「喧嘩」



 ラステリユとの合同軍事演習が迫っていた。俺は、着々と準備を進め、明後日には国を出ると言う日の夜、ティーファから『思念通話』が掛かってきた。


「こんばんは、ハロルド様。今、宜しいでしょうか?」

「こんばんは、ティーファ。大丈夫ですよ。そういえば、さっき、美咲から、面白い技術の話がありました。なんでも、火を使わずに、料理を温める事が出来る技術なんだとか。メッセージを転送しますね」

「それは素晴らしい。ありがとうございます。後で拝見させて頂きます。それで……」

 ティーファ・オルゼは、言いにくそうに続けた。


「アメリアの事なんですが……」


 アメリア・オルゼ。美咲の話にると、アルトリアから日本ニホンへと永久移住した、ティーファの血族の1人。向こうで、香坂潤コウサカジュンと言う若い男と、結婚するつもりだった様だが、ホームシックに掛かって、アルトリアに戻りたいと言い出した様だ。


 俺からすると、情けない話だと思う。国や家族を捨ててまで、好きな相手と結ばれるべきだ、とは思わない。問題なのは『一度決めた事をやり遂げない』と言う所にある。多分、俺は、アメリアと言う女性とは、反りが合わないと思った。俺と美咲が、この先、どうなっていくのかは分からない。けれど、2人で真剣になって決めたなら、俺は、それを貫き通そうと心に決めた。


「アメリアさんが、どうかしましたか?」

「こちらへ帰還する方法を探しているのでしたよね?1つ、試して欲しい事がありまして」

「と、言うと?」

「この『出会いを与える魔法術式』の特徴の1つとして、『意中の相手と結ばれると、勝手に消去される』と、あります。しかも、これは確かな情報の様で、何人かの、術式で結ばれたカップルにインタビューした所、実際に術式は消去される様です」

「そうなんですね」

「何か違和感を感じませんか?」

「違和感……ですか?」

 ティーファは、声のトーンを落として続けた。




「2人の『出会いを与える術式』は消えてないんですよ」




 確かに、美咲から聞いた話では、まだ術式は消えてない。2人は本当の意味で、結ばれていないと言う事なのだろうか?


「更に、術式でマッチングを解消すると、他の人と出会える様になる、とありますよね」

「はい」

「これは少し強引な方法なのですが……」

 ティーファは、咳払いをして、少し言いにくそうに続けた。


「お互いにマッチングを解消して貰って、アメリアには新しい相手を検索してもらう。そう、アルトリアの人間を。時間は掛かりますが、マッチング相手にアルトリアに召喚して貰えば、アメリアはアルトリアに帰る事が出来るのではないかと」

「なるほど……それが1番確実で現実的な手法ですね」

「ただ、2人の仲を完全に割いてしまうので、心苦しいです」

「このままだと、2人には不幸しか訪れないでしょう。ティーファの案が、2人の将来を照らしてくれると思います。後で、美咲に提案してみます」

 俺はティーファに、おやすみなさい、と告げて、『思念通話』の術式を止めた。





 数分後、美咲から仕事が終わったと、連絡が入った。俺はウキウキして、メッセージを返した。


「帰宅して、一息ついたら、通話しませんか?」

「そうね。ハロルドは、今は自宅なの?」

「はい!明後日から、隣国と合同軍事演習があって、その準備をしていました。手は空いてます」

「そう……1時間後くらいに掛けても大丈夫?」

「お待ちしております」


 俺は準備の最終チェックを行った。




 1時間後、美咲から通話が来た。


「美咲さん、こんばんは!」

「こんばんは、ハロルド。合同軍事演習に行くのね。少し心配だわ」

「ラステリユと言う国名の隣国と共に、魔石の採掘場近くに生息してるモンスターの討伐です。戦争をする訳ではないですし、モンスターのレベルも低いので、心配要りませんよ」

「でも、怪我をするかも知れないじゃない?」

「そうですね……確かに。じゃあ、思いっきり心配してください。私は、絶対に無傷で帰ってきます!」

「何よ、それ」

「この間のお返しですよ」

 根に持ってる訳ではないが、連絡が取れなかった時間、結構落ち込んだしな。



「あと、もしも美咲さんとの関係がバレると問題なので、通話は控えさせて貰います。メッセージは、頻繁に送らせて貰いますね」

「ありがとう。楽しみにしてるわ」


 最近、美咲との通話が、とても楽しい。段々と、距離が近づいているのが分かる。他愛のない雑談が、何よりも心地良かった。


「ねえ、ハロルド」

「なんですか?美咲さん」

「えーとね」

 美咲は少し口篭くちごもってから、何かを決意した様に言った。


「その、『美咲さん』って言うの、止めにしない?」

「え?」

「もう知り合って3週間よ。そろそろ敬語抜きに話しましょうよ」

「分かりました……じゃない、分かったよ、美咲……」

 言ってから、とても恥ずかしくて、俺は黙ってしまった。数秒間、沈黙が続く。


「なんか新鮮ね。ハロルドが砕けた口調で話すのを聞くのは、初めてだから」

「慣れないな。やはり敬語に戻してもいいですか?」

「駄目よ。いずれ慣れるわ。少しの我慢よ」

「分かったよ」

 通話越しに、美咲が飲み物を飲んだ音がした。


「美咲、ひょっとして、お酒飲んでる?」

「バレたか。帰ったら一杯、風呂上がりに一杯と言うのが習慣なの」

「酒に強いんだね」

「自信あるわよ」


 2人して、はははっ、と笑った。


「話を変えていい?アメリアさんの話なんだけど……」

「ええ」

「ティーファとも話してたんだけど、アメリアさんがアルトリアに帰る方法で、1番現実的なのは、香坂さんと共に、お互いにマッチングを解消して、アメリアさんに、もう一度、アルトリアの人間とマッチングして貰う事だと思うんだ」

