第26話 異質な魂
「家臣になるだと?」
俺は突拍子もない提案に困惑した。
「貴様。陛下に対してその物言い。無礼であるぞ!」
沈黙を守っていた銀髪の女剣士、リウィアが吠える。
「まあまあ、そう怒らないでよ。リウィア。突然こんなことを言われても驚くだろうからさ。僕も物騒なのはやめにしよう」
ティナは眩い光に包まれ、黄金の鎧と剣は指輪に金の指輪へと形を変え、身軽な革鎧を着た姿があらわになった。
「本当に神器を二つも」
ティナの両手にひとつずつはまった指輪を見て、改めて驚く。
神器は使用者に絶大な力を与えるが、二つ以上の神器を同時に運用することは極めて困難だ。
ゆえにたいていの神器使いは神器を武器として一つだけつかう。
ところがティナは剣と鎧、二つの神器を使いこなしていた。
熟練した神器使いならば神器をその身に纏う神装を使い、武器としても使うが、ティナは豪勢に二つも神器を使っている。攻守それぞれに特化した神器を身に使えば、わざわざ神装をする必要もない。
神器の力を二つとも存分に引き出しているのならば、単純計算で出力は二倍。
これでは通常の神器はおろか通常の武器ではまず太刀打ちできない。
「あはは。それは違うよ。クルト君。僕が使っていた
ティナはちょんちょんと頭の上のティアラをつつく。
あのティアラも神器なのか。
全部で四つ。人智を超越している。これではルイーゼですら勝ち目がない。
「帝国宝器は帝権の象徴。それぞれの帝国宝器に皇帝の権能にちなんだ名前が付けられているんだ。例えば……」
ティナが再び指輪を黄金の剣と鎧に変える。
帝国宝剣インペラトル。軍団の最高司令官たる証。
帝国宝鎧プリンケプス。市民の代表者たる証。
帝国宝冠アウグストゥス。皇帝として崇拝されるものの証。
「そしてここ。僕の胸の中」
ティナはまた重装備を解くと、さらけ出された胸元に手を当てた。
帝国宝珠マテル・パトリアエ。国家の母として国民を愛するものの証。
「大丈夫。覗いていいよ」
ティナは慈愛に満ちた黄金に光り輝くまなざしを俺に向ける。
これは罠か。と勘繰るが、絶対的な不利な状況にあって相手の要求を拒むことなどできない。逆に考えれば、ティナの正体を見破るいい機会だ。
「まさか……」
ヒストリアイを発動し、ティナを視界に入れると目を見開く。
ステータスオールSSS。
もはやヒストリアイでAだのSだのと人の能力を図るのも馬鹿馬鹿しくなってくる。
一騎当千などというレベルではない。文字通り万軍に匹敵する。いや、神といわれても納得してしまいそうだ。
ティナが説明していた通り、帝国宝器も本物だとヒストリアイが示している。
そのうちの一つ帝国宝珠はティナの心臓と完全に融合している。
「そもそも、お前は……」
さらに奥までティナを覗こうとして俺の視界は光に覆われる。
「そこからは秘密だよ」
ティナは柔和な笑みを浮かべる。
彼女の笑顔はルイーゼとは真逆だ。ルイーゼが畏怖される支配者ならば、ティナは敬愛される支配者といった感じだ。
「どう? これで僕が正統な皇帝であるということがわかったでしょ。家臣になってくれるよね?」
「いや、そもそもなんで俺を家臣に」
俺にとってはそこが疑問だった。
ティナの持つ帝眼はおそらくヒストリアイの上位互換的な能力だろう。
であれば、ルイーゼのように自分の力も存分に発揮できない弱小領主を仲間にする意味はない。
フレイヘルムに恨みを持っているようだから戦力をそぐのが目的だろうか?
