輝くは鬼火

「ノエル、損害報告ダメージレポート

貨物扉カーゴドア被弾、機能しません」


 サイドモニターに、中途半端に閉じた状態の貨物扉カーゴドアが映る。ちらりと見て、四分の一ほど溶けてなくなっているのが判る。


「マジかよ、また婆さんにドヤされる」


 ノエルが演算した複数のコースが、メインモニターにワイヤーフレームで描き出された。ケントはその中から常に一番難しいコースを選び、『フランベルジュ』が小惑星帯アステロイドを駆け抜ける。

 微小な宇宙塵デブリが艦首の斥力場フィールドに弾き飛ばされるたび、青白い稲妻が外部装甲を叩きつける。


「クソが!」


 タッチパネルで航路を選択していたケントが、マニュアルで操船に割り込んだ。反応炉リアクターの出力任せに強力な斥力場フィールドを張り、遮二無二しゃにむに直進してくる相手に正攻法は通じない。


「マスター、ダメっ!」

 

 ノエルが文字通り悲鳴をあげた。


「行けるっ」


 スロットルレバーに並んだ五つのボタンに、四つのペダルをフルに使って姿勢制御。

 ケントはノエルの指示を無視して、二つ並んだ大型の小惑星の隙間に『フランベルジュ』をネジ込む。


 ギギギッ!


 嫌な音がして衝撃が走る。後部モニターに高揚力飛翔体リフティングボディ翼の端っこウィングレットがクルクル回りながら小さくなるのが映った。


「無茶苦茶です!」

「マトモにやってて、あんな最新鋭艦から逃げ切れるか!!」


 命がけですり抜けた小惑星が、後部モニターの中で小さくなる。


「どうだ、さすがに、これはやっただろ」


 そう言ってケントは大きく息をついた。正規軍のやることだ、無茶をするにしても限度はある。


「高熱源反応!」


 ノエルの声にケントはモニターを拡大する。隙間をすり抜けてきた二つの小惑星が、モニターの中で爆炎を上げると、はじけ飛んだ。


「無茶苦茶だな、おい!」


 星系軍のメルクリウス級高速戦艦は、全長で『フランベルジュ』の六倍以上ある。そんな大型の船体で小惑星帯アステロイドに突っ込んでくるだけでも、頭がイカれてるというのに、その上、トリガーハッピーとかマトモじゃない。


 電磁投射で撃ちだされた熱核弾頭ニュークで小惑星の隙間をこじ開けた『メルクリウス』が、荷電粒子砲に対空レーザー、CIWISまで動員して、花火大会のフィナーレよろしく盛大に宇宙塵デブリを吹き飛ばしながら、爆炎の中から姿を現した。


「マスター、ムリです。あんなのムリ、絶対ですっ!」

「俺もそう思う」


 気休め程度に残りのミサイルを後方に発射して、軽くなった機体をケントはさらに加速する。純粋な速度だけで言えば軽い分だけこちらが上だが、ああも強引にこられてはそのアドバンテージもたかが知れている。


