橙色の妄想

狗条

プロローグ

「フォトグラフの語源はギリシア語の「光 photo」と「描く graph」という意味で、日本語では「光画」とも訳されます。そしてもう一つ、日本語の「写真」という言葉は、中国語の「真を写したもの」から来ていると言われています。まぁ、この「写真は真を写す」って言ってるのは日本人だけみたいですけどね」


「ですが…実際、写真にはその人の心が写ります。その人とは被写体と撮影者どちらのことも言えますね。例えば…私の場合はカメラマンが優しい穏やかな気持ちでお客様に向かえばその写真は優しい写真になります。逆に、忙しくイライラとした気持ちでお客様に向かえばその写真は残念な写真になってしまいます。もちろん、お客様の気持ちもばっちり写真に写ってしまいます」


「私は「写真には真が写る」というこの言葉は、あながち間違いではないと思っている数少ないカメラマンです」


 俺のバイト先の社長代理が特別講義でそう言った。


 一番後ろの席の人は、今目の前で話しているこの人が見えているのだろうか。と心配になる程に小さい社長代理は、張り切って作っていた自作のスライドをスクリーンに映し何十人といる学生の前で自身の作品の説明を開始した。


「この写真は最近のものです。30代の旦那様と20代の奥様の御夫婦で奥様の強い希望により、うちのスタジオでウェディングフォトの撮影をさせていただきました」


 スクリーンには撮影前のメイクをしてる男性の写真が映し出されていた。手前にはメイク担当であろう女性と白いタキシードに身を包んだ男性の後ろ姿があり、奥には鏡に映った男性の表情と女性の首から下あたりが写っていた。男性は顔を真っ赤にし、鏡を見つめる瞳を限界まで見開き、首が埋もれるほどに肩を上げている。そんな男性の肩を下げようとメイク担当の女性は男性の肩に手を添えている。

 そんな、何気ないメイク中の一部始終を切り取った写真だったが、部屋の中からはクスクスと笑い声が聞こえた。


「見ているこっちは面白いと思いませんか?」


 確かに、ここまで緊張を露わにしている写真は見ていて面白い。


「これは、私が面白いと思いシャッターを切ったから面白い写真になっています。もし、私もこの時の男性のように緊張してシャッターを切っていたら面白い。とは思っていただけなかったと思います」


 写真からはこの時のメイク担当の女性の表情を伺うことはできないが、もし仮に女性が困ったような表情をしていた場合でも部屋の中からは笑い声が聞こえたと思う。

 社長代理はパソコンを操作し、次の写真を表示させた。

 先ほどの男性とウェディングドレスに身を包んだ華やかな女性のツーショットだった。俺の近くに座っていた女子学生2人が小さな声で「キレイ…」と呟くのが聞こえた。確かに綺麗な写真だが、俺はどことなく違和感を覚えた。

 それは、先ほどの緊張していた男性の表情からか。はたまた、ウェディングドレスに身を包んだ女性の方からなのかは分からない。


「写真は真を写す」


 社長代理の影響なのか、俺もその言葉は間違いではないと最近…ほんの少し思っている。

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