猿と幼女と白痴ポエム部

泥飛行機

しゃけ

 ふゆがくる。すこしまえに、そう虫たちがいった。そしてそれっきり、だまりこんでいる。

 風がつよい日だ。今日も、きのうも、おとついも。だからあたしがかくれさせてもらうはっぱたちまで、こごえてる。

 あたしは花だ。きいろい花。今はさむいから、ねてる。でも、はるがきたら、おきる。

 このはらっぱには、あたしとおんなじきいろい花たちが、いっぱいいた。でも、今はみんな、いない。



 この丘の、立ってみたらとおくのにんげんの村が見えるくらいの場所に、大きくてつるつるした、ひらぺったい石がひとつある。そのうえにねっころがってみると、両手と両足をおっぴろげたぐらいで、ぴったりだ。あたしのおきにいりの場所。ねっころがったら、ま上におてんとさまが見えるから。まぶしいから、目はあけてらんないけど。まわりがさむくっても、ここだけはちょっとあったかくて、すきなんだ。

 だからあたしは今日も、まっぴるまからそこでひなたぼっこしていた。むかしは、この場所もみんなでとりあいっこしてたし、おしくらまんじゅうしてたけど、いまは、ひとりじめだ。

 空はあおい。それと、ひとつ、ふたつ、みっつ、今日はくもが、ちょっとおおいなあ。おてんとさま、見てるかな。りょうてを目にあてた。風も、すこし、あたる。つめたいな。ねそべってる石はあいかわらずつるつるしてる。あったかいな。いっぱい吹いてるはずの風の音がきこえないのは、むこうのみずならさんたちのはっぱたちが、今年もみんな死んじゃったから。さむいなあ。

 さむいなあ。



 ……なんとなく、ねむくなってしまったみたいだ。

 おやすみ、あたし。



 あたしたちは、花だけど、花そのものじゃなくて、たましいみたいなものだ。にんげんなら、ようかい、みたいにいうのかもしれないけど、なんとなくそれはやだな。ほんたいは、ちゃんと土のなかにねをはって、水をすいあげて、まいにち、ちゃんと生きてる。今はさむいから、土にはっぱをくっつけて、かっちこちになってるけど。あたしたちのなかまは、あたしたちよりしろくてちっちゃい花とか、はらっぱのくさ、むこうにあるき、それに丘のむこうにも、ほんとうは、いて。

 にんげんはにがてだ。でけーから。あたしたちがどれだけはしごしてもとどかないんじゃないかとおもうくらいだ。しかも、とろいとはいえ、うごく。はらっぱにいる虫たちのなかにも、あんまり、あいたくないのがいるけど、なんだかそれににてる。

 でもじっさいのところ、にんげんはでけーだけで、見た目じたいはあたしたちとそんなにかわらないいきものらしい。たしかに、にんげんはにがてだけど、きらいってわけじゃない。きをきるし、「しばかり」とかするし、めいわくなやつらだけど、だって、どうでもいいやつらなんだ。あたしたちのことは、きほん、あいつらにはみえないみたいだから、たまにどんくさいやつをふんづけたりするけど、わるぎがあるわけじゃないらしい。だから、にがてなだけ。かかわらなければ、それでいい。

 ほんとうは、そうだった。そのはずだった。



「ぁー」



「わーだぁー」



 音が、する。やけにのろまな、こえみたいな。

「――ゃまーだぁー」

 ……うるさい。だれ。そうおもったのもつかのまだった。とてつもなく。やなよかん、だ。

「でへへへー」

 あたしははねおきた。あんのじょう、でかい目が、こっちを見てた。あたしがへたりこんでる石に、かおをひっつけて。ふたつの、目が。

 にんげんだ。

「ぎょええー!」

 おもわずひっくりかえってしまった。あたしはあわてて、石のそいつのいない方のはしっこからとびおりて、はっぱたちのなかを走ってにげた。



 あたしのことは、にんげんには、ふつう見えないはずなんだけど。あいつには、あきらかに見えてた。ほら、がさがさ草むらをあらして、さがしてる音がする。とんちんかんな、うめき声もする。

 つかまったら、ろくなことにならないのは、なんとなく、わかる。もっと走りたいけど、もうつかれてろくにうごけない。それに、ほんたいからはなれすぎてしまうかもしれない。しかたなくちぢこまって、いきをひそめる。どうか、みつかりませんように。