「クルト君の能力はとっても面白いよ。僕の帝眼とよく似ているけど実は全く違う。自然のものじゃない。神から与えられたって感じでもない。まるで誰かの手で作られたものみたいだ。でもそこは、あんまり重要じゃあない」
ティナは続ける。
「君の魂。それが僕の興味を駆り立てる。とっても異質だ。この世界のものじゃないみたいな色をしてる。灰色だ。僕が見てきた連中によく似ているけど違うんだ。戦争や戦いを楽しんでいる。けど、血や闘争を求めているわけじゃない。まるで子供が
ティナの澄んだ黄金の瞳にすべてを見透かされたような気になって俺は恐怖に襲われる。
やはり、ティナは俺のことを危険視している。魂だのなんだの俺の理解を超越しているが、もしかすると俺がこの世界の人間ではなかったことがばれてしまっているのかもしれない。
だが、俺が戦いを楽しんでいるというのは大嘘だ。俺はこの世界を楽しんでなんかいない。
確かにアリスやシャルロッテにフランツ、村のみんなとの暮らしは不便だけど楽しい。地球にいたころよりもよっぽど充実している。
だけど、戦いや戦争を楽しんだことなんて一度もない。いつも生きるか死ぬかで恐ろしい目にばかり合ってきた。
戦争や戦いが楽しいなんてゲームの中だけだ。
「嘘じゃないよ。帝眼は真実を見抜く」
「だ、だったら、殺せばいいじゃないか!」
あの純粋すぎる眼が俺を不安にさせ、正常な思考を奪い去る。
「僕は人殺しは嫌いなんだ。皇帝は民を統治するのが仕事だからね。あいつらに比べたら君はまだ救いようがある。君には民を大事に思う心がある。僕のもとで一緒に戦って。本当の帝国を復活させて平和な世の中を作るんだ。一緒に来ればいいじゃないか。君の家臣たちと一緒に」
ティナが頭を抱える俺に手を差し伸べる。
「一緒に行けば、救われる?」
ゆっくりと手を伸ばす。
「ク、クルト……」
アリスの声が俺を引き留める。
苦悶の表情で気を失っているアリスを見て思い出した。
そうだ。俺はみんなに生かされた。
確かに今ここにいる連中だけでティナにつくのもいいかもしれない。圧倒的な軍事力で復活した古代の大帝国のもとでスローライフを決め込めばいい。
でも村に残っている連中は俺のために今も必死に村で働いているギュンターやヴォル爺、シャルロッテの兄さんだって俺を慕ってくれる村人たちだってその過程で、みんなルイーゼに殺されてしまうかもしれない。ルイーゼでなくとも帝国の内乱に巻き込まれてひどい目に合うかもしれない。
最悪の事態を回避するために俺は帝都にまで来たんだ。
「……できない。俺にはできない」
「どうして?」
恐怖に震える体を必死に抑える。
「領地のみんなを見捨てるなんてできない」
「そう……」
ティナの表情が曇る。
今度こそ、殺される。
何を馬鹿正直に言っているんだ。俺は。
ここは一度従ったふりをするべきだった。それからいくらでも手を打てたというのに。ここで死んだらゲームオーバーだ。
「……いいよ! 気に入った。そうだよね。残念だけどそれなら仕方がないよ」
ティナは晴れやかの笑顔に戻る。
「皇帝の名において、僕はいつでもクルト君。君を歓迎するよ」
ティナは小さな魔法陣を展開すると俺に向けた。
「またパーティで会おう」
魔法陣に電流が走ったかと思うと俺の意識は遠のいた。
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「ふう。疲れちゃった。僕、皇帝らしくできていたかな?」
ティナが両手を挙げって思いっきり伸びをする。
「はっ。ご立派にございました。ですが、陛下。よろしいのですか。このまま野放しにしておいて」
リウィアが気絶して床に伏した来ると見ながら尋ねる。
「うーん。気になるところはあるけど、いい人そうだし大丈夫でしょ。ルイーゼに染められなきゃいいけど」
「やはり、危険では? 彼がベルセルクに堕ちれば、また多くの人が死ぬことに。彼にはその素質がある」
「あんなことはあっちゃいけない。だから早く終わらせよう。戦いが起こらなければ、いい話なんだから。帝国宝器をすべてそろえ、真の皇帝の名のもとに世界を平和にする。そのために僕らは帝都に来た」
「御意のままに」
そのまま、二人は夜の帝都の闇に消えた。
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