「だったら、いいじゃないですか、もう荷物をあげちゃえば」

「そうも行かない理由があんだよ」


 そう言いながら、ケントは思い出す。十三年前のあの日、最後の六隻ラストシックスの一員として、最後の攻撃を仕掛けたあの日の事を。


「何ですか? お金ですか?」

「半分はな」


 停戦交渉を有利にする、そんな曖昧な理由で死地に飛び込んでいった仲間たちのことを。


「お金なんて、あっても死んじゃったら意味無いじゃないですか!」

「まあな」


 銃はハンサムなアンデルセンの形見だ、奴はいつだって不敵に笑ってた。


「残り半分は何なんですか? そんなに大事なものなんですか?」

「残り半分はな……男の意地だ」


 ああ、そうだセシリア、女のお前が、一番の意地っ張りだったっけ。


「意地? 何を言ってるんですかマスター?」


 混乱した様子のノエルに、ケントはベルトを外して立ち上がる。


「操船を任せる、十五分ほど逃げ回ってから、降伏信号を発信しろ」

「アイ・マスター、降伏するんですね?」


 AIの癖に、妙に安堵したノエルの声に、ケントは小さくため息をついた。


「いいか、ノエル、こういう時は降伏してもどうせ消される」

「何故です? そんなのおかしいです」

「それが人間だからだ」

「……」


 言葉に詰まるノエルに、ケントはニヤリと笑ってみせた。


     §


噴射装置付ブーストコンテナを開けてくれ」


 気密スーツにヘルメットを着けたケントは、貨物室カーゴベイいっぱいに収まっているコンテナの前でノエルに言う。四分の一ほど吹き飛ばされた貨物扉カーゴドアの隙間から閃光が見えるのは、気にしないことにした。


「了解」


 ケントがコンテナのハッチから離れるのを待って、ノエルがコンテナを開く。与圧されていたコンテナから勢い良く空気が吹き出し、人一人が通れるほどの扉が開いた。


「ほう」


 よくもまあ、これだけコンパクトにまとめたものだ……。初めて見る艦載型転送門シップド・ゲートにケントは感嘆の声を漏らした。

 『フランベルジュ』に積むには少々大きすぎるが、護衛駆逐艦か巡航艦なら十分に搭載できるだろう。いきなりワープアウトしてからの雷撃戦、本当にそれが出来るのだとしたら、この星系の歴史も変わっていたかもしれない。


「マスター、残り六分です」


 ノエルの声に我に返り、小脇に抱えた携帯端末を艦載型転送門シップド・ゲートに取り付ける。


「ノエル、起動出来るかやってみろ」

「アイ・マスター、自動診断機能ダイアグノシススタート」


 コンテナを通して電源が供給され、艦載型転送門シップド・ゲートに火が入る。


「動かせそうか?」

反応炉リアクターの反物質燃料は残り〇・三パーセント、起動時の負荷を考慮すると転送繭コクーンを形成しても、船ごと転移はできません」

「このコンテナ単体なら?」

「二〇〇キロメートルがせいぜいです」


 なるほど……、上手く行けば逃げられるかと思ったが、世の中そう甘くは無いということか。 


「マスター、指定の時間まで四分」

「ノエル、艦載型転送門シップド・ゲートの操作系を制圧、暖気アイドルしとけ、俺は戻る」

「アイ、通信を確保、制圧」


 ケントはあまりの速さに舌を巻いた。


「えらくザルだな、おい」

「セキュリティはSプラスですが、お父様の作品ですから、お話できます」

「クリスと同じか」

「ええ、ただこの子に意思はありません」


 意思か……と、ケントは小さくため息をついた。


     §


「全通信帯を使って、降伏信号を発信し、機関出力絞ります」

「少々エンジンが傷んでもいい、いつでも逃げられるようにしとけ」

「アイ」


 エネルギーチャンバー内にプラズマ化した推進剤を封じ込めるのは、後々の整備を考えると得策ではない。プラズマを電磁封鎖するのにバカほど電力を食う、だが、わずかばかりの勝率にかけたケント達は、経済性云々を言っている場合ではなかった。


「応答来ました、降伏受諾」

「通信回路開け」

「アイ……マスター?」


 キュイン、とコンソールのカメラが小さく鳴って、ノエルがこちらを見ているのがわかった。


「どうしたノエル」

「死ぬときは一緒です」

「ああ、死ぬ気はねえよ」


 ポン、と操縦桿を叩いてケントは笑ってみせる。


「こちらは、太陽系宇宙軍所属、戦艦『メリクリウス』、艦長のヒースコート大佐だ、貴艦の降伏を受諾する」

「そりゃどうも」


 ぴしっとした制服を着込んだ、冷たい目の士官に、ケントはヘルメットを被ったまま応答した。なにもご丁寧にこちらの顔を見せてやることもない。


「先ほどの鉱山ギルドの長といい、どうも貴君らは礼儀という言葉を忘れたようだな」

「衣食が足りなきゃ、礼節なんてものは知ったことじゃないさ、大佐殿」

「なるほど、バカではないようだ」


 大きなお世話だ。思いながらケントはちらりとコンソールを見る。艦載型転送門シップド・ゲートのシステムはオールグリーン、十三年も放ったらかしにしていたのに、大したものだ。


