「新幹線にて」



 コンビニから帰ってきた春日部遥に、軽くレベルアップの件を説明して、お茶会をスタートさせた。ウチの部は、山口さんが柔らかいキャラクターをしているので、たまに、こうしてフランクなお茶会や飲み会が、突発的に行われる。部内全員が仲が良いとは言わないが、上司と部下の垣根が低く、風通しが良いのがウチの部門の強みだ。


「春日部さん、レベルアップの件なんだけど……」

「課長、もし良ければ、明日、新幹線の中で話しませんか?」

「私は構わないけど、春日部さんは動揺とかしてないの?」

「してますよ。課長がレベル5になって、本当に紹介の件が出てくるのか、とても不安です」

 春日部遥は微笑みながら、続けた。


「でも、元々、望みがなかった筈の話です。もしも、レベル5になって、別の能力が発動しても、課長を恨んだりなんかしません。そもそも、課長の所為せいではありませんし」

「そう……ごめんなさい」

「謝らないで下さい。それより、この新作のお菓子、凄く美味しいんですよ!」

 春日部遥は、新作のイチゴ味のチョコレート菓子をモグモグと食べ始めた。


 空元気からげんきね。でも、そう言う所が、貴方の長所だわ。





「羽生さん、お疲れ様!」

 山口さんが、私達2人の元にやって来た。


「山口さん、お疲れ様です。お茶会の許可、ありがとうございました」

「いや、こう言う会は大事だよ。ところで、このお菓子の代金は誰が出したの?」

「え〜と……」

「羽生さん。こう言うのは経費で良いんだよ。後で申請書上げといてね」

「分かりました。すいません、ありがとうございます」

「最近、羽生さんのチームはどんな感じ?営業成績は前年度より上がってるけど、益率が下がってきてるよね」

「そうなんですよ。そこが悩んでる所で……」

 山口さんは、部下1人1人に話し掛けて、色々と相談に乗っている様だった。


「あ痛たた」

 話の途中で、山口さんは、腰の辺りを抑えて、前傾姿勢になった。


「腰、悪いんですか?」

「この間、娘の運動会だったんだよ。僕は若くないのに、障害競走に出る事になってさ。若いお父さん達には敵わないね」

「娘さん、お幾つでしたっけ?」

「8歳になるよ。最近、勉強そっちのけで、買ってあげたスマホでYouTubeばかり見てる」

「デスクに飾ってある家族写真、とても素敵です。奥様とは、何処で出逢われたんですか?」

「あ〜。ちょっと言いづらいんだけど、出会い系サイトだよ」

「え!?意外です!」

「当時、マイナーだったバンドのファンでね。お互い、趣味の合う友人を探してて、そこで知り合ったんだ」

 山口さんの意外な一面を知れた。山口さんは、私から春日部遥へと視線を移動させた。


「春日部さん、最近、クライアントからの評判が良いよ。明るくて、こっちまで元気になるってさ」

「本当ですか?嬉しいなあ!ありがとうございます!」

「それは、天性の物だね。春日部さんみたいに明るい女性が、ウチの部に居てくれると助かるよ」

 褒め上手。こんな人に、部下が付いていかない訳がない。





 午後になって、春日部遥に新幹線のチケットを一緒に購入しようと持ち掛けた。春日部遥は快諾して、私が課長の分も買っておきますよ、と言ってくれたので、甘える事にした。いよいよ、明日は大阪へ向かう。実は、旅行は、あまり好きではない。家で、ゆっくり風呂に浸かって、ビールを飲む方が好きだ。でも、今回は少しワクワクしている。




 次の日の早朝、少し小さめのスーツケースを転がしながら、タクシーを捕まえて、駅に向かった。改札の前で、春日部遥を待っていると、スマホが鳴った。


「課長!今、何処ですか?」

「改札の前よ」

「えーと、何処かなあ?あ、居た居た!」

 背後から、はしゃいだ声がして、春日部遥がやって来た。


「はい、課長。これ、チケットです」

 春日部遥は、財布の中から、新幹線のチケットを取り出して、私に差し出した。


「ありがとう。約束通り、駅弁奢るわね」

「やったー!」

 私達は改札を抜けて、駅構内のお弁当屋さんに入った。


「あー、どうしようかな……」

 春日部遥は、深刻そうな表情で、呟く様に言った。


「どうしたの?」

「有名な焼肉屋さんのお弁当にするか、ご当地グルメの焼売弁当にするか……これは、会議案件ですね」

「私とシェアする?」

「良いんですか?」

「その代わり、ちゃんと私の分、残しておいてね」

 お弁当を2つ買って、新幹線に乗り込んだ。グリーン車。少し、贅沢をした。


「課長、お菓子食べます?」

 席に着くなり、春日部遥は、鞄から小袋の焼き菓子を取り出して、私に言った。


「春日部さん……まだ新幹線、動いてないわよ?もう食べるの?」

 この子、本当に食べることが生き甲斐なんだわ。




 雑談などで時間を潰した。そして、レベルアップの件について、話す事にした。


「ちなみに、この能力はレベル幾つで発動する物なの?」

「確か、レベル12だったと思います。それも、1週間に1回と言う縛りがありました」

「なんで私だけ、2人とは違う経路パスで進んでいるのかしら?」

「不思議ですね。でも、元々、このアプリ自体が不思議な存在です。何があっても驚きませんよ」

「それもそうね」

「レベルアップのペースも良い感じですね」

「香坂さんに聞いたの。1日最低、10通はメッセージのやり取りをして、通話は欠かさずにする事。ちょっと理由があって、最近は通話してないけど。しかし、香坂さんは、マメな人ね。」

「始めは騙されてるんじゃないか?って、慎重に行動してたみたいですけどね。途中でコツを掴んで、レベルアップのペースを上げたんでしょうね」

 春日部遥のスマホと同時に、私のスマホが鳴った。香坂潤からのメッセージだった。


「遥さん、羽生さん、何時くらいに新大阪に着きますか?そろそろ、僕も準備します」

「予定では10:05です。ホテルで待ち合わせでも構いませんよ」

「いえいえ、早く会いたいですし、アメリアを紹介したいので、迎えに行かせてください。車で行きますわ」


 アメリア・オルゼ……異世界人。遂に、『アルトリア』の人間に会うことが出来る。時刻は9:00になった所。春日部遥がお弁当を広げるのを見ながら、私は少しの緊張感と、期待感で胸をいっぱいにした。









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