第24話 襲撃
激しい痛みと共に、血涙が流れ出る目を抑えながら、かすむ視界の中を無我夢中で走った。
説明する間もなく、のんきに露店の料理に舌鼓を打っていたシャルロッテとアリスの首根っこをつ かんで、貴族外へと駆け抜け、フレイヘルム家の屋敷に転がり込んだ。
「クラウゼ伯。何事ですか」
俺たちに気づいたリアが兵士たちと共に駆け寄ってくる。
「事情は後だ。それより、シャルロッテ。追っ手はいないか」
ティナにヒストリアイの力を見抜かれたのはまず間違いないだろう。
力を使った瞬間、はじき返され、目に激痛が走った。幸い失明までには至っていないようだ。徐々に痛みも引き、視力も回復してきた。
冷静さを欠いて、とっさに逃げ出してしまったが、相手も警戒して追いかけているかもしれない。
「特にそういう気配はしないけど。一体どうしたの。突然走り出して、それにその目……」
シャルロッテが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「追っ手は本当にいないんだな」
「はい。魔法的な隠ぺい工作も見受けられません。大丈夫でしょう」
フランツは地面から手を放し展開していた魔法陣を閉じる。
「よかった」
緊張の糸が切れ、地面にへたり込む。
「ご説明願いますか。クラウゼ伯」
「わかった。その前に水を一杯くれないか」
リアにらみつけられた俺はしぶしぶ立ち上がった。
俺たちは屋敷に通され、俺は広間の椅子に腰を掛けて、一杯の水を飲み干し、事の顛末を説明し始める。
「あの偽帝ティナ・レア・シルウィアが、帝都に?」
「ああ、確かに見たんだ。商人に化けていた。
「黄金の瞳。初代エルトリア皇帝と同じ。噂の帝眼ですか」
リアは考え込んでしまった。
帝眼。初代エルトリア皇帝、ロムルス・レクスも持っていたとされるあらゆる真実を見抜くとされる黄金の魔眼。
その子孫のみが受け継ぐとされる正統な帝位継承の証でもある。
おとぎ話をうのみにするなら、帝眼はおそらくヒストリアイの上位互換的な能力だろう。
魔力を感じられなかったので魔法でないことは確かだ。
真実を見抜くというのが、曖昧でわかりにくいが、もし額面通りなら俺のヒストリアイも、もしかすると転生者であることもばれたのかもしれない。
だが、そんなことは些末な問題だ。俺が敵として認識されたかもしれないということが一番の問題だ。
「偽帝が事実いたとして、なぜ逃げるような真似を? しかも、わざわざこの屋敷にまで」
「そ、それは……」
まずいな。言い訳を考えていなかった。
ティナなんて怪物を俺たちでだけで相手にできるわけがない。
敵対関係になってしまうのなら、いっそのことフレイヘルムの連中も巻き込んでやろうと思ってフレイヘルム家の屋敷に転がり込んだのだが、あだになってしまった。
ヒストリアイのことを隠し通そうとすると逃げてきたことの言い訳も苦しくなる。
必死に頭をフル回転させて、その場しのぎの嘘をつこうとしていた俺に助け船が出る。
アリスだ。
「ルイーゼ様が偽帝ティナにしたことを考えれば、当然恨みに思っているはず。クルトと私のことも狙っていた。偶発的な遭遇で安全なこの場所に逃げるしか方法がなかった」
反応に困る俺を見かねてアリスがそれらしい嘘をついた。
リアも一応は納得したようだ。
ルイーゼとティナには俺の知らない因縁のようなものがあるらしい。
アリスは幼いころからルイーゼのもとで育ったのでフレイヘルム家の事情にも通じているのだろう。
アヴァルケン半島でティナが蜂起したのは俺がこの世界に来るよりも前、もしかするとその時ルイーゼも何らかの形で関与していたのかもしれない。十中八九よくは思われない形で。
詳細が気になるところだが、今はアリスに感謝だ。
ほっと胸をなでおろしたとき、けたたましい轟音がとどろく。
「なんだ!」
「門の方から聞こえてきたようですが」
フランツが言う。
「敵?」
