第3話 秘されない秘め事の話

「おはよ、総司くん!」

「おはよう、春ちゃん」


 玄関を出たところで元気いっぱいの挨拶に迎えられ、朝から元気だな、と感心しながら総司も挨拶を返す。

 自転車に乗った春はセーラー服姿だ。 溌剌としたイメージの春に活動的な夏服はよく似合っていた。 スカートが短すぎな気はしたがさすがに女子のスカート丈を指摘するのも気が引けて総司は何も言わないことにする。


「それじゃ行こっか!」


 春に促され、自転車を漕ぎ出す春に続いて総司もペダルを踏み込む。


『一緒に学校に行こうね!』


 そう言い出したのは春だった。

 昨日は挨拶回りを終えて家に戻ると、ほどなくやってきた春に手伝ってもらいながら荷物の片付けを進めた。

 台所を使えるように整理が終わると春は夕飯の準備を始め、総司は智宏と二人で物置にしまい込む物の整理を進めた。 使う頻度を考えながら整理するのに相当時間がかかってしまい、私物を開けるまではいかなかったもののそれなりには整理ができた。 その後に春の作ったご飯を食べながら色々話している中で出た話だ。


 学校までの道を案内してくれるのかと思ったら、毎朝一緒に登校しようとの誘いだった。 クラスでも一人で登校してるのは春だけで、一緒に登校できる近所の友達ができたのがうれしいらしい。 総司も色々と話をして春との距離は縮まっていたので、女の子と一緒に登校や手料理を作ってもらったり、そうしたことを気恥ずかしさ以上にうれしく感じるようになっていた。

 学校までは自転車でも30分ほどかかる。 のどかな道を走りながら、こんな生活が続くことに総司は胸を踊らせていた。


「何にもなくてびっくりしたでしょ? 東京はもっと賑やかなんだろうなぁ」


 並んで自転車を走らせながら春が羨ましそうに言う。 総司が住んでいたのは都心ではなかったが、それとすら比べものにならないほど何もない。 コンビニや飲食店や何だかんだ、サボろうと思えばいくらでも入る店があった地元と違い、ここではそんなところは見晴らしのいい景色のどこにもなかった。


「まあ遊ぶとこなんかいくらでもあったのは確かかな」

「いいなぁ。 ここって本当に何もないからさぁ」

「そもそもお店があまりないもんね。 みんなは普段何して遊んでるの?」


 総司の質問に春は考え込む仕草をし、


「色々だけど男子はみんなで釣りしたりゲームしたりバスケしたりしてるかな」


 軽く上を見てさらに考え込む素振りを見せる。


「信雄と文彦は二人ともゲーム好きで色々やってるみたい。 優太は本好きだね。 ほとんどマンガだけど!」


 総司もゲームやマンガは好きだった。 ゲームはスマホでちょいちょいつまみ食いの他、PCでFPSをやり込んでいた。 マンガも人気作は色々と読んでいる。 ジャンルによるけどその三人とは気が合いそうで楽しみになった。


「彰は体を動かすのが好きでね、放課後にみんなでバスケとかやる時は一番上手いんだ! バスケ部とかないから遊びでしかやらないんだけど」


 運動に関してはインドア派の総司はあまり自信がない。 自己評価ではまあごく普通と思っている。 活躍はしないがさほど醜態も晒さない程度だ。


「洋介と賢也は二人とも楽器が趣味でね、一緒に演奏してるとこを撮って宇宙部に動画を上げてるんだよ! あんまり見られないから歌を付けたら変わるんじゃって言ってるけど二人とも下手くそなんだよね。 総司くんが歌上手いといいなって期待してたよ」

「あんまり期待されても困るなぁ。 カラオケならそこそこには上手いと思うけど」


 友達とカラオケにはよく行ったが割と上手い方だと思っている。 ただし、動画で配信することについては楽しそうとは思うもののそこまでの自信はない。 カラオケでもあれば聞いてもらって評価してもらえるだろうがこんな所にカラオケボックスなどあるわけも──


「あ、カラオケなら梨子の家がカラオケスナックやってるから開店前なら歌えるよ。 みんなでたまに行ってるの。 今度総司くんの歌も聴いてみたいな!」


 カラオケボックスではないが歌える所はあるようだ。 みんなで楽しく歌えるのは楽しみだなと、総司は軽く口笛を吹く。


「女子は集まってお菓子作ったりとか音楽聞いたりだね。 紗奈はお菓子作りが上手で時々作って持ってきてくれるよ!」


 少し自慢げにいう春に、田舎は田舎なりに楽しく過ごせそうだな、と総司はまだ見ぬ友人と過ごす時間を想像する。 正直なところ、期待していた以上に楽しそうでうれしくなった。


