第8話

 とある山奥のコテージ。私はその玄関前にいた。隣には私の同僚である、望がいる。望は玄関の呼び鈴を鳴らす。


 待っている間に、私は首から提げたロケットを開いた。そこにはアイによって結ばれた最愛の人と寄り添っている、私の姿があった。


 私は彼に寄り掛かって、そして笑っていた。


「ふふ」


 今の私も笑う。彼のおかげで私は笑えるようになったのだ。彼が残してくれた、最高の贈り物なのだ。


 ロケットを見ていたら、玄関のドアが開いた。開けたのはエメラルドファイアの副リーダーだった、椎名仁だ。

 

「こっちだ」


 彼は私たちを確認すると、屋内へ招き入れた。廊下を進み、やがて広々としたリビングに入る。そのソファに、彼女がいた。

 

「瑛里華様!」


 私は彼女に近づいて、そして抱きしめた。


「良かったぁ。無事だった!」


 私はそう言って、思わず涙をこぼした。


「あらあら茜。むしろあなたが大変じゃない。こんなにボロボロになっちゃって。うふふ、面白いわ」

「面白いじゃないよ、バカぁ!」


 私は泣きながら怒る。しかし確かに、瑛里華様より私の方が凄惨な状態だった。身体は包帯だらけ。片足を骨折し、松葉杖をついている始末。

 

『アイの塔を攻撃した反逆者、エメラルドファイアの主犯格二名は未だ逃亡中であり……』


 テレビの音声が響いた。エメラルドファイアがテロ行為を行って、あれから数日。


 蛍はその後、自身の女装を止めて全くの別人になりすまし、数日の内にアイズのトップに立った。というのも、彼女は瑛里華様が裏切ったと嘯き、その情報を存分に利用したのだ。システムの履歴には瑛里華様が自らセキュリティを解いた痕跡が見つかった。それは確固たる証拠にはならないものの、世論を扇動するには充分だった。

 

 そして蛍は、強力した雫はもちろん、私と望まで共犯者と仕立て上げた。このコテージは、瑛里華様が享楽のために作った隠れ家で、アイズ隊員どころか中隊長の私たちでさえ知らない場所だった。蛍によって行き場を失った私たちは、しばらくは此処を拠点としていくしかない。


「いつの時代も、マスコミは煽ることが好きなんですね」


 かつての地位は跡形も崩れ去り、すっかり悪者扱いをされている瑛里華様は情けなく笑った。


「瑛里華様は、マスコミに散々困っていたからね」


 雫が笑う。天才女子高生という肩書きは当初、良くも悪くも世間を賑わせていた。

 

「役者は揃った。瑛里華、望、雫、茜。話がある!」


 椎名が私たちに呼びかける。


「ちょっとぉ。呼び捨てなんて、馴れ馴れしくない?」


 私は不満の声を挙げた。


「エメラルドファイアの一員になったからには、全員が等しく仲間だ。よって、ファーストネームで呼び合うのがここのルールである!」

「うわぁ……」


 私はドン引きの表情を、彼に向けた。


「まあ! 仁に名前で呼ばれちゃったわ! なんて素敵なルールなのかしら。そうね、この際だから雫も茜も望も、私のことを瑛里華と呼んで頂戴。もう私たちに序列はないのよ」


 瑛里華様が嬉しそうに言う。


「まあ、瑛里華さ……瑛里華が言うならそれで良いけどね」


 気恥ずかしいなあ、もう。


「まあまあ! 茜が呼び捨てしたのはいつ以来かしら!」


 呼び捨てされたくらいで、大げさに喜ぶ瑛里華。まあ彼女は子供の頃から周りに畏怖されて生きてきたのだ。気軽に呼ばれることは彼女にとって、かけがえのないことなのかも知れない。


「あの、その……え、瑛里華……」


 望が恥ずかしそうに言う。彼女がそんな態度を取るなんて、意外だ。


「まあ、望まで!」

「きゃあ!」


 瑛里華は私を払いのけて、望に抱きつく。私は払い退けられた勢いで、ソファに崩れ落ちた。片足を骨折している所為で、簡単に倒れてしまうのだ。

 

「もう、瑛里華ぁ!」


 私が不満の声を挙げる。本当、なんて人だろう。

 

