反逆者の真愛スクリーム〜不可能の証明〜

violet

第1話

 その兄妹は愛し合っていた。


仁兄じんにい。結婚、おめでとう」

「葵……」


 更衣室にて、そんなやり取りが響いた。私はドレスコードされた椎名しいな兄妹を見つめる。兄のじんと、妹のあおい


 仁は化粧台の椅子に掛けていた。葵はその真後ろにいて、鏡に映る兄の顔を切なげに見つめていた。


 その兄妹は愛し合っていた。愛し合っていたけれど、それも今日で終わりだ。


 本日。兄の仁は、結婚式を挙げる。


「元気出して仁。相手はあの鬼道院きどういん 瑛里華えりかよ。玉の輿じゃない」


 私は気を遣ってそう言った。しかし、そんな言葉が彼の慰めにならないことは分かっていた。


しずく姉さん……。ああ、そうだな。AIが選んだ相手なんだ。きっと上手くいくさ」


 私の名を呼びながら、仁は鏡越しに笑った。そしておもむろにスマホを取り出し、テレビの映像を表示させた。


『占い蛍のコーナー! 今日のラッキーカラーは緑。蛍の光と同じ色ですね!』


 蛍という某ニュース番組看板キャスターの、占いコーナーだった。蛍を模した奇抜なコスプレ衣装を身に纏い、ハツラツとした性格をしているものだから、主に子供に絶大な人気を得ていた。


『それでは皆さんご一緒に。発光セヨ、発光セヨー!』


 蛍はそう言いながら、可愛らしいお尻をこちらに向けて、衣装に取り付けられたライトをピカピカと光らせた。蛍の決め台詞と決めポーズである。


「よしっ」


 仁はスマホをしまう。何故このタイミングでテレビを見たのだろう。もしかして蛍が好きなのだろうか。


「葵」


 仁は振り返って、妹を呼んだ。そして二人は、お互いの手と手を合わせる。しかし二人の間には物理的な透明な壁があった。手と手を合わせている様に見えるが、実際には透明な壁の所為で触れ合えていない。


「行ってくる」

「うん。行ってらっしゃい」


 切なげに笑い、透明な壁に手を添えて、二人はそんなやり取りを交わした。二人の気持ちをよく知っている私は、それを見て胸が苦しくなった。二人を隔てている透明の壁が、私は憎くて仕方が無い。

 

「雫先輩。ちょっと良いですか?」


 そんな重いに耽っていると、声を掛けられた。部下である一峰いちみね りゅうだ。私に用があって、更衣室に入ってきたらしい。

 

「部隊の配置の件なんで……す、けど……」


 彼は葵を見つめて、言葉を中断した。ああ、分かりやすい奴だ。

 

「おい、一峰」

「あ、はい。すいません。彼女が新郎の妹さんですか。可愛い方ですね」

「あのねえ。今は仕事中でしょ、あんたは」

「あ、はい。そうですね」


 私は一峰を連れて、更衣室を出た。





 その昔。結婚は人生の墓場なんて言葉があった。古代から長らく続いた人間の恋愛システムは、不透明で、曖昧で、欠陥があった。


 問題点はあまりにも膨大で、列挙するのも馬鹿らしい。


 しかしある日。一人の天才女子高生が開発した自動結婚システム、通称 ”アイ” によって、全ての問題が解決した。


 アイのシステムはこうだ。結婚可能となる年齢を過ぎると、それぞれのタイミングで ”アイのお告げ” が下る。アイのお告げとはすなわち、婚約者が決定されるということだ。決定は絶対であり、拒否することはできない。

 

 アイは婚約者の決定の他、異性との接触阻害を行う。それはつまり、婚約者以外との接触は一切、禁じられているということだ。


 あまりに横暴だが、婚約者はAIによってお互いが存分に満足出来る相手がマッチングされる。誰もが理想的な結婚を果たせるのだ。


 このシステムを導入してから2年も経たず、国民の幸福度は数倍に上昇し、自殺者は激減。その上全ての国民が結婚する為、少子化も解消された。少子化が解消されたら経済も回復する。すると国全体の技術力も跳ね上がった。


