第41話 異世界お菓子教室

「よし、じゃあ始めるけど準備はいいか?」


「はーい」


そう言って元気よく返事をしたのはコックコートにコック帽を身に付けたリズとシズ。

そしてエプロンに三角巾姿のスピネルとシルフだ。

リュースティアは別にいつもと同じ格好でもいいと言ったのだが形から入るべきと言って聞かなかった。

まあコックコートくらいなら布さえあればスキルですぐに作れるからいいけどさ。


「今日はこれからの季節にうってつけのアップルパイを作ります。」


そう言ってリュースティアは台下の冷蔵庫からリンゴを取り出す。

リンゴはなぜか元の世界と同じ名前でこちらにあった。

元の世界のと違って中まで赤いが味は同じものだった。

今回使うものは真っ赤になる前の少し赤くなったくらいのものだ。

アップルパイなどリンゴに火を入れる場合は甘い物よりも少し酸味のあるものの方が向いている。

だから元の世界ではフジなどよりは紅玉などを使っていた。

火を入れると甘くなるからね。


「あっぷるぱい?聞いたことない食べ物の名前ね。」


「それはリンゴですよね。食べごろには少し早いんじゃないですか?」


「・・・・甘くない?」


三者三様に言葉が返ってくる。

いっぺんに言われても答えられないよ?

まあ、傾聴スキルのおかげか何を言ってるのかはわかるけどさ。

このままいったら聖徳太子にもなれる気がする。


「そっ、今回はこのリンゴを使ったお菓子を作ります。お菓子には甘いリンゴよりも少し酸っぱいくらいの方が向いてんだよ。じゃあまずは俺が説明しながら作るからちゃんと見てろよ?」


特にシズとシルフ、君らはすぐ飽きるからな。

頼むから静かに聞いていてくれよ?

ちゃんと見てろと言う言葉を主に2人の人物に向けて言い、リュースティア作業に取り掛かる。


「まずはパイ生地から作ってくぞ。いきなりフィユタージュとかアンヴェルセは難しいだろうから今回はフィユタージュ・ラピッド、速成折りパイの方な。まずは計量からやってくぞ。一応ルセットはそこに書いといたから。じゃあ行くぞ、、、。」


「ちょ、ちょっと待って!」


ん、なんか質問か?

リュースティアが計量を始めようとしたときシズがそんなことを言ってきた。


「早速わからない単語だらけよ?何を言ってるのか全く理解できないわ。」


なん、だと⁉

そうか、お菓子がない世界だからパイを知らなければ当然フィユタージュなんて分かるはずがない。

これは予想以上に厳しい戦いになりそうだ。


「まずパイって言うのは、粉、水、塩、バター、お酢で作った生地、デトランプって言うんだけどそれにバター、つまりミルシェを包んで伸ばして、折って作る生地の事を言うんだよ。粉の生地とミルシェが層になってサクサクの食感になるってわけ。なんで層になるのかとかはちょっと難しい話になるから今度な。」


「伸ばして折っていくっていうのがよくわからないわね。サクサクもいまいちピンとこないし。」


いまいち理解していないシズには悪いが多分見て、食べてもらったほうが早そうなので先に進ませてもらおう。

じゃないと年少組が寝てしまいそうだ。


「お酢って根菜とかを漬けるあの酸っぱいものですよね?どうして甘いお菓子に酸っぱいものを使うんですか?」


酢漬けはこっちにもあるのか、、、。

なんだかこっちと元の世界の共通点はなにを基準にしているのかこの世界を創った神様とやらに問い詰めたい気分だ。

けどリズの着眼点は良い。


「お酢は味付けで入れてる訳じゃないんだよ。これは単に殺菌の為と生地の白さを保つためのものなんだ。だから生地にお酢を入れなくても問題なくパイはできる。ただ、商売としてやってる人達は入れることが多いかな。」


「そうなんですね。お酢にそんな使い方があったなんて初めてしりました!さすがリュースティアさんです。」


「お菓子に関する事は詳しいのよねー。」


リズが尊敬のまなざしでこちらを見つめてくるが、シズ?

聞こえてるからな?

聞き耳スキルを傾聴スキルまで昇華させた俺を舐めるな。


「で、今回やるフィユタージュ・ラピッドってのは生地にミルシェを入れた状態で折ってくものになる。こっちの方が手間が少ないし簡単にできるから速成折りパイとも呼ばれてんだ。実際に店では作るケーキによって使い分けてるところが多いな。アップルパイはどっちでもいけるから今回はラピッドのほうで作るぞ。」


簡単にそれぞれの説明をし、早速、生地作りに取りかかる。

もちろん魔法はいっさい使わない。


「まず粉を合わせてふるう、で、そこに冷やしたミルシェを入れてミルシェに粉をまぶしながらカードで細かくしてく。ミルシェが溶けて粉と混じらないようにしっかり冷えたものを使う事がポイントだな。こんな感じの状態になったら中心にくぼみを作ってそこに水を入れて一塊になるように生地をまとめる。あくまでまとめるだけだから練ったりはするなよ。で、まとまったらしばらく冷蔵庫で休ませる。とりあえずここまでいいか?」


「「よくない(です)!」


なに⁉

上手く説明できたと思ったんだが何かダメだっただろうか?