「友達とならそういうのも楽しいよね」

「うん! 後はセックスかな!」

「へぇ……セッ──」


 とんでもない言葉を耳にした気がした。 聞き間違えか?──そんな思いに春の顔をまじまじと見ると天真爛漫な、無邪気な顔のままで笑っている。 友達との登校が楽しくて仕方ないといった感じで、今、春が発したと思われる単語と春の表情が全く結び付かない。


「ごめん……今、何て言った?」

「ん? セックスのこと?」


 聞き間違えではなかった。 恐る恐る聞き返す総司に、春はそれを特別なこととも恥ずかしいこととも思ってないように、無邪気な顔でその単語をはっきりと口にしていた。


「えっと……春ちゃんって彼氏いるんだ?」

「えー? いないよ? いたらみんなでなんてしないし!」

「……みんなで?」

「うん!」


 総司の頭は春の言葉に対して理解が追い付かない。 混乱しながら何とか聞き返すと、春は元気よく頷き返す。


「ここって面白いことなくて退屈だからさ、みんな中学の頃には経験してるし友達同士でしたりしてるよ? あたしも気持ちいいし仲のいい友達なら嫌じゃないからクラスの男子とみんなでしたりするんだ!」


 あっけらかんと言っているが内容のとんでもなさはすぐに総司の脳に染み込んだ。 つまり、春は好きな相手ではなくても、気持ちいいからと何人もの相手と関係を持っているということだ。 それも何人も一緒の時もあると。

 正直、若干の好意を抱きかけていた少女からそんな話を聞かされて、総司は胸に軽い痛みと重さを感じた。

 そんな総司の内心には気付かず、春は一人で話す。


「うちのクラスは女子が四人なんだけどね。 由美は3ヶ月前まで彼氏がいたからしばらくなかったけどもう別れちゃったから今はまたみんなとしてるね。 紗奈は相性がいいからって文彦と優太と彰とが多いかな。 梨子は面食いだから洋介と賢也だね! 総司くんは結構かっこいいから梨子の好みかもね!」

「へぇ……」


 かっこいいと誉められたのは嬉しいが、総司の内心には若干の重さがあった。 好みであって誘われても、その輪の中には入りたくない。

 何と答えていいか分からず、曖昧に相槌を打つ総司に気付かないまま、春は話を続ける。


「あたしは仲いい友達で仲間はずれとかしたくないから由美と同じでクラスのみんなと! みんなで仲よくしたいもんね」


 そんなことに同意を求められても困る。 総司の価値観からすればあり得ない話だ。 しかし、それで春やまだ見ぬクラスメートを汚いと思ったかと言えばそうではない。


『価値観を大事にしろ』


 それが総司が智宏から教えられてきたことだ。 自分の価値観をしっかり持つ──そういうことではない。 人それぞれの価値観があるのだからそれを大事にする。 自分の価値観で他人を否定しない。 それが人間関係に大事なことなんだと、そう言い聞かされた。


 もちろん例外もあるが、春のそれは例外に当たらない。 総司は自然と身に付いてるそれに従い、春のことを責めたり苦言を言ったりはしなかった。

 それはあくまで春の一つの側面だ。 春が明るくて優しいいい娘なのは何も変わらない。 仲間はずれにしたくないと言うのだから、いいように解釈すれば優しいからと言えなくもないだろう。 いい友達でいたいと、その気持ちは変わらなかった。 クラスメートたちも、そういう面には触れずに普通に仲よくできるならそうすればいいだけだ。


「まあ……仲がいいのは悪いことじゃないよね」

「うん! みんなも総司くんのこと歓迎・・してくれるしすぐに仲よく・・・なれるよ!」


 春の言葉をそのままに受け取り、それ以上そんな話を聞きたくない総司は当たり障りのない話題を振って話を逸らした。 春はそれにも元気いっぱいに、楽しそうに返してきて、そのまま普通に話しながら二人は学校に向かう。



 この時のことを総司は後に後悔することになる。 その言葉の意味をちゃんと聞き返して自分の考えを伝えていればこんなことにはならなかったのにと。

 いい友達でいたい──そんな仲間には入りたくない。



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