 婚約者以外に触れることが出来ないシステムも、暴漢や暴行事件の予防になった。


 そんな成果によって、アイに対する反発は無くなった。しかしその裏で、アイの被害者となった者達もいる。


「新郎、入場」


 穏やかなBGMと共に、教会の厳かなドアが開いた。そして、アイの被害者の一人が入場した。


 椎名仁だ。白のタキシードに身を包んだ彼は、丁寧な足取りで身廊を進み、祭壇へ向かう。やがて所定の位置に着いた。


「新婦、入場」


 そしていよいよ、新婦が登場する。教会の扉は再度開かれ、ウェディングドレスを身に纏った新婦が現れる。


 新婦は母親らしき人物と共に身廊をゆっくり進んでいく。ベールで表情は分からない。


「瑛里華様……」


 私は新婦の名を呟いた。瑛里華様は私の上司にあたる人物だった。彼女こそ、アイを開発した天才女子高生。結婚可能な年齢を過ぎている彼女も、例外なくアイによって結婚相手が決定された。


 アイが瑛里華様の結婚相手として選んだのは、仁だった。


 椎名仁。親戚の私からしてみれば、可愛い弟でしかなかった彼。まさか彼の結婚相手が、アイの開発者だとは思いもしなかった。


「新郎、あなたはここにいる新婦を、健やかなるときも病めるときも、妻として愛し、敬い、いつくしむことを誓いますか?」


 つつがなく挙式は進行していき、ついに誓いの言葉に差し掛かった。


 神父の問い掛けの後、沈黙が続いた。その間、教会内は静寂と緊張に包まれる。


 もしかして拒否するのではないか。


 私はそんな考えが脳裏を過った。仁が愛しているのは、妹の葵だけだ。彼は表面上納得したような態度を取っていた。けれど心の底では、不満で一杯なことは明らかだった。


「はい。誓います」


 仁の言葉が響いて、私はようやくホッとした。


 やがて瑛里華様も同様の受け答えをした。この瞬間、アイによる接触の阻害はなくなった。仁と瑛里華様は、お互いがお互いに触れられるようになったのだ。

 

 その後指輪を交換し、仁が瑛里華様のベールを上げる。瑛里華様の顔の全貌が露わになった。


 長い髪。各パーツが整った顔。目は細く、左目元には黒子があった。


 メディアで散々露出された顔。その顔が、目を瞑って、顔を向けて、キスを待ち受ける。


 キス顔を、全国に放映されるのはどんな気分だろう。


「発光セヨ、発光セヨ」


 仁が呟いた。前の席にいた私に、ようやく聞き取れるような声量だった。


 何故ここで、蛍の決め台詞を呟いたのだろう。まさかこんな重大な場面で呟くほど、蛍が好きなのだろうか。


 仁は顔を近づける。キスをするのだ。妹を愛していながら、好きでもない相手に、誓いのキスを。


 なんて胸糞だ。アイなんて、無くなってしまえば良いのに。


「これぞ真愛マナの閃きナリ」


 仁の唇が重なる寸前。彼はそう呟いて、なんと銃を取り出した。



「動くなぁっ!」



 式場をつんざく、仁の叫び。


 その瞬間、全てがスローとなった。


 仁は無防備な瑛里華様を羽交い締めにし、懐から取り出した銃を突きつけた。一方で、教会に潜んでいた護衛の二人が、一瞬で間合いを詰め、仁の喉元に刀を突きつけていた。


「っとぉ。人質かあ。ずるいなあ」


 そんな軽口を叩いたのは、宍戸ししど あかね


「椎名仁。瑛里華様を離せ」


 一方、堅い口調で言ったのが司波しば のぞみ


 この二人は瑛里華様の部下であり、私の同僚だ。茜と望、そして私は瑛里華様が率いる特殊部隊『アイズ』の中隊長を務めていた。中隊長である私たち三人は、AIによって最適化された訓練を受けており、人並み外れた身体能力を持っている。だからこそ二人は、仁が行動するとほぼ同時に、ここまで間合いを詰めることが出来たのである。


