第16話 仄めかされる罪

「……どういうことなのよ?」


 土曜の朝、登校してきた由美は首を傾げながら春たちに詰め寄る。

 夕べ、Wireのグループトークで総司に謝れなかったことが伝えられた。 放課後に四人で総司の家に行ったがインターホンを鳴らしても出ず、春の家でしばらく時間を潰したが18時になってもダメだったと。

 仕方なしに三人は帰り、春は19時頃にも見に行ったが家の明かりは点いていなかったと言っている。

 それは仕方ないとして、総司の姿は今日も教室になかった。


「多分親父さんに連れられて出てたんだと思う。 うちの親父が総司の親父さんが家庭の事情で早退してたけど何か知らないかって言ってたから」

「そうするとやっぱ病院に行ってたんだね。 てことは総司くん、お父さんに全部話しちゃってるかな」


 病院に行っていたなら総司の父親にばれてるだろうことに今さらながら気付き、由美がため息を漏らす。


「それで休ませられてるのかも知れないか」


 個別に送ったWireのメッセージも返事はおろか既読も付かない。 父親に学校を休んで連絡も取らないようにさせられているのかも知れない。

 大事になりそうな予感にため息を吐く由美に、彰たちも気まずくなる。 謝りに行ったら総司の父に叱責されるのが目に浮かんだ。


「だけどちゃんと謝らないと! 今日もう一回行ってくる!」


 躊躇う彰たちに対して春ははっきりと、やるべきことを言う。 彰たちもそれに押され、渋々ではあるものの頷く。


「とにかく誤解は解かないとな」

「そうだね……今日は多分いるだろうし学校終わったらすぐに行こう」


 そう話し合って、放課後に春たちは総司の家にまたきていた。

 玄関から見ると、昨日は何もなかった庭に車が一台停まっているのが分かった。


「……今日はいるみたいだね」


 春が呟くと全員が落ち着かない様子になる。 総司としっかり話して謝るつもりだったが、今朝、由美に言われるまで親に話が伝わっていることは考えていなかった。 車があるのだから総司の父親も当然いるだろう。 彰が父親から聞いた話も当然頭を過る。


「……鳴らすね」


 ことが大きくなってしまったことで三人が躊躇する中、春が確認するように言うとインターホンを鳴らす。

 呼び出し音が鳴りしばしの沈黙の後──


『はい』


 男性の声で短い返答。 それが総司の父親のものだということは春以外の三人も分かった。


「あの……戸倉です。 総司くん、今日も学校休んでたからその──」

『……ちょっと待ってくれるかな』


 インターホンが切られてほどなく、柴谷家の玄関が開けられた。 春は一度会っている総司の父親。 優しそうに笑って春に総司をよろしくと言っていた40半ばの男性が、今は少し険しい顔をしていた。


「こんにちは。 あの……総司くん、大丈夫ですか?」

「……総司は今は眠っているよ。──聞きたいことがあるから入ってくれるかな?」


 智宏の様子に、総司から話を聞いてることを感じ取り、彰たちだけでなく春にも逡巡が生まれる。 それでも意を決すると、春は智宏の招きに従って家へと入り、彰たち三人も仕方なしに後に続く。

 案内されたリビングには三人掛けのソファがテーブルを挟んで向かい合わせに設置されていた。 四人にソファに座るように促した智宏は隣のダイニングから椅子を持ってくると、向かい合って座る四人の脇に椅子を起き腰を下ろす。


 何も言わず心労を表すようにため息を吐く智宏に、四人は違和感を感じる。 怒られることは想像していたが、総司が病気を心配して話をしたくらいでこれほどの反応をされるものなのか。


「総司から話は聞いている。 確認しておきたいんだけど君たちで間違いないかな?」


 前置きもなく唐突に切り出され、全員が言葉に詰まる。 友人の父親に対して話しづらい内容だから仕方のないことだ。


「あの……一昨日のことでしたらそう……です」


 智宏と顔見知りの春が答えると、智宏はまた一つため息を吐く。


「一昨日──今日が2019年の6月19日だから17日の放課後のことだね。 場所は杉田さんの息子さんの部屋と聞いたけど──」

「あの、それ、俺です。 父がお世話になっています」


 父親が世話になってると常々話している人に淡々と話されて、萎縮しながら彰が答える。

 彰が知人の息子と知っても智宏は挨拶も何もしない。 変わらぬ調子で淡々と先を続ける。


「君たちは仲間内で性行為をしている。 それで総司も新しい仲間として迎え入れようとして……断って行こうとした総司を押さえ付けて同じことをさせたと、それも間違いないね?」

