2-⑥.
***
カッカッカッ、と板書するチョークの高い音。それがひと際大きく聞こえるのは、教室がとても静かだったせいだろう。チョークの音が
「この段落では、主人公は親友に
昼食後の現代文は
あの時、手紙を書くと言えば良かったのだろうか。そうすれば彼の変化に気づけたのに。栞は
「じゃあ、次の段落の最初から。誰に読んでもらおうか……ええと、雪間」
「あ……は、はい!」
葉桜を盗み見ていた栞は急に名前を呼ばれて、飛び上がりそうになった。
「百五十
はい、と返事をしながら、半分授業を聞いていなかった栞は教科書のページを慌てて捲った。その場で立ち、指定された箇所から教科書の本文を読み始める。
有名な、古い小説だった。難しい言葉が多くて読みやすいとは言えないが、栞は以前にこの話を文庫本で読んだことがあった。栞が今朗読している部分は、この小説の中でも最も
隣で座っている葉桜の様子がどうもおかしい。落ち着かない様子で、
読み終えた栞はほっと息をついて、腰を下ろした。すぐに葉桜へ視線を向けるが、その顔は何かに耐えているような、
「吉野くん、大丈夫? 具合悪いの?」
栞は声を
チャイムが鳴って授業が終わった途端に、葉桜は立ち上がり、教室から逃げるように廊下に出て行った。
「吉野くん、お
栞は、葉桜の机の下にハンカチが落ちていることに気づいた。すぐに拾って追いかけると、葉桜が廊下の
「どこに行くつもりなんだろう?」
栞はとりあえず、葉桜を追って廊下を進む。まだ転校して日も浅いので校舎の造りはよく分からないが、校舎の北側は
案の定、北階段の周辺には誰もいなかった。葉桜の姿もない。栞は不審に思いながらも、階段を上り続けた。けれど、一番上まで上りきっても葉桜はいなかった。屋上に続く扉には立入禁止と大きく書かれている。
「見間違いだったのかな。確かにこっちに来たと思ったんだけど……」
栞は来た道を戻ろうと、
その声は屋上の扉の奥から聞こえてくる。立入禁止と書かれた扉に手をかけ、取っ手を回せば
「葉桜くん?」
びくっ、と肩が
「なんで、ここに……」
震えて、
葉桜は目を赤くして泣いていた。ぽろぽろ、ぽろぽろと雨のように降る涙はコンクリートの地面に染み込んでいた。
「何があったの! どうして泣いているの? どこか痛いの?」
栞は
涙が音もなく頬を伝う。それはあまりにも静かな涙で、泣いているというより、零れているというほうが正しかった。
「……君にだけは、知られたくなかったのに」
葉桜は栞の手を
「ちょっと待ってよ、葉桜くん!」
栞はその場から去ろうとした葉桜に
「何がなんだか、私には分からないよ。とにかく、落ち着いて話を……」
葉桜の表情を見て、栞は言葉を詰まらせた。
「お願いだから、僕に構わないで」
悲しみと苦しみと、それに
「僕が泣いていたことは、誰にも言うなよ」
消えてしまいそうな声だった。葉桜はそれだけ言うと、栞の手を
その後、
葉桜の泣き顔を思い出すたび、栞の胸はざわついた。
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