「寸前で刃を止めたのは良い判断だ。俺の心臓が止まった瞬間、この身は爆発するところだったからな」


 仁はそう言って、ポケットから小型の爆弾を取り出した。それには長い線が延びていて、恐らくは仁の心臓付近に繋がっているのだろう。これが爆発していれば、瑛里華様の命も危なかった、という訳だ。


「そんなことよりだ。おい、神父」


 仁は尻餅をついている神父に呼びかけた。


「先ほどの誓いの言葉。あれは訂正させてもらう」


 そして仁は、私たちに向き直った。


「聞け、皆の者! 俺はここに誓う!」


 そして声を張り上げた。



「俺のイチモツで、妹の処女膜をぶち抜くことを、誓う!」



 その発言に、私は絶句した。私だけじゃない。会場内にいる誰もが絶句したことだろう。


「ぷっ……あははははははっ!」


 しかし一人だけ違った。瑛里華様だ。彼女はその凛々しい声を煌びやかに響かせ、澄まし顔を存分に歪ませて、高らかに笑うのだった。


「こんな大それたことをして、何を言い出すかと思えば」


 笑いを堪えるのに苦戦しているようで、彼女は腹を抑えながら言う。


「AIが判断した、私に相応わしい相手。一体どんな方なのだろうと思っていたのですが。なるほど。とても愉快な方なのですね」


 仁に銃口を突きつけられながらも、平然としているどころか、爆笑している彼女。瑛里華様を良く知る私は、それがとても彼女らしく思えて、呆れた。


 やがて、何故か会場に巨大なスクリーンが下りてきた。そのスクリーンに、某ニュース番組の映像が映し出される。


『続きまして……おっと、ここで蛍ちゃんから緊急のお知らせがあるようです』


 ニュースキャスターが言って、そして画面が切り変わる。それは先程観た占い蛍のコーナーと同じセットの映像だった。


『はいみんなぁー! 蛍ちゃんでーすっ!』


 占いコーナと同様のテンションで、蛍が現れた。


『今日はみんなに、言いたいことがあるんだー! ちょっとだけ、聞いてね』


 式場の皆が、固唾を呑んで蛍を見つめていた。こんなに緊張感を持って彼女を見つめているのなんて、私達くらいだろう。それも仕方がない。なにせこのタイミングで流している映像だ。何かあるに違いないのだ。


『みんなは、アイをどう思いますか?』

『勝手に結婚相手を決められるって、胸糞悪いですよね』

『自分が好きになった相手と結婚出来ないって、最低ですよね』

『アイって糞ですよね』

『だから蛍、ぶち壊してやろうと思います』


 あくまで番組の声色を維持しながら蛍は言う。


『ついさっき。私たちの副リーダーが、アイの開発者を人質に取りました』


 そして、蛍の顔の横に映像が映し出された。その映像は、この式場だ。瑛里華様を人質に取った仁。その仁に刀を向けている中隊長二人。そして、一歩も動けずにいる私たち。それら全部が映像に映し出されていた。


『我々 “エメラルドファイア” は、アイ反対組織です。我々は今日より、このシステムをぶち壊します』


 それは、エメラルドファイアと名乗るレジスタンスによる、宣戦布告だった。


『以上。アイの所為で、愛する人が殺された、蛍でしたぁ』


 喉にウーファーでも仕込んでいるのかと思うほど、ドスの効いた声だった。明らかに男の声だ。


 蛍は、男だった……?


『エメラルドファイアの諸君! 起立! 真愛マナの祝詞、斉唱!』


 その声によって、式場にて着席していた何人かが立ち上がった。そして蛍の声に重ねるように、立った人たちが声に出した。


――発光セヨ。

――発光セヨ。

――これぞ真愛マナの閃きナリ。


 蛍と、仁、そして起立した数名の声が重なった。

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