「……はい」


 想像以上に重い空気に、どういうことなのか分からず全員が困惑していた。

 智宏が腕を組み、自分の腕を指先で叩くのを見ながら、春たちは何も言えず智宏の言葉を待つ。


「高校生がそういうことをしているのは大人としてたしなめるべきことなのだろうけど今はその話はいい。 それで、君たちは何をしにきたのかな?」

「あの……その事で総司くんに謝って……誤解も解きたかったんです」

「残念だけど総司はさっき話したように寝ているしまだ君たちに会わせたくはない。 夜に親御さんを連れて改めてきてくれるかな?」

「親って……あの、すいません。 総司に変な不安を抱かせて嫌な思いをさせたのは確かだけど親とかはちょっと──」


 病気の心配をさせたならそれは悪いと思っているし、止めようとしてたのに説明もせずに無理やりさせたことになるから謝りたい。 しかし、親に介入されるようなこととはこの雰囲気の中でもまだたちは思ってなかった。 できれば親に知られたくないと思うのも当然の心理だ。

 彰の言葉に智宏はまた大きなため息を吐く。


「君たちは自分たちが何をしたのか分かっていないようだね」

「その、総司を傷付けたのは悪かったと思ってます。 みんなで話して、総司がそこまで心配してたなんて知らないで嫌な思いさせて……俺たち、総司のことをいいやつだと思うしこれからも仲間でいたくて、だから謝って誤解を解いて仲直りしたくてきたんです」


 文彦の的はずれな訴えに智宏は首を左右に振り、


「君たちは総司が昨日、何で休んだと思う?」

「それは……病気を心配して病院に行ってるのかなって」

「病院には行った。 だけどね、君たちは泌尿器科か何かを想像してるみたいだけど──総司が行ったのは心療内科だよ」


 智宏の答えに四人は言葉をなくしていた。 何故そんなことになったのかは分からなくても、心療内科に行くことの意味は分かる。 仲間の誰も想像していなかったことに、四人は呆然としてしまった。

 そんな四人に智宏は冷静に、むしろ冷徹なくらいの態度でさらに告げる。


「総司の意思次第だけど、君たちのご両親には慰謝料の請求を行うことになる」

「ちょっ! どういうことですか!?」

「君たちのご両親にきてもらって話をするつもりだけど、ご両親と話ができないのであれば家庭裁判所に請求を起こすことになる。 そして、場合によっては君たちに対する刑事告訴も考えないといけない」


 驚きに声を上げる文彦を無視してさらに告げられた言葉に全員、理解が追い付かず固まる。

 刑事告訴──つまりは警察に訴えられること。 自分たちが犯罪加害者だと言われている。 そんなことを思ってもいなかった高校生に、その宣告はあまりに重すぎた。


「ちょっ……えっ? 何言って……俺らそんな──」

「詳しくは今夜、君たちのご両親と話をさせてもらう。 事情を説明しづらいなら私が説明するから今夜19時、改めてここにきなさい。 いいね」


 三人は狼狽えてパニックになり、春は顔面を蒼白にしてうつ向いていた。

 そんな四人に対して智宏は取り付く島もなく、詳しく話を聞こうとしても流されて、四人は総司の家から追い出された。

 玄関の前で呆然と、三人は顔を見合わせる。 誰もすぐに言葉が出なかった。


「……どういうことだよ?」


 彰が絞り出したように言うと、文彦も信雄も黙って首を振る。 一体どういうことなのか、わけが分からなかった。 

 春を見るとうつ向いて小刻みに震えている。 思いもしなかったことに、ショックが大きすぎて何も言えない状況だ。


「……言うしかないよな」

「ってもわけ分かんねぇし……」

「でも黙ってるわけにもいかないよね……」


 鉛を飲み込んだような重さを感じながら、それでも誤魔化すことはできないと、後ろ向きではあるものの覚悟を決めるしかなかった。


「春もさ、一旦戻れ。 何とか親に話してまた夜に集まろう」

「そ……じ……くん……」


 うつ向いたままの春に文彦が促すと、掠れた声が漏れる。 唇を震わせて、まともに声も出せない様子で、それでも堪えきれない気持ちが春の口から溢れていた。


「あた……こと……そ……んな……」


 何を言ってるのかは分からない。 しかしそれが、春の受けたショックの大きさを雄弁に語っていた。


「春……」


 大人だったら上手い言葉がかけられたかも知れない。 だがみんな子供で、しかも理由も分からず警察に訴えられるかも知れない状況に混乱していた。 三人とも、春に何を言っていいか分からず立ち尽くしていた。


「……とりあえず帰ろう。 春のお母さんには俺らから話してやるから」


 慰めの言葉も見付からないまま、ただそうするしかないと促す文彦に、春は頷きもせずにフラフラと動き出す。

 自転車に手をかけ家の方に歩き始めた春に、彰たちもみんな後を追いかける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る