第14話 きなり色


俺にとって霧島哲也という人間は憧れだった。俺だけじゃない、同期内で憧れを抱いていた人物も多かっただろう。ただ二年先輩というだけながら溌溂と仕事をこなし、フットワークが軽く営業先からの信任も厚い。俺、佐々木景人はそんな人物になりたくて、新人の頃から目標にし続けていた。


こっそり霧島さんのルーティンを盗み見て、している通りに営業先の情報はこまめにチェックするようにした。肩に力を入れすぎず、そして部下の指導・フォローに力を入れる。ひたすらそこに達しようと努力して仕事をしていた。そんな霧島さんが、悲報を聞いて崩れ落ちる様を見た時は衝撃だった。あんなに良い人の身に、なんてことが起きたのだろうと。自身の身にも悲劇が降りかかったかのような錯覚に陥ったものだった。


——それから、ゆっくり、ゆっくり理想の先輩は壊れていった。


時折空を見上げたり、涙が止まらなくなったかと思えば精力的に動いたりもする。その影響で翌日の営業に支障をきたしてしまったりなど、精神不安定な状態が続いた。そんな状況で働かせ続けられるわけもなく、上司の粕谷が傷病休暇を持ちかけたのは二カ月前のことだったそうだ。


その頃、丁度俺は藤木さんと出会ったばかりで、自分の事にいっぱいいっぱいだった。気が付いたら、尊敬する先輩は職場から消えていたのだ。漸く霧島さんが戻ってこないことに気が付いて上司を問い詰めて聞き出したのは翌月の事。そして今月——事故の事と白昼夢の事を聞かされて、今こそ行かなくては、と思った。


——それは、霧島さんへの贖罪の意も込められているのだろうか。あの時に何もできなかったという罪の意識。戻ってこなかったことに気が付けなかった、申し訳なさ。……しかしそれは、そうした感情を抱くのは間違っている気がしてならない。自分は自分の仕事をする。


プライベートなことまで首を突っ込んででも支えるべきと言う感情は職場の人間、特に先輩に対して持つべきものではないはずだ。あくまでもただの職場が同じだけの人間、頭を突っ込みすぎてはいけない。その中で、何ができるだろう——そう考えて、今回見舞いとお墓掃除に参じたのだった。


……しかし。彼の言う、夢の中の少女というのは一体何なんだろうか。

普通に考えれば、やはり娘さんということになるだろう。しかしその娘さんがアルビノ……先天性のものがあったとは聞いていない。いや、確実だと断言できる程親しかったわけではないのだが。


その娘さんが、霧島さん自身の夢の中では決まって真っ白な姿で現れウサギのぬいぐるみを持っていることが何を意味しているのか——。それがどうにも気にかかった。これから同じ父の道を歩むものとして、その心情が気にかかるのだろうか。自分自身のことながら、なんとも不可解だった。

白と言えば、潔白や清純というイメージがつきものだろう。あとは、純粋、無垢……なんにせよ、神聖なものの代表的な色だ。


それでは奥さんの方はどうだろう。彼は相当な愛妻家だった。それゆえに、絶対に残業せずすむように部下の指示まで完璧にこなす珍しい人物としても有名だったのだ。……きっと色鮮やかな姿で舞い降りる事だろう。彼の口から奥さんの事をついに聞かなかったが、あの夢が彼の心の整理付けだとするのならば必ず後からでも現れるべくして現れる……そう思う。


そこまで思い入れのあった二人に会う夢。それはもう、目的としてはやはり心の整理のためのはずだ。受け止めきれなかった現実を、漸く受け入れ始めた、その証拠なのじゃないかと。なんとなく霧島さんにもこれから良いことが待っていそうな予感がして、足取りが軽くなった。


後は彼自身が整理整頓をつけるのを待つだけだ。それまでは、見舞いにも墓参りにも言って見守ろう。彼が変な道に逸れないよう隣につこう。彼を尊敬する部下として。


                〇


「はじめましてっ、営業に配属されました佐々木景人と申します! よろしくお願いいたします! 」

「ああ、新人くんか。俺は霧島哲也。二年目……っと、これで三年目突入だ。よろしく。」


「休憩だぞ、昼飯いかないのか。」

「あ、これだけ資料作り終わったら行きますっ」

「……。」

「あの、霧島さん? 」

「どこが上手くいかないんだ? 」

「! ありがとうございます! 」


「じゃあお先っす。」

「霧島、明日の営業周りの準備はいいのかー? 」

「明日の朝ちゃちゃっとすませますよ。今日は帰りまっす。お疲れ様でしたー。」

「じゃあ俺もキリいいし帰ろっかな。」

「三ツ谷、お前はあと明日の資料提出がまだだぞ。」

「ゲッそうでしたっけ! 」


                 〇


穏やかだった日々を思い出しながら、コップに注いだノンアルコールヒールを煽る。……今頃何してるのかな、二人とも。


万桜さんはそろそろ眠る時間だろうか。明日は早番って言っていたから。霧島さんは——うん、午後十時。病院はもう消灯の時間だろう。あの人もあの人で真面目だから、どうしようもない奴だ、なんて考えていないと良いけれど。……そこはあの同室の、やけに明るい二人がどうにかしてくれそうな気がするな。


穏やかに霧島先輩が過ごせるようになりますように。


「……乾杯。」

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