5 恐るべき上級悪魔! の巻
第19話
広井咲という俺と同じく悪魔と人間両方を親とする後輩の協力を得られることになった。
かといってすぐに俺が魔力を操作できるようになったわけでもなく、変わらずに図書館に通う日々は続く。
変わったことと言えば咲が通っているビリヤード店に俺も通うことになったことくらいだろうか。
ビリヤード店とはいっても咲がやっているのはダーツの方なのだが。
図書館というくらいなのだから、当然本も借りられる。
借りた本を持って広井がいる店で魔力や悪魔について調べているというわけだ。
俺とセットで一緒に行動している里奈とエリカも同じく通っている。
二人は俺と違ってダーツの方も上手であり、来たついでにダーツで遊んでいくというのが定番になっていた。
「おお〜! えーちゃん上手になったねぇ。そろそろカウント上げてもいい頃じゃないかな」
「そうかしら。まだ狙った所には中々入らないのだけど」
最初は未経験者だったエリカもかなり上達している。
最近マイダーツを買ったそうだ。
俺はというと、二人からどうしてもとせがまれた時にやるくらいだ。
あくまで俺の目的は魔力を操作できるようにすることなので、遊んでる暇などないのだよ。
決して下手すぎて、やると惨めになるからという理由ではない。
今だって真面目に借りてきた本を読んでいるのだ。
協力者である咲も俺の隣で本を読んでいる。
咲は普段は裸眼だが本を読む時は眼鏡をするようで、静かに本を読んでいる時の咲は知的な女子って感じだ。
ちょうどキリのいい所まで読み終えたようで、眼鏡をクイと上げながら俺の方に視線を向ける。
「先輩、やはりこの本は破いて丸めて燃やしてしまいましょう」
「いきなりバイオレンスなこと言い出したな。知的なイメージが台無しだよ」
「だってこのタンクトップ悪魔、頭おかしくないですか!?」
咲が読んでいるのは俺も読んだあのシリーズのようだ。
なんだっけかな、悪魔王とか呼ばれてる悪魔が書いた本だったはずだ。
「こいついきなりおっぱいについて熱く語り始めるんですよ!? 人類の敵としか思えません! 害悪です!」
悪魔王をこいつ呼ばわりとか。
まぁ気持ちは分かるけども。
中々本題に入らないし、脱線する内容がいちいち読者をバカにしてるからムカつくんだよな、こいつ。
しかし本の内容も悪かったな。
咲はどうやら胸の大きさにコンプレックスがあるようだし。
実際、咲の胸は小さいどころかツルペ――
「どこ見てるんですかぶん殴りますよ」
「なんでもありません」
こわいこわい。
咲にこの手の話題は禁物だ。
口に出してなくても親の仇のように睨んでくる。
「それにしても、本当に悪魔ってふざけたことしかしませんね。真面目に書いてるんですかねこれ」
「前に会った悪魔はこのシリーズを愛読してたらしいぞ」
「どんな悪魔だったんですか?」
「タンクトップに紙袋被ってツインテール万歳って叫んでた」
「もはや犯罪者じゃないですか」
まぁ警察に捕まってもおかしくなさそうな格好ではあるな。
最初に咲に話した時も似たような反応してたし。
「中には普通の悪魔もいるんじゃないか? うちの親父は一応人間社会に溶け込んでるし。ちょっと変わってるとは思うけど」
「その意味ではうちの母も社会生活は送れてますね。変わり者とはよく言われてますが」
ツインテール悪魔と比べたら親父なんてまだマシだ。
なにせスーツを着ているからな。
少なくとも見た目だけなら普通だ。
ところで今更ながらに気付いたが、実は咲の母親に相談するっていう手もあるのでは。
親父が俺の呪いを解けるように、咲の母親も他人の呪いが解けるかもしれない。
かつてエリカが言っていたが、実体を持っているのは上級悪魔なんだそうだ。
子どもを産んでいるってことは当然実体があるんだろうし、上級に分類されるはずである。
そう思ったのだが……
「残念ながら母は旅行中です。多分男を漁ってるんじゃないですかね」
なんとも返答に困る補足を入れられてこう言われた。
「母はサキュバスに分類される淫魔なんですよ。たまにこうして旅行するんです。本人はグルメ旅行とか行ってますが、娘を置いて行くことなのかと」