ちゃんとポイントも教えたし難しい事はないと思うんだけど。

現に二人よりも幼いスピネルは黙って聞いてる。

って、なんか違くないか?


「・・・・・ん?」


人が説明してるときに本なんて読んでんじゃねえ‼

そんなに難しいか?

これ以上簡単に説明できる気がしない。


「どこらへんがわかんないいんだよ?」


「全部よ、全部!なに、何なの⁉魔法、あれは魔法なのね。」


「どうして粉が、、ミルシェ。塊。土魔法の応用?リュースティアさんならあり得ますね。」


ちょっと待って。

魔法なんて使ってないしこれは完璧に人の技術だぞ?

確かに毎日毎日さ、何百、何千とやってくればこれくらいできて当然だ。

だてに何年も一日18時間働いていない。


「魔法なんかじゃなくて俺の場合は何年もかけて体にしみ込ませた技術力だよ。さすがにいきなりこうはできないだろうし気楽にやって。俺も見てるから大丈夫だろ。失敗も勉強、さっ、やるぞ?」


「うう、できる気がしないわ。」


「が、頑張ります。」


「・・・・始める?」


「スースー。zzzzz。」


若干一名睡眠中だがシルフだし別にいいだろ。

むしろ寝ててくれた方がトラブルが少なくて済みそうだ。


「・・・・【物体冷凍フリーズオブジェクト】」


ん?

リュースティアの魔力感知が反応する。

振り返るとそこにはなぜか氷魔法を行使しているリズの姿があった。

なぜ?


「うん。リュースティアさん、これでキンキンに冷えたと思います!」


満面の笑みでそんな事を言ってくるが誰が凍らせろと言った?

それじゃあ硬すぎて切れないよね?


バフッ!


今度はなんだ⁉

今度は危機感知が働く。

そこには剣を振り回しミルシェを切り刻むシズの姿が。

なぜ?


えっ、なにミルシェって魔物じゃないよね?

カード渡したよね?

なんでわざわざ室内で剣振り回してこぶし大のミルシェ切ってんの?


2人ともさっき俺が目の前で作るところ見てたよね?

どうしてそうなった?


「リズ、凍らせたら切れないだろ?ふつうに冷蔵庫から出したてのミルシェを使ってくれ。シズ、どこの魔物と戦う気だ?頼むから部屋で剣を振り回さないでくれ。」


冷静に、なるべく冷静に2人に諭す。

初めてだもんね!

初めてだからしょうがない、きっとそうだよね?


「・・・リュー。」


2人に新しい材料を渡しひと時も目を離さずに教えながら作業をしていると後ろからスピネルの泣きそうな声が聞こえてきた。

珍しいな、どうしたんだろう?


「なんでやねん。。。。」


思わず関西弁でツッコんでしまった。

後ろを見るとスピネルが頭から粉をかぶったのか全身粉まみれで泣きそうになりながら立っていた。

ドジっ子属性のないスピネルがこんなことをするわけがない。

ってなると犯人は一人。


「シルフ?」


リュースティアはやさしく、シルフの名前を呼ぶ。

シルフは怒られるのがわかっているのか出てこない。

そっちがそのつもりならこっちにだって奥の手はある。


「【風と森の精、シルフよ。契約者の命に応じここに参られよ。精霊召喚】」


これは精霊魔法の一つ、召喚魔法だ。

この魔法を使えば契約した精霊、その眷属、幻獣などを任意の場所に召喚できる。

それは四大精霊の一人であろうと契約を結んでいる以上逆らえない。


「リューはずるいの。その魔法使ったらだめなの。」


リュースティアの呼びかけにすぐさまシルフが現れる。

ずるいって言われても悪いことをして逃げだしたシルフが悪い。


「で、これはそう言う事なんだ?」


リュースティアはシルフだけでなくスピネルにも問う。

何となく、なんとなく2人とも悪い気がしたのだ。


「・・・・・シルフがとった。」

「違うの!スピネルがひとりじめするのがいけないの。」


「・・・・・私の。」

「シルの!シルがやるの。」


「・・・・・・寝てた。」

「寝てないの!」


無口幼女VS.幼稚精霊。

うわーこれ普通に典型的な子供の喧嘩じゃん。


要するにスピネルが作業してるときに起きたシルフが一緒に作りたくてスピネルから無理やり奪おうとしたんだろう。

それで取り合いになって粉をぶちまけたってことかな。


「はい、ストップ。喧嘩すんなよ。今回は2人とも悪いぞ。」


幼女2人が反論してきそうだったので何か言われる前に続きを話す。


「取ろうとしたこともやらせようとしなかったこともだけど一番は材料を無駄にしたこと!2人がダメにしちゃった材料でどのくらいのお菓子が作れたと思う?どれくらいの人に笑顔を届けられると思う?わかったらもう取り合いみたいなことして喧嘩するな。言ってくれれば材料も道具もちゃんと用意するから。」


「はいなの。ごめんなさいなの。」

「・・・・ごめんなさい。」


怒られたからか二人ともしょんぼりしている。

でもお互いに謝っていたしリュースティアの言いたいことは伝わっているはずだ。

やっぱり甘やかすだけじゃダメだもんね。


にしても、まだ開始して30分もたってないぞ?

大丈夫なのか、この教室。







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