 そんなねがいもむなしく、おっきい手が、まわりにかげをつくる。にげるすきまもない。かおを上げるのが、こわいなあ。あーあ、ばーかばーか。のうてんきになりすぎだったよ、あたし。もうごりんじゅう。いったいぜんたい、なにやってんだか。ばーか。ばーか。……もっと、いたかったなあ。

 そしてその手に、あたしはまるごとつかまれた。ぼろぼろな手だ。そのあとおもいっきり、もちあげられる。はやくてはきそう。

「うげぇ」

 めをつむったままでいると、どうやらそのにんげんは、なにやらあるいているようだった。そしてあまりじかんがたたないうちに、あたしをつつむ手は、また、れいのはやいうごきをした。からだがういてるかんじ、やっぱ、きもちわる。

「……あれ」

 なつかしくてつるつるしたものが、からだにふれた。めをあけてみると、まぶしかった。おてんとさまが、みえた。さっきの、石の上だった。にんげんもいた。もちろん、さっきとおなじにんげんだ。こんどは、石にかおをひっつけたりはしてなくて、でもこっちをまっすぐみおろしている。空のはんぶんくらいが、にんげんのからだでかくれてる。くろいかみのけが、ゆれてる。草と、どろのにおいのするきもの。そいつは、なんにもいわなくって、あたしをじっと、見てた。こどもみたいだった。

 そうおもうと、そいつはいきなりほっぺたをゆるませた。

「でへへへへ」

 わらってる。りょうてをじぶんのほっぺたにあてていじくりながら。とくになんかしようとするかんじもなく。あたし、にげちゃおっかな。いや、さっきのにのまいになる。どうしたらいいんだ。そもそもなんで、むしろ。ほんとにあたしがみえてるの?

 あたしはかんがえた。そのけっか、とにかく何かたずねてみることにした。でけーにんげんあいてに、どきょうふりしぼる。

「……あのさ、あんた、にんげんよね?」

 いみ、わかるよな。

「にんげんー?」

 だらしない声でへんじをした。きこえたらしい。

「なにそれー、えへへ、わだし、にんげんー!」

 でも、そいつはにやにやしっぱなしだ。話がつうじん。

「……あんた、なに?」

「しゃくら」

「しゃくら?」

 あ、なまえのことか……。このにんげん、しゃくら、っていうのか。へんななまえ。

「あんたなにしにきたの?」

「なにしに? んー、なでだっけぇ……わしゅれた!」

 しゃくらは、そういってあたまをかかえた。あたしのことつかまえようとか、しまつしようとかは、してないのかな。すこし、ほっとする。でも、とびきりへんなにんげんだとおもった。

「んでー、あんにはー!」

 あたまをかかえたとおもったら、きゅうにかおをこっちにむけたから、おもわずびくっとした。おまけに、こっちをゆびさす。

「たんぽっぽっぽっぽー、ぽっぽー!」

「……ぽっぽ」

「たんぽぽ! の、かみしゃま!」


『ぽっぽ、おまえも、とぶんだ』


 しゃくらはわらってた。なんだかやけに、うれしそうだった。

「あんたかみしゃま、って、そりゃないよ」

 はずかっしーし。それに、ぽっぽ、だってさ。

「あたしは花だよ。きいろい、花」

「はな……はな……」

 しゃくらは二回、そうつぶやいた。このにんげんといると、どうにもちからがぬける。なぜかあんま、いやじゃない。

「なんだか、もーいーや」

 あたしはたおれるようにまたねっころがった。

「あーっ!」

 いきなりうるさい。なんだ、こんどは。からだをおこしてみると、しゃくらは立ちあがっていた。やっぱでけーな。

「ぽっぽー、じゃあねっ」

「え、ちょっとどこいくの」

 やけにあわてたかんじだ。よく見ると、あたしの目にもわかるくらいぼろぼろなきものとはきものをきてるほかは、しゃくらはなにももってなかった。

「かえる! おーち! も、かえなきゃなく!」

「なくって、だれが」

「だれー、んー、たけちゃんが!」

「たけちゃん?」

「たけー、たけー」

「だからだれよ」

「にーちゃん」

 なんだかおいかけられてるみたいに、せわしない。あたしはきづく。しゃくらの目は、まるでからっぽみたいだった。

「おーちって、どこ」

「あっち」

 しゃくらはむこうのほうにゆびをさしたけど、なに? よくみえない。たかすぎる、とおすぎる。

 しゃくらはもういちど、あたしのまえでしゃがんだ。そして手をあわせて、それをさしだした。

「またあそぼ」

 あたしは、どうしていいかわかんなくて、そしたら、くびをふっていた。

 気づいたら、しゃくらはいなくなっていた。たぶん、走ってったんだとおもう。



 あたしの花は、にんげんにはたんぽぽとよばれてるらしい。とおちゃんからきいたことだ。そのせいなのか、あたしはみんなに、ぽっぽ、ってよばれていた。ぽっぽっぽなとおちゃんと、ぽぽぽなかあちゃんの下で、あたしはぽっぽだった。あのころは、もっとうるさくて、きいろくて、あったかくって、今になってもまだ、ちょっと、さびしい。