どういう家庭事情なのだろうかすごく気になるけど聞くに聞けない。
娘を置いていく以前に色々問題あるんちゃうか。
でもサキュバスって男の精が食料だったりするもんな。
グルメ旅行とは言い得て妙である。
倫理的にどうなのかは置いておいて。
「ともあれ、中々難しいですねぇ……私、人に何か教える才能がない気がします……」
「まぁ元気出せよ」
「先輩のことで悩んでるんですよ!」
咲が持っていた本を投げ出して盛大に溜息を吐く。
こうして咲の母親にアドバイスを頂きたいなんて発想が出るからには、残念ながら俺の修行の成果は出ていない。
図書館の本を読んでもダメ、実物の悪魔を見てもダメ、同じハーフである咲から教えてもらってもダメ。
我ながら酷いポンコツ具合である。
決して咲が悪いわけではないのだが、先生役の咲が落ち込むくらいには何も進展がない。
一方の俺は、なんかもう慣れてしまったのでいつものテンションと変わらずである。
とはいえ、諦めたわけではない。
「咲は魔力を使うのに修行みたいのしなかったのか?」
「うーん、私はそういうのしたことないですね。気づいたら使えるようになっていたというか」
「俺も気づいたら使ってたってのは同じなんだよなー」
「自分の意思で使うのと、意思に反して使ってしまうのはまたちょっと違う気がします」
それは確かにそうだ。
意図しない所で使ってしまうから暴走と表現するわけで。
実際、得体の知れないものだから使おうと思うのに忌避感がある。
「咲はどんな気持ちで魔力を使うんだ?」
「気持ちですか? 私の場合は言葉のままですね。お願いを聞いてほしいって思いながら話しをすると、うにょにょにょ〜って魔力が飛んでいくんです」
「うにょ……」
擬音なのはともかく、魔力を可視化するとそんな感じに動くのだろうか。
見たことも感じたこともないからよく分からない。
「呪いを解く時は?」
「自分の気持ちを元に戻すイメージですかね……物理的には発射したロケットパンチを元に戻すイメージです」
「余計によく分からんくなったわ」
「でもこれ結構真面目に言ってますよ」
説明下手かよ。
真面目に例えてロケットパンチが出てくるってどういうことなの。
ともあれ、ここで口を動かしていても一向に習得できる気がしない。
やはり千里の道も一歩から。
習うより慣れろだろうか。
練習あるのみである。
そう思って再び魔力操作の修行に戻ろうとすると、ダーツをやっていたエリカ達がゲームを途端に中断した。
「里奈、悪いけど勝負の続きはまた今度よ」
「うん、私も感じたよ。これが邪気ってやつなのかなぁ」
「そうね、かなり強い。私はこれから向かうわ」
どうやら近くで悪魔が出たらしい。
祓魔師の出番だな。
エリカは自分の荷物を手早く纏めはじめる。
「悪魔ですか……確かに感じますね」
咲も邪気を感じたようだ。
女子三人はちゃんと感じてるのに俺だけ何も感じない。
気分はゼット戦士に囲まれた戦闘力5の村人Aである。
やめて、ゴミって言わないで。
「先輩も行くんですか?」
俺は……どうしたもんか。
俺が行ってもエリカの役には立てない。
前にエリカには参考にしたいからまた同行したいとは言ったものの、参考になるかは怪しい所だ。
それよりはここで修行をしていた方が幾分かマシかもしれない。
どっちもどっちだから正直迷う。
「もし良ければ私も行っていいですか? ちょっと参考にしたいです」
「俺が行った時はなんの参考にもならなかったぞ」
「私が行ったら違うかも知れません。一応、私は魔力は扱えますし見えますから」
一理ある。
ポンコツな俺には参考にならなくても、既に魔力操作を習得しており悪魔の血が流れる咲が見れば違う観点が生まれる可能性は十分にあるだろう。
「よし、なら行くか。エリカもいいか?」
「大丈夫よ。貴方達は私が守るわ」
「はい、よろしくお願いします!」
俺達は手早く会計を済まし、エリカの感じた悪魔の元へと向かうのだった。
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