第23話 式神との戦い3


 夕翔は2人の男女を介抱しよう、とモモと山小屋へ戻るつもりだったが……。

 いつの間にか濃い霧に包まれ、どこにいるのかさえわからなくなっていた。


「——モモ! モモ!」

『モモ! モモー!!!』


 式神のモモなら、夕翔の声や念話ですぐに応答してくれるが、何度呼んでも音沙汰はなかった。


 ——一体どうなってる? 体が思うように動かせない……。


「モモ! モモ! ……ん?」


 再びモモの名前を叫んでいると、ぼんやりと霧の外側から声が聞こえた。

 夕翔は耳をすませる。


「——あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 ——この苦しそうな声は……花奈?


「花奈! 聞こえるか? 大丈夫か?」


 夕翔が必死に叫んでいると——。

 突然、今までに感じたことのない違和感に顔をしかめる。


 ——この感覚……妖力が無理やり吸収されてる……。


 その違和感は、花奈から伊月を隔離するため、葵が夕翔の妖力を使用した結果だった。


 ——今の感じは、花奈が俺の妖力を使った時と全然違う……。もしかして、他の誰かに利用されてる? それより、花奈は大丈夫か? モモもどうしているのか心配だ……。


 夕翔は、次々に起こる不可解な現象に困惑していた。


 ——落ち着け、花奈はいつもこんな時ほど冷静なはず。俺が守ると宣言した以上、もっと中身も強くならないと!


 夕翔は大きく深呼吸して心を落ち着かせ、現状をまとめてみる。


 ・ この濃い霧は妖術に違いない

 ・ モモは俺と接触できない

 ・ 花奈と別の者から妖力を吸収されている

 ・ 花奈は苦しんでいるようだ


 ——つまりは……俺は誰かにまた襲われてるんだよな? 前に会った式神かもしれない。俺の妖力はまだ豊富にあるから、奪われすぎるとマズイ展開になりうる……か。俺の妖術はまだ微妙だからあてにならない……そうか、一度妖力を使い切ろう!


 たとえ夕翔の保有妖力が枯渇したとしても、花奈が夕翔手作りのお菓子を持っているのでどうにかなる、と夕翔は考えた。


 ——妖力をただ、放出すればいい……。


 夕翔は目を閉じ、妖力の拡散を開始した。




『——なにっ』


 直立した夕翔の表面を包み込んでいる葵は、焦りの声をあげた。


「どうした?」


 隣に立っている椿が葵に問いかけた。


『この体、妖力を捨て始めた』

「なんだと? 完全にその体を制御できてないのか?」

『くっ……そのつもりだったのだが……』


 葵は怒りの声を漏らした。


「どうにかしろ」


 そう葵に告げた椿が憑依している国王の体は、妖魔化が進行していた。

 黒髪は青髪化して異常に長く伸び、皮膚には妖魔化特有の黒いまだら模様が浮かび上がっていた。





 葵に囚われた夕翔が必死に状況を確認している時——。


 椿と葵から少し離れた正面向かいに立っている花奈は、変わらず天を仰いだままだった。


『——ママー。どこが悪い? ママー、聞こえる?』


 モモは花奈の体内でそう叫びながら、花奈の体の異常を探していた。


『——……モ』

『ママ!』


 ようやく花奈の声を聞いたモモは、笑みを浮かべる。


『モモ……ゆうちゃん……大丈夫?』

『パパはまだダメ。それに、ママも——』


 モモはイツに言われた内容を説明する。


『そういう……ことか……。モモ、伊月は?』

『結界に捕まってる』

『じゃあ……山小屋へ……お札を……取ってきて』


 花奈は途切れ途切れの思念をモモへ送り、どんな札なのかを理解させる。


『取ってくるね!』


 モモは急いで山小屋へ向かった。





 その頃、椿と葵は——。


『——くっ……妖力漏れが抑え込めない』


 葵は焦りの声を漏らした。

 葵が包み込んでいる夕翔からは、ものすごい勢いで妖力が失われており、伊月の隔離結界を維持することで精一杯だった。


「仕方ない。結界が維持できなければ、それまでだ」


 椿はそう言いながらニヤリと笑い、葵の横に浮かぶ伊月の方へ視線を向ける。


「お前たち、何が目的なの?」


 伊月は時間をどうにか稼ごう、と椿に話しかけた。


「花奈の体を完全に乗っ取った後、2つの世界を融合させる」

「そんなこと、できるわけが——」

「——できるんだよ。お前の父親がこの世界へ渡った時、その準備は完了した。そして、私と葵がその支配者となる」

「させるか!」

「はははっ、どの口が言っている? お前は死に直面している、というのに……」

「姉上がこのまま乗っ取られるわけがない! 姉上は犬神家の最高術者なんだ!」


 それを聞いた椿は怒りで顔を歪ませる。


「——黙れ小娘! 何も知らないくせに。花奈の言う通り、私たちは本当の式神ではない。元々はお前たちと同じ、犬神家の者だったからな——」


 伊月は衝撃の内容に言葉を詰まらせた。





 伊月が椿に話しかけた頃——。


『——ママ、持ってきた!』


 モモは、花奈のコートのポケットへ持ってきた札を差し込み、花奈の体内に入った。


『ありが……とう。私の……体……言う通りに……動かして』


 自力で体が動かせない花奈は、モモに体の制御を任せることに。


『うん!』


 今の花奈の体勢を維持しながら、モモはバレないように魔法陣を背後に展開し、その中央に札を置く。

 そして、魔法陣を起動する。


 すると——。


 銀色の狼——式神が魔法陣の中央から盛り上がるように出てきた。


『——ご主人様!』


 そう言いながら主人のところへ向かった狼は、主人を除いて誰にも認識されていなかった。

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