「バカで無いと認めてもらったついでに、交渉がしたい」


 画面の中で、ヒースコート大佐が片手をあげた。


「高エネルギー反応!」


 ノエルが悲鳴をあげた途端、『フランベルジュ』の右端を粒子砲のひらめきが抜けていった。脅しだと分かっていても、冷たい汗が背中を流れるのを感じる。


「落ち着けよ大佐、艦載型転送門シップド・ゲートは引き渡す」

「あたりまえだ」

噴射装置付ブーストコンテナで、中間点へ射出する、勝手に回収すればいい」

「その間に逃げようというのかね、なかなか愉快な奴だ」


 冷たい笑みを浮かべ、大佐が画面の向こうで笑う。


「こちらのチップは艦載型転送門シップド・ゲート、そっちのチップは俺達を逃がす可能性、悪くない取引だろう」

「この艦から逃げられると?」

「やってみるさ」


 ケントの言葉にヒースコートが声をあげて笑った。


「よかろう、艦を止めたまえ。こちらも停船する、内火艇ランチでコンテナのスキャンが終わるまで停戦してやろう」

「寛大さに感謝する。後部貨物ドアを切り離せ、コンテナ射出用意」


 矢継ぎ早にノエルに命令をだしながら、ケントはパネルを叩き『フランベルジュ』の停船位置を相手に送信した。ゲームのコマでも置くように、二〇キロほどの相対距離を置いて、『メルクリウス』が船足を止めた。


「電磁投射でコンテナを射出、停止位置を送信」

「カウントダウン、三、二、一、射出」


 画面の向こうで、大佐が冷たい笑みを浮かべている。……ケントとそう変わらない年齢で大佐殿とくれば、相当な手腕でここまで上りつめたのだろう。


敵艦バンデッドから内火艇ランチの射出を確認」


 ノエルの声に、ケントはメインスクリーンを見つめた。キーボードを通じて『メルクリウス』の座標とその場所の拡大図を表示させる。

 

「大佐、お願いついでに伝言を頼まれてくれないか」

「最期の言葉かね」


 どこの艦も人間が作る以上、大幅にして構造は変わらない。図面を拡大して、流麗なデザインの高速戦艦の機関部付近をタッチするとノエルに座標を送る。


「ああ、そんなところだ」

「言って見たまえ」


 トン、と操縦席に背を預け、ケントは小さく息を吸う。


地獄で会おうアスタ・ラ・ヴィスタ軍産複合体プルートス


 画面の向こうで大佐が目を剥くのと同時に、ケントはキーボードに指を叩きつけた。


艦載型転送門シップド・ゲート転送繭コクーン展開、転送ジャンプ


 恒星間転移門と同じ色の、だが、比べ物にならないほどの小さな青白い閃きを残して、コンテナが輝きを残して消え去る。


「貴様あ!」


 通信を切る直前、通信機の向こうから大佐の甲高い絶叫が響いた。


機関全開フルアヘッド、逃げるぞ」

「アイ」


 ケントの目論見通り、機関部の中心に艦載型転送門シップド・ゲートが実体化する。エンジンの内部に異物を放り込まれた『メリクリウス』が爆炎をあげた。

 その炎を背に、封鎖突破船ブロッケードランナー『フランベルジュ』が加速する。プラズマと水蒸気の尾を引き、星の海を一陣の彗星のように駆け抜けていった。


     §


「まったくもって、ボロボロじゃな」

「……」

「まあ、そう凹むでない、生きて帰るとは思わなんだ、褒めてやろう」


 戻ったと聞くや宇宙港まで出迎えに現れたスカーレットに、バンと尻を叩かれ、ケントはドッグに係留された『フランベルジュ』を見上げる。


「それで、仕事のほどは?」

艦載型転送門シップド・ゲートなら、小惑星帯で宇宙塵デブリになってるさ」

「またタダ働きとは、お主の貧乏クジも、中々大したものじゃな」


 ……壊した分だけ借金が増えた……幸い、後部ハッチに翼端整流板ウィングレットと、安めの部品で済んだのが不幸中の幸いだ。


「それで、リシュリューにはどう説明するつもりじゃ?」

「ありのままに言うしかないだろ、前金返せといわれなきゃいいが」

「まあ、そこまでは言うまいよ」


 少なくとも、軍産複合体プルートスの手に渡ることは防いだ、それだけでも十分な戦果と言えなくもない。


「で、あれはなんじゃ?」


 緋色のドレスを翻し、放射線洗浄を終えて運ばれてくるコンテナをスカーレットが指差す。


「ああ、ケンタウルスⅡで貰ってきた土産だ。土壌栽培ナチュラルのリンゴだ」

土壌栽培ナチュラルのリンゴ! わらわの分もあるんじゃろうな?」

「全部もってけばいい、俺じゃ売り先も、ルートもない」


 子供のように喜ぶスカーレットに、ケントは笑う。


「ホントか? よし、なら船の修理代はわらわが払ってやろう」

「ちょっ、スカーレット」


 ぴょん、と跳ねるようにして抱きついてくるスカーレットを、ケントは受け止めると抱き上げる。

 途端、コンテナを運んでいたフォークリフトが唸りをあげて、ケントめがけて突っ込んでくるのが目に入った。


 ノエルだ……。


 思うと同時に、ケントはスカーレットを下ろして背にかばう。護衛についてきたアンドロイドのリディが、短機関銃PDWを携え駆け寄ってくるが、間に合わない。

 すんでの所で急ブレーキをかけたフォークリフトから、コンテナがケントの目の前にゴロリと転がった。


「ノエル! いい加減にしないか」


 通信機コミュに向ってケントが怒鳴り声をあげる、いくら何でもやりすぎだ。


「だって、だって」


 通信機コミュからノエルの声が帰ってくる。同時にコンテナの扉が弾けるように開き、大量のリンゴが転がり落ちてきた。


「「マスターのばか!!」」


 通信機コミュの声にシンクロして、開いたコンテナの中から声が響く。

 ぽかん、と口を開けるケントの前に、リンゴの山をかき分けて、一人の少女が姿を現した。


「マスターのばか、変態、ロリコン!」


 水色のショートボブに深い蒼色の瞳、クリスより見た目は二つほど下だろうか。間に割って入るように短機関銃PDWを構えるリディを一挙動で投げ飛ばし、ケントの胸に少女が飛び込んでくる。


「ノエル?」

「はい!」


 飛び込まれたので抱きとめた格好になった腕の中で、ノエルが上目遣いに見つめる。


「これは?」

「父様からのプレゼントです」


 悪名高いオオカミルドルフ・ベーゼマンめ……。


「撫でて下さい、約束しました」 

「約束?」

「頭がついてたら、撫でて下さるって、約束しました!」


 ……そんな事を言った気がしないでもない……。期待を込めた眼差しを向けるノエルの水色の髪を、ケントは仕方ないと撫でてやる。


 まあ、約束は約束だ。


「良かったのケントよ、タダ働きじゃのうて。しかし初陣でリディを投げ飛ばすとは中々のものじゃ」


 背後で腹を抱えて笑うスカーレットが、集まってきた職員たちにリンゴを拾わせているのを眺めながら、ケントは足元にころがるリンゴを拾い上げ、袖でこすってから、一口かじった。


 爽やかで甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がってゆく。


 生きてる。まあ、それだけでよしとしよう。

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