 しゃくらはだいたいおひるごろ、やってきた。さすがにまいにちじゃないけど、さむさはどんどんあがってくのもおかまいなしに、やってきた。

「ぽっぽー」

 そうよびながら、草むらをがさがささせて、うろちょろしてる。あたしはといえば、そろそろ土のなかにもぐって、ねていたい、はずなんだけど。あたしはなんだかんだで、しゃくらが見つけられるように、でてきてしまう。そんでなんにもならないおしゃべり、いみふめいなおしゃべりをして、たまにいじくって、いじくって。りょううでをつかんで広げさせられて、ぐるぐる上下にふり回されたのは、さすがにしぬかとおもった。やっぱりにんげんはめいわくで、にがてだ。

 土にもぐって、やりすごした日もあった。声でわかるかぎり、しゃくらは、ずいぶんさがしまわってた。見つからないかと、びくびくした。しばらくしてきゅうにとびきり大きな声でよくわからんことをさけんで、どたどたふみながらいなくなった。そして次の日も、しゃくらはきた。

「ぽっぽー、どこー」

 まったくかわらない、のろまな声で。

 だからべつにおもしろくないんだけど、ぜんっぜんおもしろくないんだけど、あたしはしゃくらにかかわらずにいられなかった。

 さむいなあ。

「そうかなーっ」

 しゃくらはときどき、せきをする。そしてきまってさいごには、あたしに手をあわせてから、おーちってところまで、走っていく。

 きまって、草と、どろのにおい。



 どれくらいふゆになったかわからない。こればっかりは、何回たっても、はるになってふゆがすぎるまでわからない。さいきんはにんげんが、けっこうとおってくようになった。たぶん、ここの丘のむこうのきを、たくさん、きりにいってるんだ。こっちのはらっぱも、ほとんどのはっぱがもう、おやすみしてる。むこうのばしょでは、ゆきっていうしろくてやわらかくってふわふわしたのが、空からたくさんふってくるんだって、むかし、かーちゃんがいってたとおもう。

「かーちゃんだって、じっさい、みたことなかったでしょーが」

 土からかおをだしつつ、ぼやいてみる。さいきんは、もう何日もしゃくらをみかけない。ようやくあきたのか、さむいのか。

「まー、なんにせよこうつごう」

 はるになってくきをのばして、つぼみをひらくのをそうぞうしながら、はっぱの下のねっこのあいだの、土の下でぬくぬくするんだ。たいくつになったら、石の上にのぼって、おてんとさまをあびて。いつもどおりのしずかなまいにち。たってとおくをながめたら、すこしだけにんげんの村が見える。まわりをみわたすと、あかい土。

 どうしても、むかしのことをおもいだして、しかたないんだけど。

 そうやっていろいろかんがえていたとき、あたまの上で、はなし声がきこえた。はらっぱのゆれぐあいからして、にんげんふたりくらいはいるようだ。

「ちかごろさ、どうも竹さんの姿を見んね」

「さくらがまたどっかから病もらってきたらしいて。もともと、あんま元気な子でもないしね」

「もう十七になるっていうのにね、嫁にもいけんまま……」

「そのへんにしときなよ、あんた」

「しかたないよ、あの子、どうもおくれとっから。親もないし、竹さんが一人で面倒見てるようなもんだ」

「まあたしかにねぇ、あれじゃ何するにも使い物にならん。なんだかもったいないねぇ……」

 ずうたいもでかけりゃ声もでけー。うわさがすきなやつらだな。なんておもいつつ、しゃくらとはべつのいみで、ほとんどなにいってるかわからんのに、なぜか、むししたらいけないようなよかんがした。しゃくらのことを、いってるようなきがした。

 あたしは石からとびおりて、からからになっておちてしまったはっぱを、なんまいか、手にとって、それをりょううででだきしめながら、にんげんのあとをおいかけるようにこそこそ走った。



