その13 美女と尾行と大魔王

その日、マズいことが起きていた。

放課後、いつものように奏音が“謎の美女”として校内を練り歩く。

そこまではよかった。

奏音が家庭科準備室に戻る道を、ある生徒が尾行してきた。


こちらもそんな事態は想定していたので、奏音にはスラックスの制服一式が入ったカバンを持たせていた。

何かあった場合、尾行を撒いて更衣室やトイレに逃げ込んで着替えてしまえばいい。


だが、奏音を尾行してきたのが暮内くんだったから始末が悪い。

距離をとりながらも自然に、かなりしつこく追いかけてきたが、なんとか奏音は人気ひとけのない区画のトイレに逃げ込むことができた。

あとは周囲に人がいないか確認して、僕がスマホでメッセージを飛ばせば、スラックス姿の奏音がトイレから出てくる手はずになっていた。


だが、暮内くんは“謎の美女”を見失った区画を、階段を上ったり降りたりして、なかなか諦めてくれない。

もうとっくに部活が始まっているだろうに、だ。


場所は家庭科準備室がある棟とは別の棟の二階で、僕は窓の外を眺めながら、周囲から人がいなくなるのを待っていた。

暮内くんは階段を何往復かして、ようやく僕の存在に気がついたらしく、僕のところへ歩み寄ってきた。


以前、奏音を助けたときの件があるから、僕のことはかなり警戒しているようで、ゆっくりとした足取りで近づいてきた。


「……おい」


僕は内心「うわ、やっべ……どうしよう……」と思っていたけれど、“大魔王キャラ”で乗り切ることにした。

僕は過去にプレイしたRPGや、マンガや映画の悪役の所作を総合し、「動きや言葉数が少ない方が強く見える法則」を見出した。


わーわーうるさいチンピラは弱く見えるが、椅子に座って何も語らず、膝の上の猫を撫でている奴の方がどう考えても強そうに見える(よね?)。

中学時代にいじめられなかったのも、そういう「得体のしれない恐怖」があったからかもしれない。


僕は外を眺めたまま、さて暮内くんに何と返したらいいものかと考えていたら、いい感じに無視する形になった。

「貴様のことなど気に留めていない」という強者感が出せたかもしれない。


「君に話しかけているんだ……」

「…………は?」


あくまで気だるそうに。

言葉数は少なく。


「君は奏音とどういう関係なんだ?」

「……誰? お前」


質問には答えない。

そのうえ、質問に質問で返すという無礼っぷり。

さすがに暮内くんは自分でも学校の有名人だという自覚はあるだろうから、僕の発言にプライドが傷ついたらしく、奥歯を噛み締めて拳を握った。

さすがに申し訳なくなってきたが、奏音の安全を確保するために、ここは引き下がるわけにはいかない。


“謎の美女”が奏音だということを暮内くんに言ってしまえば全て片付くかもしれないが、そのタイミングは奏音の決断に任せたい。


まだ暮内くんに睨まれたままだが、僕は気にしない風を装い、また外を向いた。

本当は次に何を喋ろうかめっちゃ考えていた。

奏音のとの関係について余計なことを言おうものならすかさずツッコミが入りそうな気がしたからだ。

かと言って、このまま黙っているのも……そう思ったとき、外から野球部の部活中の掛け声が聞こえてきた。


「奏音に何かしてみろ、俺が許さないからな……」


さすがに部活に戻らなければならないと思ったのだろう。

暮内くんはそう言い残すと去って行った。


ごめん暮内くん。

僕はもう奏音の着替えを二回も見たうえに壁ドンして泣き顔も見てしまったし、頭も撫でた。

これは絶対に許してもらえないやつだ。


そんなことを考えながらも、暮内くんが去ったことにほっと胸を撫で下ろし、奏音に連絡することにした。

スマホを取り出そうとすると、既にスラックスに着替えた奏音が女子トイレから顔をのぞかせていた。


「ごめんね……まさか優くんが尾行してくるなんて……」

「仕方ないよ。これは僕も想定外だった。しばらくの間、校内を歩き回るのはやめた方がいいかもしれないね」

「そ、そうだね……」

「じゃあ今日はこれで解散にしようか」

「あ……う、うん。またね」


下校中、暮内くんのことを考えていた。

さっき暮内くんは、僕を見つけるとすぐに奏音との関係について聞いてきた。

そのとき暮内くんが探していたのは“謎の美女”だったはずなのに。


もちろん、先日の昼休みに僕が奏音を連れ出した件があったので、たまたま僕を見つけたから、ついでに奏音との関係を聞いただけかもしれない。

けど、本当にそうだろうか。


暮内くんは“謎の美女”が奏音であることに気づいているのではないだろうか?

確信はないながらも、そう疑って謎の美女を尾行していた可能性は高い。


しかも、奏音は謎の美女の姿で暮内くんに壁ドンしている。

あの距離まで近づけば何か気づいたとしてもおかしくはない。

そう、二人は幼馴染なのだ。


「一緒に風呂とか入ったのかなあ……」


入ったんだろうなあ……。


暮内くんは僕が知らない奏音をたくさん見てきたんだろう。

放っておくと何しでかすかわからない奏音と、小学生からずっと一緒だったのだ。

その時間という絶対に破ることができない壁に守られた、暮内くんと奏音との思い出が、素直に羨ましいと思った。


でも、それって暮内くんも同じじゃないだろうか?


自分の知らないところで、奏音が誰かと何かしている。

その相手が、評判の悪い相手だとしたら心配にもなるはずだ。


暮内くんは奏音をどう思っているのか。

それは、さっきの暮内くんの発言からある程度察することはできる。

もちろん答えは本人の中にしかないだろうけど、少なくとも大切に思っているのは間違いない。


対して、奏音はどうだろう。

奏音は暮内くんの絡み方に対しては拒否反応を示していた。

けれど、それは“女扱いされない”ことに対してだ。

そして今、奏音はスカートをはいて女であろうとしている。

そこに、奏音を一人の女性として想う人がいるのであれば――。

ある程度筋書きは決まってくる。


校舎を出て、自転車置き場に着いたときに視線を感じた。

暮内くんかと思って周囲を見回したけど、それらしい姿は見当たらない。

普通に考えれば、彼はあのあと部活に行ったはずだ。

学校の敷地外に出るまで周囲を注意深く観察したけど、結局誰から見られているのかはわからなかった。

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