第12話 みどり色
できるだけ、綺麗に。空気が入らないように。未だ上手く使えない両手にもどかしさを感じながら、哲也は贈り物を作っていた。手元にあるのは、四葉のクローバーを、押し花にしてしおりにしたもの。
どうやらラミネート用品でも、熱を加えなくてもいい製品が出ているようだと持田くんに教えてもらったのはつい先日の事だった。持田くんは未だ小学校に通う年齢なのだが、交通事故に遭いここに入院したらしい。あんまりにも怪我の状態が酷かったので「結構長く」入院生活を送っている。
そんな持田くんが教えてくれたのが、この挟むだけのラミネートフィルムだった。どうやら小学校で流行っていたとのこと。主に女子たちが、これで自分たちだけのしおりを作ったりしてグループで盛り上がっていたことを思い出してくれたのだった。
そこで、ちょうど菜々に持って行く草花をどうしようかと悩んでいた哲也がぴったりマッチングしたというわけだ。それから面会に来た彼の両親に頼り、このフィルムを入手したのだった。
「どうですか? いいもの、作れそうですか。」
「うん。……ほら見て、綺麗にできた。四葉のクローバーの栞だよ。」
「へえ! 可愛い。娘ちゃん、喜んでくれるんじゃないかな。」
「そ、そうかな? そうだといいな。」
なんだかそうも褒められると照れくさい気もするが、けなされていない分ましだろう。——さて、この他にも閉じ込めたい花が沢山ある。集めなければならないが、どうしたものか……。
ガラリと音がして、一気に風が通った。少し暖かくて甘い、春の香りだ。それを胸いっぱいにすいこんでいると、
「調子どうですか、霧島さん。」
佐々木が隣までやってくるところだった。その隣には淑やかな女性が付いている。
「紹介しますね、彼女は藤木万桜さん。……俺の恋人です。」
「は、はじめまして。」
ぺこりと頭を下げられる。ああ、そういえば前に
「まさか彼女ができたなんて。一回見てみたいなぁ。写真ないの? 」
と話を振ったことがあった。律儀に連れて来てくれたのか。
「ちょっと、なににやけてるんですか。」
「え、俺にやけてた? 」
「思いっきりにやけてましたー。」
「まあ、ぽろっと言ったことを覚えてて、実際連れて来てくれる律儀さは佐々木らしいなぁって嬉しくなったんだよ。」
「…………! 」
「……よかったね。」
直球で褒められて嬉しいらしく、だんまりになってしまった。まあライバル視していたとはいえ後輩のこんな姿を見て微笑ましく思わない先輩がいるだろうか。いないよなぁ。
「そっ、それで、なにやってたんですか? 」
「あ、話そらした。」
「そ、それは良くてっ」
「はははっ、これはな、プレゼントを作ってたんだ。娘に。」
「娘さんに……? 」
「ああ。それというのもな——……。」
この際いいや、と吹っ切れたような心地がして、一切合切を話した。どんな夢を見ているのか。その夢に現れる少女が恐らく去年亡くした娘だと思われるということ。その娘に、たんぽぽを持って行ったら彩があるのが嬉しいらしく大層喜ばれたこと。そんなお姫様に、今度持って行けるよう押し花をしおりにして、束にして持って行こうと思っていること——。
話している間、佐々木たちは一時たりとも茶化さなかった。嘘だと疑うこともせず。内心思っている可能性もあるが、それを表に出さず真摯に向き合ってくれるその姿勢が有難かった。
話し終えて、しばしの沈黙が下りた。ただ風だけがさわさわと髪を揺らしていく。穏やかで、もったりとしたうららかな一日。
「……あの。」
小さな声が上がる。佐々木の彼女……藤木さんだったか。その彼女が、おずおずと手を挙げていた。
「は、はい。」
「差し出がましいかとも思うんですが、せっかくのこの陽気ですし——。三人で、娘さんの喜びそうな草花を摘みに行くというのはどうでしょうか。」
「——! い、いいのか? 」
「霧島さんが大丈夫そうであれば、なんですが……。」
恩田先生に車椅子で出歩く許可貰っていてよかった、と心の底から思った。これで菜々に渡す花を集めることができる。
少しの眠気を感じながらも、準備をする。佐々木に手伝ってもらい、車いすへ。ナースステーションへは藤木さんが伝えに行ってくれた。草花を入れられそうな適当な容器を持って、いざ行かん。
「いってらっしゃーい」と声をそろえる持田くんと篠崎さんに「行ってきまーす! 」と元気に返事をしながら病室を出た。なんだかんだ、風呂とトイレ以外ではそう病室から出ていなかったな、と思いながら、きょろきょろ周りをみてみる。
無事に出歩く許可を取ってくれたようで、にっこりと藤木さんが手で丸を作っていた。それに手を合わせて、二人に連れ添って貰い一階まで降りる。
「霧島さん、何を摘みたいんですか? 」
佐々木が問うのに、少し考える。何がいいだろう。たんぽぽはもう向こうで育てているしな。花の盛りなどもよくわからない。そこらへんに咲いている小ぢんまりとした可愛らしい花の名前も知らない。——まあ、とりあえずこれでいいだろう。
「とにかく可愛い草花をありったけ。」
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