その20 君がいない

奏音にスカートをはかせることに失敗した翌日。

昼休みの中庭に奏音とハーレムの姿はなかった。

放課後、通信技術愛好会の部室には麗の姿もなかった。

吠場が一人で大きな体を丸めてPCに向かっていたけど、その背中は心なしかいつもより小さく見えた。


「あ、栄介クン」

「吠場……麗は――」

「大丈夫、学校には来てたよ。会話はしてないけどね」

「そうか……」


気まずい沈黙が部室内を支配しそうになった直後「お前たちィ!」という声とともに、扉が勢いよく開かれた。

乙華先生だった。


「どうした。血気盛んな男子高校生が揃いも揃ってお通夜みたいな空気を出して。菫屋のスカートを脱がすんだろう? 間違えた、菫屋にスカートをはかせるんだろう?」


さすがに昨日の今日でこのノリはキツい。


「なにしに来たんですか……」

「それはあんまりな言い草だな。私は通信技術愛好会の顧問だぞ。可愛い部員にた対して“かわいがり”をおこなうのは当然の権利だと思うぞ」

「そんなことばっかり言ってると飛ばされますよ?」

「大丈夫だ。こんなことはこんな場所でしか言わないからな」


“アウェー”だとおっかない生徒指導の先生なのに“ホーム”だとただの変態教師だもんなあ。


「まあ、昨日は残念だったな……」


乙華先生もOFLオペレーションフォーエバー・ラヴのことは知っていた。

先生があの場をうまく収めてくれなかったら、もっと大事になっていたかもしれない。


「僕らは別になんともないんですけどね。本当に残念なのは……」


奏音だ。

それに、状況を都合のいいようにしか解釈していない、暮内の思い通りに事が運んでいるのが悔しかった。


「悔しいね……」


僕の心の声を口に出してくれたのは吠場だった。


「おいおい、お前たちがそんなんでどうする。そんなキャラでもないだろう」


この先生にキャラのことについてとやかく言われたくはない。


「麗もいないし、菫屋サン本人にも『大丈夫だから』って言われちゃったからね。ボクらだけでどうしたらいいのか……」

「イイ男が情けない……まあでも、この問題は女の方が共感できるかもしれんな」


乙華先生の言っている意味がわからなかった。


「どういうことです?」

「北坂高校はな、制服目当てで入ってくる女の子がけっこういるんだ。私もそうだったからな」

「ええええええっ!?」


僕と吠場が驚きのあまり椅子から転げ落ちた。

吠場に至ってはゴロゴロと転がって棚にぶつかったあげく、落ちてきた本が頭に直撃していた。


「おい、そんな新喜劇みたいなリアクションをとらなくてもいいだろう、失礼な……ま、こういう辱めも悪くないがな……」


この人に教員免許与えたのは誰だ。


「遠藤はもうなにか考えてるみたいだぞ?」

「麗が? 吠場、なにか聞いてるか?」

「いや、なにも。ただ、なにか考え事してる風ではあったけど。昨日のことで落ち込んでるのかとも思ったけど……」

「ははっ、遠藤が一度や二度の失敗で落ち込むような奴だったら、私も楽なんだがな」


麗が、なにか考えている?


「でも、昨日の作戦のときもそうだったけど、麗はどうしてそんなに急ぐんだろう?」

「ふふっ、それこそ男子にはわからん問題かもな。ウチの制服が可愛いのは冬服……んあっ!? 私としたことが、スマホが振動したせいで、驚いて声が出てしまった」


今のは絶対に驚いた声じゃないだろう。

それにしても、冬服がなんだって?


「おっと、そろそろ時間だな」


乙華先生は生徒の前で堂々とスマホをいじって通知を確認しているが、もうこの程度では驚きもしない。


「お前たちも、あんなハゲブリーフにやられっぱなしで悔しいだろう?」


ハゲブリーフ? 暮内のことか。

生徒をハゲブリーフ呼ばわりする教師なんて、教育委員会にでも告発すれば懲戒モノだろうけど、乙華先生が暮内に対して言うなら痛快の一言だ。

この際、なんで先生が暮内はブリーフ派だということを知っているかは気にしないことにした。

あと、ボウズであってハゲではない。


「菫屋と暮内は幼なじみなんだっけ? まあ、暮内が勝手に先走って青春してしまう気持ちもわからんでもない。ただ、菫屋に対して『俺の幼なじみで女のお前はマネージャーをやって当然』みたいな態度は気に入らん。女をナメてる。ああ、ナメてると言ってもペロペ――」

「でも、奏音は――」

「『大丈夫』って言ってたな。東出の目には“大丈夫”に見えたのか?」


大丈夫なわけがない。

口に出す前に、乙華先生には伝わったようだった。


「そう思うなら、助けてやらないとな。本人の意思とは関係なく、多少強引にでも。知ってるか? 女は多少強引にされるのも好きなんだぞ?」


あんたの性癖は聞いてない……と思ったけど、そこまで的外れなことを言っているわけでもないので、なにも言わないことにした。


乙華先生は「さーて、仕事仕事」と言いながら部室から出ていった。

強引にでも助けてやれ、か。


「ねえ栄介クン。乙華先生ってさ……」

「うん」

「どんな手口を使って教師になったんだろう」


吠場よ。

それは僕も非常に気になるところだけど、今はそうじゃないだろう。


さて。

強引に助けろと言われても、どうしたものかと思っていると、スピーカーから放送が流れてきた。


「二年一組、菫屋奏音さん、ハゲブ……暮内優くん。至急、家庭科準備室まで来なさい。繰り返します――」


僕と吠場は、無意識に天井のスピーカーを見上げていた。


「栄介クン、この声って……」

「乙華先生だな」


正直、声色だけで気づけたかは自信がなかったが、校内放送なのに暮内を「ハゲブリーフ」と言い間違えそうになるあたり、乙華先生で間違いないだろう。


先生がなにを考えているかはわからない。

とにかく、僕と吠場は部室を飛び出した。

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