出かしたことの意味を分かっていなかった。

 だから、続いた智宏の言葉に、子供たちへの様々な感情が吹き飛ぶくらいの驚きに駆られる。


「総司の意思次第にはなりますが、この件についてはみなさんに対する賠償請求、お子さんたちに対する刑事告訴もあり得ます。 みなさんにきていただいたのはそれをお話しするためです」

「ちょっ──待ってくれ、柴谷さん!」


 思わず声を上げた康雄に智宏は沈鬱な目を向ける。 現場で親しくしている人間に対して、告げることを心苦しく思っているのが窺える。


「俺らの子供がバカなことをしてたのも、それで息子さんに嫌な思いをさせたのも分かった。 慰謝料だってんなら当然考える。 だけどよ、何で警察なんて話になんだ?」

「杉田さん。 私もお世話になってるあなたにこういうことは言いたくない。 ですがお子さんたちのしたことがれっきとした犯罪である以上、言わないわけにはいかないんです」


 子供たちが犯罪者だと、そう言われても誰も納得できなかった。 拒否していたのに無理やりさせたとすればよくないことではあるが警察が動くほどのことかと、何の罪になるのかと、それが当事者も含めた全員の思いだった。 総司に悪いことをしたと思いはしても犯罪とまでは思っていない。

 そんな全員に対し、智宏は大きく息を吐く。 この反応もあるいは仕方のないことかも知れないと、そうは思いはしてもやるせない気持ちになる。


「いいですか? みなさんは総司が男だから意識してないんだと思いますが、総司は三人がかりで押さえ付けられて性行為を強要された。 『暴行または脅迫を持って性行為を強要する』──つまりは一般的に言うなら強姦の被害者なんですよ」

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