その7 余計なこと 大魔王、異世界の姫をさらう
麗に「奏音とは関わらない方がいい」と言われた翌日も、昼休みは図書室に居た。
今日も中庭では菫屋ハーレムが談笑している。
違うのは、そこに暮内くんが居るせいで、女子たちの黄色い声が昨日よりも二割増しになっていることだ。
こうして眺めていると、同じ高校生活でも奏音と僕は全く違う世界の住人だということがよくわかる。
奏音が居る中庭と僕が居る図書室は、直線距離にすれば数十メートルしかないけれど、あちら側は異世界だ。
僕が向こうに行くには、トラックに轢かれて転生するくらいの覚悟が必要だろう。
まだ予鈴は鳴っていないけど午後一の授業は体育なので、少し早く図書室を出ることにした。
出る前に中庭をちらりと確認すると、奏音と暮内くんがじゃれ合っていた。
暮内くんは奏音を本当に男と思っているんじゃないかと思うくらい、スキンシップが過剰だ。
他の女子にあんな絡み方をしているのは少なくとも僕は見たことがないので、おそらく奏音にたいしてだけなのだろう。
いいなあ…………じゃないや。ちょ、ちょっとけしからんのではないですか!?
なんて思ったとき、奏音と目が合った……気がした。
僕を見つけて、なにかを訴えているような。
そのまま図書室を出たけれど、昨日見た、ちょっと無理してそうな奏音の顔がどうしても頭から離れなかった。
僕は奏音の表情を確認すべく、普段は使わない中庭のそばを通る渡り廊下に向かった。
中庭には無関心なふりをして、横目で確認してみる。
いつものように暮内くんが奏音の首に腕を引っ掛けていて、僕の存在に気づいたらしい奏音と肩越しに目が合った。
少なくとも、僕の目には奏音が助けを求めているように見えた。
渡り廊下で、足を止めた。
けれど、どうすればいいかわからなかった。
奏音が助けを求めている?
本当にそうだろうか?
また、“余計なこと”なんじゃないか?
麗も関わるなと言っていた。
けれど。
僕の勘違いだったとして。
傷つくのは僕だけだ。
それに傷ならもう右目に深々とついている。
奏音の事情を知っている僕が動かないでどうする。
行こう。
奏音を助けよう。
でも、どうやって?
「やめろよ! 嫌がってるじゃないか!」
……いやいや、柄じゃない。
それに、あちら側は僕にとって異世界だ。
そもそも向こうからしたら、僕の方が無条件で悪人なのだ。
異世界と……悪人。
そうだ。僕は周囲からなんて呼ばれていた?
「やるしか、ないか……」
◆
「おい、ちょっとツラ貸せよ」
不良の教科書があるとしたら、このセリフはきっと古典のカテゴリになるだろう。
そんなセリフしか思い浮かばなかったんだよ!
仕方ないじゃないか!
中庭で談笑していた、奏音と暮内くんの背後から声をかけると、場が凍りついた。
先に僕を見つけた菫屋ハーレムの面々は「ひぃ!」と声を出していた。
一度トイレに駆け込んで髪を濡らし、オールバックにして右目の傷を全開にしているので、こうかはばつぐんだ!
「な、なんだよ……」
暮内くんが僕の前に立ちはだかる。
おそらく180センチには届いていないだろう。身長は僕の方がデカい。
ただ、体重は間違いなく暮内くんの方が上だろう。
制服の上からでも野球部で鍛えられた筋肉がわかる。
取っ組み合いになったら絶対に勝てない。
だから僕は唯一勝っている身長を最大限に活かし、暮内くんを目一杯見下ろす。
「お、俺になにか用――」
「お前じゃねぇよ……」
今まで出したことがないくらい、精一杯ドスのきいた低い声を出す。
ちょっと自分でもびっくりするくらい怖い声に、暮内くんが身構えた。
「おい菫屋、ちょっと来いよ」
そこで始めて奏音に目を向けると、驚いているのか目を丸くしていた。
別に助けを求めてなかったのか!? と不安になったが、どちらにしてもこのまま奏音を連れ去るつもりだったので、少しだけ乱暴にネクタイを引っ張った。
引かれて立ち上がった奏音は……うっとりしていた。
おい! こんなところで乙女になるな!
という、僕の心の叫びが聞こえたのか、奏音は「はっ!」と正気を取り戻した。
「な、なんだよこらぁ、見晴らしのぉ。やんのかぁ」
どうやら気がついてくれたらしい。
「タダじゃおかねぇんだからなぁ、もぅ。覚悟しとけよぉ」
おい! ちょっと嬉しそうにすんな!
男前な部分が崩壊してオネエになってんぞ!
「皆は先に行っててくれ。大丈夫、オレのことは心配いらねえから!」
僕の威圧が効いたのか、菫屋ハーレムの子も、暮内くんも追いかけてこない。
「行くぜぇ! 見晴らしのぉ!」
おい、ウキウキすんな。
スキップをやめろ。
こうして、僕と言う名の大魔王は、奏音と言う名の王子様みたいなお姫様を異世界からさらうことに成功したのだった。
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