 あのはるのおわりから、何回、なつとあきをこえて、何回、ふゆになって、またはるをまって、はるになって、何回、はるのおわりになるのを、びくびくしたんだろう。

 風がつよい日だった。くもは、でかいのが、いくつもあった。まっしろになったとおちゃんとかあちゃんと、ほかのみんな、ぽっぽっとか、ぽーぽぽが、さけんでた。

『ぽっぽ、もうすぐ、あめがふる!』

 なんでだかわからない。にんげんのせいだとか、ほかの花おのせいだとか、虫だとか、ひっこしだとか、みんないろいろいってたけど、あたしには、わかんなかった。でも、みんなは、この丘を出たがってた。そとに、行きたがってたんだ。

『とぶんだ、はやく!』

 あたしはまだ、きいろいままだった。ほんとうはしろにだってもうなれたけど、あたしは、うごけなかった。



 あたしは、うごけなかった。ほんたいの花からはなれすぎたからじゃない。丘を、でられない。立ちどまってしまった。かれはをぎゅっとだきしめたまま。まえをあるいていたにんげんたちは、もう、きぎのむこうに、見えなくなっていた。

 でもこのままじゃ、しゃくらに、あえない。そんなきがした。あたしは、あいたいのか。あいたかった。

 いつもみたいに、わけわかんないことをいいっぱなしで、なにかにあわてたように、からっぽの目であたしをおがんで、はしっていなくなってくのが、さいごなんて、いやだった。

 だけど、ふみだせないんだ。

 ばーかばーか、こしぬけ。



 ひゅうう。かぜが、ひときわなった。



 もっていたかれはが、ぜんぶさらわれていった。

 それを追って、あたしはかおを上げた。

 草と、どろのにおい。

 しゃくらが立っていた。


『ぽっぽ、あたしたちとおんなじなかまはね、ほかのやまにも、はらっぱにも、いっぱいいるんだって。あってみたくない?』

『えー、どーかなあ』

『それにね、このおかにはいない、いろんなむし、き、それにはな。あたしたちのなかまが、いっぱいいるんだって!』

『うーん……たとえば?』

『そうだなあ……さくら、とか』

『さくら? なにそれ』

『ちょっとせがたかいみたいなんだけど、しろくって、ちょっとあかくて、ひらひらして、すっごく、かわいいんだって!』

『えー、いや、あたしたちのほーがぜったいかわいーし』

『もー、ぽっぽはまたそれ!』



 さくらだったのか。



 あたしは走りだしていた。おもいっきりかがんで、とびあがった。ぜんしんで、しゃくらのごつごつする足をつかんでいた。

「わっー! っ、ぽっぽ!」

 うるさくさけぶこえがきこえて、そんで、がさがさした手が、あたしをつかんだ。ゆれがおさまって、めをあけたら、でけーかおが、あたしを見てた。

 しゃくらだった。わらってた。

「ぽっぽ! ぽっぽ! ぽっぽだあ!」

 そういって、あたしをよこにふり回しはじめた。

 しゃくらだった。

「まっててー」

 しゃくらがそういったとおもうと、手であたしをおおった。あたしはめをつむる。ゆれる。ゆれる。

 きづくと、あたしはあの石の上にのせられていた。いきをととのえながら、あたしはたずねた。

「……どうしたの、あんた」

「あそぼ!」

「それだけ?」

 しゃくらは、なんだかかなしそうだった。

「あーそーぼー」

 また、からっぽの目だ。

「あのさ、あんた、つぎはいつくるの」

 そういうと、しゃくらのふたつの目が、すきとおるようになった。そこから、水が、次から次へとながれだした。さけびながら。

「う、うう、うわああああん、うぇっ、うえっ」

 でけー口をあけて、でけーあたまをふりまわす。なんだかわかんないけど、もうわかんないけど、あたしまで、なんか、目がしめってきて、やたらめったら、いきぐるしかった。



「たけちゃんが、まってる……」

 しゃくらはそうつぶやいた。だけどそのまま、ぼんやりしていた。いみはよくわからない。でも、もうこないんだ、っていってるみたいだった。

 これがさいごなんだ。

「……はるに」

 あたしはいう。しゃくらがあたしを見る。なんだか、きれいな目だとおもった。

「はるにー?」

「はるになったら、あたしたち、たんぽぽの花、いっぱい咲くんだ。そんで、みんな、まっきっきにそめるよ」

「……ぽっぽまっきっきー! きっきー!」

「そんでさ」

 石の上で、あたしはつづける。しゃくらはきいてくれていた。どれだけつたわってるか、わかんないけど。

「このおかのむこうには、ずっとずっとむこうには、いろんな花があって、きがあって、そんで、しろくて、ちょっとあかくて、ひらっひらした、とびっきりかわいい、さくら、って花が、さくんだ」

