第6話 赤色
「……どうしちゃったんだろうね、霧島さん。」
「だね……。何かあったっけ? 」
「昨日霧島さん寝る前は普通だったもんね。じゃあ何かあったんなら寝ちゃった後ってことだ。」
「そうだね。でも夕方以降でしょ? なんもなかった気がするけど。」
「きっとあれじゃない、一目ぼれするくらいのとびっきりの美人さんがいたのに寝落ちしちゃって——っていう! 」
「あ、名も知らぬ恋みたいな? 」
「おい、なに人のこと邪推をしているんだ。」
ただいつも通り外を眺め——ほんの少し、考え事をしていただけだ。いつもと変わりはない。
だというのにこの二人はなかなか想像力豊かで。
「もしかして花でも見てたの? 風流なんだね、霧島さん。」
「花くらい見たっていいだろう。」
「お花見しながら一句読んだりする? 」
「詠まない! 」
まるで一問一答を延々とされているような感覚だ。それにうんざりしつつ、もういっか、と半ば投げやりに
「子どものころ好きな花ってなんだった? 」
と聞いてみることにした。ここで、今の子どもはタンポポなどあげるものなのだろうか。もっとこう……大振りで目立つ花とか。有名なものを挙げそうだよな、と推測しながら答えを待つ。
「子どもの頃って言ってもねぇー……チューリップと桜とかだった気がするなぁ。持田くんは? 」
「僕は、椿が好きです。」
「渋いね! 」
チューリップと、桜。予想通りの答えだ。今の季節、一息に咲き誇る桜、色とりどりのチューリップ。子どもにも認知度が高くて、人気の花だ。
「……持田くんはさ、なんで椿が好きなの? 」
「僕は、その……椿のあの大振りの花と、あの黄色と濃い赤。たまに雪をかぶって一層映えるあの姿が、なんだか力強く感じて。だから、僕もそうなりたいな、って……。」
気恥ずかし気に本で顔を隠している。なるほど……。持田くんのようにきっちり考えて理由を持っている子どももいるのであれば。もしかしたら……と、一縷の望みを託して見ることにした。
「なあ、二人に聞きたいんだけど。周りに、タンポポが好きって子はいなかった? 」
「タンポポ? うーん、どうだったかなぁ……。」
「僕の周りにはいなかったよ。」
「そっか……。」
悩んでいる篠崎さんに心当たりがあると良いのだが。……思わず、凝視した。
「ちょっとちょっと、二人してそんな見つめないでよ。やりづらいよ! 」
「あぁ、ごめん。」
「……でも、一人だけいたの思い出したよ。」
ほんとか、と身を乗り出しかけて腕と肋骨に激痛が走った。ぐう、と一声唸って、ただただ痛みが過ぎ去るのを待つ。しばらくその体勢で堪えて、顔をあげると心配そうな二人の顔が見える。
「……落ち着いた? 大丈夫? 」
「あ、ああ、大丈夫。もう大丈夫だよ。あーめっちゃ痛かった……。」
「もう、安静にしてないからだよ。ちゃんと横になったら話してあげるから。」
「はいはい。」
言われるがまま、大人しく横になりアイコンタクトを取った。すると篠崎は意外な昔話をしてくれたのだった。
〇
三月三十一日。火曜日。
鈍色の世界にまた哲也はいる。
——今回病室で色の事を話していて、初めて気が付いたことがあった。それは、この世界は鈍色をしていること。その中でただ、哲也とあの少女だけが、色を持っているということに。……ひょっとしたら、だから色のあるものを持ち込んだから喜んでもらえたのかもしれない。そう思って、今日は桜を土産にしてみた。淡いピンク色。これでも喜んでくれるだろうか?
そんなことを考えていると、いつ察知するのだろう。少女がまた玄関の隙間からこちらを見ていた。
「……なぁに、桜の枝何て持ってきちゃって。」
「いやあ、今向こうは盛りだから。お裾分けだよ。」
「ん——……桜かぁ。」
なんとも微妙な反応だ。喜んでもいないが、嫌ってもいない。少し困惑している……そんな印象だ。
「桜、嫌い? 」
「嫌いっていうわけじゃないわ。でも、少し苦手。たんぽぽの方が好き。」
「……なんで、タンポポが好きなの? 」
「……それを、私の口から言わせるのは酷だわ。」
「え、」
「たんぽぽ、ママはよく知っていて話して聞かせてくれていたのに。少し調べて来て頂戴。」
「え、わ、うわっ、」
とん、と軽い力で押されたかと思うと、一気に体が現実へと吸い込まれていく——。まって、待ってくれ。まだ確かめたいことがあるんだ。ママってまさか——。
〇
「霧島さん、霧島さん! 」
「……ぅえ? 」
目を開けると一面に篠崎さんの顔と、持田くんの心配そうな顔が見えた。なんだか顔面がひんやりとしているのだが、何だろう——。そう、ぼんやりした頭で考える。
「ほら、ぅえ? じゃなくて! 拭いてあげるからじっとしていて。」
「ふく……? なにを……。」
「あなたの顔面の涙やらなんやらよ! 」
「なみだぁ? 」
「霧島さん、泣きながら寝てたんだよ。それであんまりだって篠崎さんが起こしにかかったってわけで。」
「隣でぼろぼろ泣きながら寝られてみてよ、どうしたって気になるわ。」
「そうかぁ。すまん。」
「……後で、良かったらさ、どんな夢見てたのか聞かせてよ。ほんとに、良かったらでいいんだけど。」
「ああ、それは構わない。……笑わないんだったら、だけどな。」
よしとれた、とにっと笑う篠崎さんは、なんだか自分よりも大人に見えた。
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