シャルロッテはすぐさまディオニュソスを指輪から巨斧へと変形させる。
「まさか。追ってはいなかったはずです」
シャルロッテとフランツで二重のチェックをしていた。それなのに気づけなかった。
「相手はあのティナ・レア・シルウィアです。うかつでした」
一切動揺せず、冷静なリアは部屋に飛び込んできた兵士に事情を聴く。
「状況は?」
「敵は二人。すでに正門突破され屋敷内に侵入されました」
「二人ですか。おそらくは神器使い。すぐに兵士たちをかき集めなさい。戦えぬものは地下に避難を。決して外には悟られてはなりません」
「はっ」
兵士が駆け出していく。
「私も出ます。それとクラウゼ伯にあれを」
リアに命じられた兵士が細長い木箱を持ってくる。
「これは……」
ふたを開けると中にはリアが使っている白い軍刀によく似た黒い軍刀が入っている。
「現在開発中の量産型神器です。敵はたった二人で襲撃してきました。愚か者でなければ、相当の手練れ。戦力は一人でも多い方がいいでしょう」
リアは腰に下げた軍刀を抜き放つ。
「いや、俺に神器は扱えない。アリスに渡した方が……」
俺のステータスはオールSランク。
だが、自分自身の潜在的な力を存分に引き出せていない。
それなら優秀なアリスの方が、まだ神器をうまく扱えるだろう。
「これはクラウゼ伯にとルイーゼ様より託されたもの。あなたが一度、それと同じ神器をふるい鬼神のごとき力を発揮したこと、お忘れですか?」
そうだ。
俺は一度、フレイガルドの闘技場で暴走するシャルロッテを止めるために、この神器を使ったことがある。
あの時のことは覚えていない。
無意識化でクルトの本能に突き動かされていただけだ。
あれ以来、稽古を続けてはいるが、あの時ほどの力は出せていない。
また、うまくやれるのか? 不確定な力に頼れば頼るほど戦いはギャンブルになる。少し踏み外せば地獄に真っ逆さまだ。
「それにアリス様なら神器をお持ちでしょう」
「アリスが神器を? 何を言っているんだ」
そんなことあるわけがない。
クラウゼ伯領にアリスは着の身着のままで引っ越してきたし、今、アリスは俺が買ってやったもの以外なにも持っていないし着ていない。しいて言えば、いつも持って歩いているウサギの人形くらいか。
「……使わない。使えないの」
「そうですか。まだ使えないと。あなたの大事なクラウゼ伯が傷つくことになっても……ですか」
「――――っ! でも……」
アリスはいつになく青ざめた顔で首を必死に横に振る。
初めて会った時から、アリスは謎多き少女だ。婚約して一年も一緒に暮らしているのにわからないことだらけだ。
だが、一つだけはっきりしていることがある。
アリスは大事な家族だ。
俺だってシャルロッテだってもちろんフランツだってそう思っている。
「大丈夫だ。アリス。無理しなくてもいい。俺たち家族だろ。守って見せるさ」
俺はわしゃわしゃとアリスの頭をなでると軍刀を手に取り、引き抜く。
アリスが嫌だというなら俺がやってやろうじゃないか。
「そうよ。アリスは引っ込んでなさい。私たちがやるわ」
肩にディオニュソスを担いだシャルロッテが振り返らずに言う。
「クルト様もアリス様も私たちがお守りします」
フランツは両手に魔法陣を展開し、臨戦態勢を整える。
「ほらな。大丈夫だろ」
「……ありがとう。でも、私も戦う」
アリスの顔に晴れやかな笑顔が戻ると魔法陣を展開して構える。
そうだ。アリスほどの力があれば神器なんてなくっても十二分に戦える。
「……来ましたか。総員、構え!」
リアの号令で部屋にいた兵士たちも武器を構え、魔法陣を展開する。
玄関の方からこの部屋に向かって一直線に、剣が重なり合う音、魔法攻撃による爆発音、兵士たちの悲鳴が近づいてくる。
一瞬の静寂の後、重厚な扉が、耳をつんざく爆音とともにはじけ飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます