ケンタウルスの亡霊

漂うは紫煙

 雑貨店で六本パックのビールを買い込んで、ケントはギルドにほど近い自分のねぐらへと戻った。その昔、青空が映しだされていた旧市街の天蓋スクリーンは、今では薄汚れたグレー一色だ。

 そんな灰色の街の一角、古びた雑居ビルの前にケントがスクーターを止めた途端、手首の通信機コミュが振動した。


「はいよ」


 ろくに相手も見ずにケントが返事をする。ぴーひょろ、と間抜けな音を立て通信がつながった。


「マスター、スクーターのバッテリーが切れかけてます」

「そうか、わるいな」


 ノエルの忠告におざなりに返答して、ケントはくたびれた電動スクーターから、バッテリーを引っこ抜く。


「世話焼き女房だな、まったく」

「お嫁さん……」

「何だその反応?」

「だってマスターが」

「ついでにメシでも作ってくれれば、言うことないんだがな」


 しどろもどろになるノエルに、つっこみを入れて通信を切る。スピードだの電池残量だのが表示される液晶はとっくに壊れていたが、電波さえ繋がれば家電製品の自動診断機能ダイアグノシスをハッキングしてまで、ケントの世話を焼きたがるノエルのおかげで、何かが物理的に壊れたとき以外はほとんど困る事は無かった。


「さてと、風呂だ風呂」


 右手にビール、左手にスクーターのバッテリーをぶら下げ、ケントは配管むき出しの階段を降りる。雑居ビルの地下、死んだ戦友のセシリアから譲り受けた元酒場兼住居がケントの家だ。


「ん?」


 今の世の中、電子鍵より安心できるからと、セシリアが付けてそのままになっている金属鍵ディンプルキーを開けようとして、ケントは違和感を覚え、手を止める。


「かけといたはずだが」


 自由貿易都市と言えば聞こえは良いが、都市中枢を守る軍警察と、金持ちが雇うガードマン、あとはせいぜい、商店街の連中が結成した自警団が治安を守るケンタウルスⅢは、ある意味無法地帯だ。


「めんどくせえな、ビールが温くなっちまう」


 バッテリーとビールを階段に置くと、ヒップホルスターからケントは古びた火薬式の四十五口径リボルバーを引き抜いた。

 

 チチッ、チャキン


 撃鉄を起こす、小気味よい金属音をたててシリンダーが回る。骨董品だと笑う奴も多かったが、ケントはこのズシリと冷たく重い感覚が、プラスチックの水撃銃や短針銃より好きだった。


 そっと扉を開く、バーカウンターに明かりがともっていた。こちらに背を向け白い服の大柄な男が座っている。


「最近のコソドロはフリージャズがお好みか」


 ジュークボックスから流れる古い曲に聞きほれながら、グラスを傾ける男に銃を向け、ケントは声をかけた。


「いい店だ、営業してないのがもったいない」

「そいつはどうも」


 右手にグラスを持ったまま、男が両手をあげてこちらを振り向く。


「銃はアンデルセンの形見か、マツオカ中尉」

「ああ、店はセシリアの形見さ、リシュリュー大佐」


 吐き捨てるように言って、ケントは撃鉄ハンマーを戻して銃をホルスターにしまった。


「それで、大佐殿がいまさら何の御用ですかね?」


 ケントの嫌味を聞き流し、独立戦争末期に自分と仲間たちを死地に送り込んだ空母『ラファイエット』の艦長、アルフレッド・リシュリューが立ち上がると、グラスを棚から取り出し琥珀色の液体を注いだ。


「今は無きケンタウルスⅡの酒だ、飲むかね?」


 無謀なテラフォーミング計画の要として、最盛期には大小あわせて七十以上あったアルファ・ケンタウリの宇宙基地、その中でも農業拠点だったケンタウルスⅡは大戦初期に太陽系宇宙軍の猛攻を受け壊滅した。

 星系随一とうたわれたウィスキー『シャイヤ』は戦後も作られることは無く、いまではマニアに高値で取り引きされている。


「……」


 無言でグラスを受け取り、ケントが元上官とともにグラスを掲げる。


「我らの故郷に」

「死んでいった仲間に」


 グイと一息に飲み干す。


「それで、昔話をしに来たわけじゃないんだろ大佐、いや今は軍警察長官殿・・・・・・だったか?」


 腹の底に熱い固まりが落ちて行くのを感じながら、ケントはタバコに火を着けて口を開く。


「ああ、そうだ」


 銀のシガレットケースからシガリロを取り出し、リシュリューも紫煙を吐いた。


「昨日、ラグランジュⅡにある旧星系軍の実験施設から、亡霊ファントムの一つが盗まれた」


 亡霊ファントム、時折、アンダーグラウンドのネットに噂が流れる事がある。大抵は与太話の類だが、必ず一致するのは、一人の天才科学者の名前が必ず出てくる点だ。


「天才科学者、ルドルフ・ベーゼマンの遺産、ケンタウロス自治政府の再起の為に秘された新技術の数々……という寝言……」


 グイと灰皿に吸い殻を押しつけて、ケントはヤニで煤けた天井を見上げる。


「そう、寝言……であれば良かったのだがな」

「それで?」

「そいつを取り戻してほしい」


 お断りしたい気持ちで一杯になりながら、ケントはグラスにウィスキーを継ぎ足してもう一口あおった。

 途端、手首でブンと唸る通信機コミュにちらりと目をやる。「3 em in rm」 (敵数三、室内)短い文と部屋の平面図、それに付けられた赤い印が三つ目に入る。


「軍警察がやればいいだろう」

「そうだな、普通の物であればそうしたいところだ」


 その一言で、中身を聞く前にお断りしたい気持ちが一杯を通り越し、ケントの口からあふれ出した。


「ことわ……」

「報酬は三千万クレジット」

「くっ」


 一瞬、断りかけて金額を聞いてケントは息をのむ。借金を全部返してお釣りがくる。


「前金で三分の一」

「……内容を聞こう、だがその前に」

「その前に?」

「そこの角と、天井裏、ドアの向こうにいるゴリラどもをどけてくれ、建物が傷む」


 ニヤリと笑ってリシュリューがパチンと指を鳴らした。ジジジっと小さく火花が走り、光学迷彩を解除したサイボーグ兵士が姿をあらわす。


「呼吸と心拍まで止める新型によく気がつくものだ」

「ああ、音がな」

「音?」

「ジュークボックスの音が、いつもと違うんだよ」


 半分はハッタリだ、だが半分は本当だった。ジュークボックスから流れる音を、家中のマイク付きの機械をハッキングしたノエルが分析、普段の音場との違いから計算した結果だ。

 ひょんな事から手に入れた『ノエル』は手に入れてからずっとこの有様で、何かとケントの世話を焼きたがる。自分に対する執着に最初はうんざりしていたケントだが、最近はすっかり慣れてしまっていた。


「大したものだ」


 ケントにそう言って、だが目を細め、眉唾だという表情を隠さないリシュリューにケントは追い打ちをかける。


「ああ、それから大佐」

「何だね、中尉」

「俺の船に誰かを向かわせたなら、引き返させた方がいい」


 リシュリューの怪訝な顔に、ケントは言葉を継いだ。


「二ヶ月前間、船を差し押さえにきた借金取りが、艦首レーザーで足を飛ばされて重傷だ」

「なるほど」

「半月前に俺が寝てる間に船を盗もうとしたバカは、いま宇宙塵デブリになってる」

「判った」


 ケントの言葉に、リシュリューがサイボーグ兵士の一人に目配せした。うなずいた兵士は無言のままだが、脳波での文字通信テキストだろう。


「気が短い相棒なんでな」


 ケントの腕で抗議するように通信機コミュがブンブンと振動を繰り返すが、ケントそれを無視して肩をすくめた。


     §


「それで?、依頼を聞こうか」


 沈黙の中ジャズだけが響き、二人していい感じに飲んだ結果、半分程になってしまったウィスキーのボトルを挟んで、ケントは口をひらいた。


「旧星系軍は、試作段階の技術を戦争終結前に分散して隠匿した」

「魔術師ルドルフ・ベーゼマンの遺産……か」

「ああ、亡霊ファントムと巷で呼ばれているいくつかの先進技術だ」

「戯言だと思っていた」


 無理なテラフォーミング計画に投入され、太陽系から捨てられた二千万数百万の棄民たち。経済搾取に耐えかねた彼らが、四世代を経て蜂起したのがケンタウルス独立戦争である。

 結果は物量に押しつぶされたが、当時、三倍以上の敵と二年間互角に戦えたのは、この天才技術者の発明による所が大きい。


「で、その魔術師が残した魔法の杖が盗まれたと?」

「ああ、盗んだのが誰かまでは判っている、太陽系政府の傀儡かいらい政党、統一連合と、彼らに依頼されたマフィア共だ」

「そんな大事なもの、誰も警備もしてなかったのか?」

「無い事になっている物は、人間を使って警備などしないさ」


 自嘲するようにリシュリューが笑った。終戦から十三年、熱狂的な愛国心を持つ者は姿を消しつつあった。警備に人を使えば足がつく、そういうことなのだろう。


「なら、そこのゴリラ共を投入して取り返せばいい」

「背後に軍産複合体プルートスがいなければそうしてるさ」


 軍産複合体プルートス、太陽系全域の経済と流通を握る企業連合体は、戦後、事有るごとに自治権を取り上げようと政治的、物理的圧力をかけ続けてきた。

 彼らが欲しいのは、戦前のように、ケンタウリからの自由に搾取できる権利、それを跳ね返しているのは、辛うじて要職にいるリシュリューのような第三世代末期の人間たちだった。


「太陽系政府に睨まれたくない、その上でそいつを取り戻したい……と。で、何を盗んでいったんだ、軍産複合体プルートスがケンタウリ全体を強請れるほどの宝物なんだろ?」


 グビリとグラスを煽ってケントが尋ねる。


艦載型転送門シップド・ゲート


 聞くなりケントはむせた、バカをいえ、あんなデカイものが艦にのってたまるものか。太陽系まで転移する転送門ゲートは、全長一キロの宇宙空母より大きいんだぞ……。


「冗談だろ?」

「むろん恒星間移動できるほどの性能はない、せいぜい一度に跳べる距離は十三光分、一度使えば反物質の補充が必要な欠陥品だ」


 それでも……全て転移門ゲートが太陽系政府に牛耳られている状態の今なら、喉から手が出るほど欲しい連中はいるだろう。何より、転移門ゲートを太陽系政府以外が所持する事自体が違法行為だからこそ……だ。


「なあ、大佐、俺達に次はない、宝物は奴らにくれてやればいいじゃないか」

「そうだな、我々に次の戦争の機会はもうないだろう」


 だが、これをネタにして自治権まで取り上げられてたまるものか、リシュリューの目がそう言っていた。


「わかった、引き受けよう、詳細は暗号文章でくれればいい」


 戦友たちがのこしたのは、古びた銃と、小さなバー、軍産複合体プルートスがどんなに偉いかは知らないが、ケントは今の生活が気に入っていた。


 引き受ける理由はそれで十分だ。


 ぴーひょろ、と間抜けな音がしてノエルから文書通信テキストが入る。腕にはめた通信機コミュに小さな文字が踊っていた。


「accom u ma」(お伴します、マスター)

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