 それだけだ。それだけで、しかも、なんのしょうこも、ないはなし。とんでったとおちゃんたちなら、ひょっとしたら、しってんだろな。

「ぽっぽ……」

 あたしはしゃくらをみた。やっぱり、わらってた。わらいながら、りょうてをさしだした。そしてそれは、あたしのりょうてを、ぎゅっとにぎりしめた。

「あんがと! おはなのかみしゃま!」

 そして上下にぶんぶんふった。おてんとさまは、すこし、おくのほうで、あかくなってた。あたしも、わらっていいきがした。

 この丘のこの場所にある石の上は、とおくのにんげんのむらが、すこしだけみえる。あたしはというと、丘を下りていく、しゃくらのうしろすがたを見ていた。何回かふりかえってるあいだに、あんなにでかかったのが、あたしなんかよりもちいさくなって、みえなくなった。目にごみがはいったきまでしてきたから、ちょっとこすった。

「だから、かみしゃまじゃないし」



『ぽっぽ、いっしょにいこう、な』

『……ううん』

 あたしは、じぶんのみどりいろにしおれた花をかかえて、くびをよこにふる。

『ぽっぽ!』

『あたしは、いかない……』

 だってこのはらっぱだけが、あたしのかえる場所なんだ。



 いっぽでてしまったら、もう、かえれないきがしたんだ。

 なのにあたしは、みんなをとめられなかった。とめなかった。とおちゃんも、かあちゃんも、だれも。

 そしてみんな、とびたってしまった。

 かるい、かるい、わたげになって。

 とおい風のむこうで。



 なんだかいつのまにか、はるになっていたんだけど。

 あたしはばっちり咲いた。きいろくて、とってもかわいい花だ。ざんねんながら、このはらっぱに、あたしとおんなじいろは、すくない。だけど、すっごくみどりいろで、げんきなんだ。でももうすぐ、はるもおわってしまう。そうしたらあたしだけが、しろくならなくっちゃいけない。

 そんなときだった。

「出てこい! ばけもの!」

 にんげんが、なにかいっている。でけーあしで、らんぼうに、ふみあらす。やめなよ。へいきだけど、へいきなんだけど、くさだってはっぱだって、けっこう、いたいんだよ。

「おまえが! おまえがっ!」

 そのにんげんは、おこっていた。

 草と、どろのにおい。『たけちゃん』だと、おもった。

「おまえのせいだ……あいつが……妹が……さくらが……」

 つよい風が、あたしのあたまの上をふいた。わるいけど、そんなんじゃ、あたしのことはみえないよ。

 でも、あたしにだって、いいたいことがあった。

 にんげんは、あたしの花を、なぜかじっと見ていた。いまにも、ひきちぎりそうなかおだ。それはこまる。

 あたしは、にんげんのからだをのぼって、にぎりしめた手のうえにのった。やっぱり、みえてない。

 その手のすきまに、あたしはそれを入れて、とびおりた。花の下に、ちゃくちした。



「ごめんなさい」



 わたげの、いっぽんだ。

 ずっとまえから、とんでしまわないように、だいじにもっていた。

 にんげんはあたしの花をみつめたまま、しばらくうごかなかった。くいしばるようなかおだった。このまま、あたしの花を、こわすのかもしれないと、おもった。

 でも、けっきょく、なにもしなかった。それいじょうなにもいわずに、くるしそうなかおのまま、いなくなってしまった。そしてもう、ここにはこなかった。



 わたげがとぶ。あたしのわたげが、とんでいく。

 たくさんの風にのって、いろんなところに、とんでいく。

 いえなかったいろんなことも、いっしょにとんでいけば、いいのにな。

 みんなに、みんなに、あえるかな。

 あたしはというと、からっぽになった花のくきをかかえて、ずっとこの丘で、まっていた。



 あたしは花。きいろい花。にんげんがいうには、たんぽぽっていう花らしい。でもそんなことより、あたしはぽっぽだ。

 何回もふゆがきて、何回もはるがきて、みんなおきて、おもいっきりせのびして、また、あったかくなるんだ。そしたらしろくなって、ばらばらにとんでいく。まってる。何回でも、まってる。まってるから。あたしだって、がんばるから。



 咲け。咲け。

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