腐ってる自覚はあるけれど、フツーの男の子を好きになってしまった女の子のための語られアプローチ

木村ポトフ

第1話 プロローグ

「腐女子だって、恋をするよ」

「それは、二次元に?」

「三次元にっ」

 次なる恋愛相談相手だ……と桜子が連れてきたのは、よく知っている顔だった。

 我が庭野ゼミナール、理系クラス女子、ゲーマーの古川さんだ。

 度の強い眼鏡に、目の下のクマ。

 勉強のし過ぎでできたと思いたいが、彼女の場合は違う。

 液晶画面を見過ぎたせいだ。

 広く浅く薄く、どんなオタク分野にも顔を突っ込むという、自称「邪道」オタ。

 学校に漫研設立を願い出るもあっさり却下され、美術部の幽霊部員と化している彼女。

 我が塾ではリケジョ、一年理系女子六人衆の一人として、名を馳せている。

 正直、恋愛というイメージからは、ほど遠い感じの子。

 塾長室に入ってくるなり、すすめもしないのに、来客用の牛革ソファにドッカリ腰を下ろす図太さが、嫌いではない。

 なにより彼女には、川崎マキちゃんという、イモ娘の恋愛成就作戦時、シナリオ失敗時のケツモチとして、手助けしてもらった。

「彼女も背面アプローチ、修行したいの?」

 引っ込み思案な女の子が、引っ込み思案のまま、意中の男性に接近する方法論、それが背面アプローチである。我が私設図書室にて方法論をマスターした川崎マキちゃんは、紆余曲折の上、憧れの男性とデートする仲になっていた。

「しかし……古川さんて、男性恐怖症っていうタイプじゃ、ないでしょ。ふつうに、平気で、男の子と話してたり、してたと思うけど」

 彼女の代わり、我が姪がしゃしゃり出る。

「そうよ。片思い中の相手とも、普通の友達みたいに、しゃべったり、遊んだりしてるよ」

 友達カップルを交えて、一度はダブルデートをしたことさえある、という。

「順調に不純異性交遊してるってことじゃないか。なんの、恋愛相談だよ」

 入室するなり、ペコリと頭を下げて黙っていた古川さんが、ここでおずおず、口をはさむ。

「私、彼に、恋愛対象として、見てもらってないみたいで」

「と、いうと?」

「さっき、庭野先生が言ってたような、誤解です。私が二次元にしか興味なくて、しかもホモが好き、みたいな」

「へー。古川さん、ホモが嫌いなの?」

「いえ。好きです。大好物です。そもそも、ホモが嫌いな女子なんて、いません」

「好き、なんだ」

 それなら、誤解でもなんでも、なかろう。

「でも。普通の、三次元の男子も、好きなんですっ」

「それは、リアル男子どうしを妄想の中でくっつけて、どっちがウケで、どっちがセメ、とかいうような意味で、なくて?」

「そういう意味でも、好きって言えば好きですけど。恋愛的な意味で、です」

「それをそのまま、意中の男子に伝えたら、おしまい、じゃないの?」

「だから。ちゃんと伝えたけど、マジメに受け取ってもらえなかったっていうか。オレ、ホモじゃないよ、普通に女の子が好きだよって、ありきたりの反応が返ってきて」

「ははあ……」

「やっぱり、オタク女とつきあって、ホモ扱いされるのがイヤだから、ごまかされてるんでしょうか」

「そういう拒絶反応をする男子が、いないでもないとは、思うけど。桜子?」

「えーとね、彼、そういうのにも理解あるタイプよ。セメとかウケとか、普通に分かるし」

「桜子から見て、何が問題?」

「やっぱり、距離の近さ、かな。幼馴染……とはちょっと違うけど、目の前で、おならをしても、平気な間がら、とか」

「サクラちゃん。私、彼の前でおならなんて、しないよ」

「ふうん。でも、彼のほうは?」

「ふつーに、ぷーって、するかも」

 でも、彼のおならは臭くないから。断じて、臭くないっ。

「ほほう。バラのフレグランスのする、屁、ねえ」

「庭野先生。私、そんなこと、言ってませんよ」

「たとえだよ、たとえ」

「ええっと。アユミちゃん。おならぷーのほうも、たとえなんだけど」

「どうゆうこと、サクラちゃん」

「だから。遠慮のなさすぎる間柄っていう、ひゆ、でしょ」

「そうなの?」

「じゃあ、もっと分かりやすくいうよ。普通の女子は、憎からず思ってる男子の前で、ホモゲーの生々しい場面の話なんか、しません」

「私、口が裂けても、彼の前で、そんな話、したことない」

「だからあ。分かりやすく、男女を入れ替えて、説明したのっ」

「まあまあ、お二人さん」

 古川さんが私に恋愛相談を持ち込んだのは、川崎マキの成功例を目の当たりにしたから、らしい。

「庭野ゼミナール、恋愛講座パート2を開講するのは、やぶさかではない。けど、ゴールっていうか、勝利条件は、どのへんになるんだろう」

「勝利条件?」

「彼氏に、恋愛対象として見てもらえるようになる、というのは漠然とし過ぎて、なあ」

「アユミちゃん」

「えーっと。えと。じゃあ、告白。それも、私からじゃなく、彼から、告白させる」

「OK。了解した」

 前回、川崎マキちゃんは、見てるだけの片思いから、初デートへ、だった。

 今回、古川アユミ君は、デートから告白へのステップアップである。

 しかし……。

「゛周囲にこんなにコイバナがあふれてるっていうのに、相談を受けてる本人には、いっこうに浮いた話がないな、桜子」

「それは、タクちゃんも同じでしょ」

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