「は、あはは。何だか、照れくさいなあ」


 一方、自身に抱きつく瑛里華に、望はまんざらでもなさそうで、頬を紅潮させながら彼女の頭を撫でた。


「瑛里華。その、これからも宜しくね」


 雫も照れくさそうに言った。


「ええ、宜しく雫! 素敵ね、エメラルドファイア。もうずっと此処にいたいくらいだわ!」


 きゃっきゃとはしゃぐ瑛里華。


「騒ぐのも良いが、そろそろ話を始めたい」


 仁は皆に言った。


「何よ仁。空気読めないなぁ」


 私は彼の名を呼ぶ。不思議だ。彼の名前がこうも容易く呼べるなんて。


「空気は読むものじゃない。変えるものだ」


 私の軽口を一蹴して、仁は本題に入った。


「改めまして、俺は椎名仁だ。蛍に変わってこの俺が、エメラルドファイアのリーダーを務める。まずは、この場にいる者達の意思確認をしておきたい」

「確かに。大事なことだろうな。この場にいる誰もが、仁の考えに同意しているとは限らない」


 望が同調した。


「俺はアイをぶち壊す。アイがなかった頃の日々を取り戻す。そして、ひっそりと妹の処女膜をぶち抜く」

「うわぁ。結婚式の時にも聞いたけど、色々と凄いよね。まず法律は変えるつもりはないと。その上で、ひっそりと法律を破るって宣言してるんだもん」


 私はドン引きの表情を彼に向けた。


「当たり前だろ。近親交配による出産には様々なリスクがある。法律を変えたところで、その事実は変わらないんだから」

「なんでそんな偉そうなんだ、お前は」


 望も仁にツッコんだ。


「ま、まあ仁はこういう奴みたいよ。親戚の私も知らなかったんだけどね」


 苦笑いを浮かべて、雫は言った。フォローのつもりなのだろうか。


「仁。私はね、それだけじゃ足りないと思うわ」


 そう言ったのは意外にも、瑛里華だった。


「過去の恋愛において、問題があったのは事実。アイによって幸福度が上がったのも事実。だから私は、過去のシステムに戻すだけじゃ足りないと思うの」

「ふむ。それで?」

「この場にはアイによって救われた人たちもいる。だからエメラルドファイアの最終目的はこうするべきだと思うの」


 瑛里華は、そしてこう言い放った。



「過去の恋愛システムでもなく、アイによる強制されたものでもない。少数派は一切生まれないよう、全ての人間が、自由でいて、幸せを得られる。そんなシステムを作ること」



 あまりのスケールの大きさに、私は考えがまとまらなかった。


「壮大過ぎる。そんなことが可能なのか?」


 仁が言った。


「出来るわ。仁と私なら。それに、ここには優秀な人材が沢山いるもの」

「具体案はあるのか? その、全ての人間が幸せになれる、システムの概要は?」

「ないわ。それは私だけじゃ思いつきそうにないの。だから仁。手伝ってくれます?」


 瑛里華に言われて、仁はしばらく考え込んだ。

 

「無謀だ。しかし、エメラルドファイアの当初の目的だって、無謀ではあった」


 仁はポツポツと呟いた。確かに、完全に定着したシステムを破壊するなんて、中々できるものじゃない。そしてエメラルドファイアは、それを実現する直前まで辿り着いていた。

 

「それに俺は一つ分かったことがある。俺は最初、俺たち以外の幸せなんてどうでもよかった。でも葵が少数を犠牲にして自身の望みを叶えようという考えを知って、それは違うと思った。俺はやっぱり、俺たち以外の人たちも幸せになって欲しい。じゃないと、気持ちが悪い」


 仁はそして、瑛里華を見た。


「分かった。瑛里華の案に乗ろう。お前達はどうだ。それで良いか?」


 仁は了承して、私たちを見た。


「良い! 良いよそれ!」


 私は真っ先に了承した。アイは良いものだと、私は思う。しかしこの人たちは、それよりも良いものを目指している。そしてその人は、私が最も信頼している人物なのだ。協力するに決まっていた。


「アイよりも良いシステムか。難題だな」

「ほんと。それに乗っかっちゃう仁も大概だけど」


 望と雫が呆れたように笑う。


「お前たちは不服か?」


 仁の問いに、二人は顔を見合わせた。


「瑛里華が出来ると言ったんだ。なら、断る理由はない」


 と望。


「良いよ。その理想なら、私の恋人もきっと助かる」


 と雫。


 全員が了承し、晴れてエメラルドファイアの目的が決まった。

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