「どういう事よ?」

「えーと、つまり、アメリアさんにアルトリアの人間と、恋に落ちて貰って……」

「そうじゃないよ、ハロルド……」

 美咲は、声色こわいろを一気に冷たくして、俺に言った。


「人の感情を、そんな風に簡単に変えられると思ってるの?」


 恐らく、俺は地雷を踏んだ。慌てて、言いつくろう。


「そうは思ってない。けれど、アメリアさんは、アルトリアに戻りたいんだろ?色々な方法を探したけど、これが1番、現実的だと思う」

「ハロルド、私はショックだわ。例えば、貴方は、他人に、この人と恋に落ちたらと勧められて、簡単に恋に落ちる事の出来る人なの?」

「違うよ、美咲。そうじゃない」

「ハロルド。二度と、そう言う事を言わないで。2人は、とても苦しんでいるの。アメリアさんだって、香坂さんと、本当は離れたくないのよ?けれど、アルトリアに残して来た人達を思って、帰ると言う決断をしたんだから……」

「逆に、俺は、その考えがショックだ。アメリアさんに取って、香坂潤コウサカジュンと言う男は、その程度だったのか?ならば、初めから日本ニホンへ移住しなければ良かったのに」

 段々と議論が白熱してきた。


「アメリアさんだって、覚悟を決めて来たのよ。それでも、アルトリアに帰ると言う決断をしたの。何故、分からないの?」

「美咲。俺は美咲と喧嘩したいわけじゃない。けれど、アルトリアに戻るには……」

「もういい。ちょっと頭が熱くなってる。今日は通話するの、終わっても良いかしら?頭を冷やしたい」

「分かった。俺も頭を冷やすよ」


 通話が途切れた。


 やってしまったな。美咲の性格上、こんな提案をすれば、怒る事くらい、容易に想像出来た。完全にミスだ。


 だが、それでも、この方法しかない、と言う位に、完璧な手法だし、他に手が思いつかない。


 他の方法を探すか……


 その日は中々、寝付けなかった。





 次の日の朝、美咲からメッセージが届いていた。まだ頭が冷えていないので、朝の通話を遠慮したい、との内容だった。はあ……と俺は溜息をいて、分かりました、とだけメッセージを返した。


 美咲って頑固なんだな……。俺は初めて知った美咲の一面に驚きながら、頭を抱えた。美咲からすれば、アメリアは、将来の自分を描いた物だったのかも知れない。けれど、やはり納得がいかない。それでも、アルトリアに帰りたいと思い返す位なら、初めから香坂潤コウサカジュンを、アルトリアに呼べば良かったのに。


 訓練所へ向かった。


「ゼイゼイゼイ……団長!まだ走るんですか?」

「あと3周!」

「ええ〜!?」

 その日、俺は機嫌が悪くて、部下との訓練をキツい物にしてしまった。昼休憩になる頃には、八割の団員達が音を上げて、その場にうずくまったり、仰向けに倒れたりしていた。


「おい!情けないぞ!それでもアルトリア最強と言われた『獅子王軍』の隊員か?午後の訓練は2時間後!ちゃんと食事取っておく様にな!」

 俺は隊員達に、大きな声で告げると、屋敷に戻る事にした。少し、このイライラを抑えないと。


 屋敷に戻ると、キリエが食事の準備をしていた。今日は、家で食べると告げていったので、キリエは嬉しそうだった。張り切って、料理の腕を振るってくれた。


「美味しそうだな……いつもありがとう、キリエ」

「いいえ、ハロルドお兄様。キリエは、お兄様が喜んでくれるのを見るのが好きなので、感謝なんて言わなくてもいいのですよ」

 早速、キリエの得意料理のアクアパッツァに手を伸ばして、俺はキリエに聞いてみた。


「キリエ、変な事を聞くんだけど、仲のいい友人が、自分の考え方と反対の意見を言ってきて、それが納得いかなかった場合って、どうする?」

「お兄様が相談なんて、珍しいですね。そうですね……私なら、分かり合えるまで、話し合います」

「分かり合えなかったら?」

「そういう事は多々あると思います。自分の信念だったり、宗教だったり、出生が原因で、分かり合えない事ってありますよね。私なら、それが2人の関係を壊してしまう様な事なのかを考えます。実際に、壊してしまう様な深い問題なら……」

 うーん、とキリエは首をかしげた。


「こちらが折れるか、いっそ壊してしまうか、ですね」

「なるほど」

「何かあったんですか?」

「ちょっと部下と上手くいかなくて……」

 俺は誤魔化す為に、部下の1人を使った。


「お兄様は、その部下の方と仲直りがしたいんですよね?」

「そうだね。出来ることなら、仲直りがしたい」

「お兄様の悪い癖なんですが、『理論で解決しようとする』と言う嫌いがあります。もっと感情的になると良いですよ。コツは『相手と気持ちを共有してみる』です」

「ありがとう、キリエ。参考になった」

 俺は、ゆっくりと食事を進めた。


「食後のお茶は、どうしますか?」

「今日は遠慮させて貰うよ。ちょっと部屋で仕事がしたい」

「分かりました」


 俺は部屋に戻って、美咲に送るメッセージを考えた。このまま、距離が離れていくのは嫌だ。先ずは、こんな提案をした事を謝ろう。俺は、少し悩みながら、小型水晶で術式を展開した。



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