雨の日に、君へ。

アンネリリーゼ・アウラ・リーゼロッテ・リ

―――


・雨の日に、君へ。



 曇色の空。雫の跳ねる音。

 窓から見える世界は白んで、私はそんな風景に溜息を吐く。

 今日は雨。一人の心を濡らして、寂しさを胸に走らせる冷たい空の日。

 こんな日、彼女は一体何をしてるだろう。

 いつも笑顔で、いつも優しくて、いつも綺麗で、いつも私の手を取ってくれたあの娘(こ)。

 あの子なら、こんな雨降る静かな日でも、きっと輝く笑みを絶やさない。

 雨でいつも出来ていることが出来ないなら、雨があるからこそ出来ることをしよう。

 全ては捉え方。

 あの娘にかかれば、どんなことでも楽しみのスパイスになる。

 そんな人だから、私は彼女を――。

「……ぁっ」

 そこまで思って、私は頬が熱くなっているのに気付く。

 近くにある鏡で顔を見てみると、熱くなった頬はほんのり赤い。

 けれど、何より鏡を見て初めて気付いて驚いたのは自分の馬鹿みたいに乙女染みた表情。

 恥ずかしさが一気に込み上げてきて、私は思い切り鏡から顔を逸らした。

 自分以外に誰もいない部屋で、一人恥じらいに震えているだなんて、とんだ間抜けだ。

 でも、仕方ない。どうしようもないもの。こんな気持ち。

 思いが溢れてくるんだもの。それが止まらないんだもの。

 制御なんて出来ないし、制御なんてしたくない。だって私は。けど、彼女は。

「……佳奈」

 佳奈は、遠くに行ってしまう。

 私の手の届かない所へ。私が傍にいられない場所へ。

 きっと、佳奈はそれでも笑ってる。

 楽しいことを見つけるのが得意で、みんなを楽しくさせるのが得意な佳奈。

 私なんかいなくても、佳奈はきっと。

 私以外でも、佳奈はきっと。

 思考はネガティヴに。心が暗く凍えていくのが分かる。

 私は馬鹿だ。思っても想っても仕方ないのに。

 忘れられずに、未練たらしく、いつまでもいつまでも佳奈を心で追いかけてる。

「佳奈ぁ……」

 熱くなった頬に、ひんやりとした涙が伝う。

 涙声で呼ぶ名前は私の大好きな名前で、今ここにはいない。そう思っていた。

「なぁに?」

 だから私は最初、佳奈の姿を幻か何かだと思ったんだ。

「佳、奈……?」

 今の私はどんな顔をしてるんだろう。

 幸せな顔? 辛そうな顔?

 多分、どっちでもない。びっくりした顔。間の抜けた恥ずかしい顔。

「何、びっくりしてるの? 呼んだでしょ、だから来たの。何回もインターホン鳴らしたのに出てこないから前にもらった合鍵使っちゃった」

「え、え……?」

「どうしたの?」

「ど、どうしたの、じゃないよ! 今日でしょ、海外に行くのって……! 両親の都合で向こうに行かなきゃ、いけなく、う、ぐっ……なったって……っ!」

「泣きながら怒鳴らない。ほら、ハンカチ」

「う、うん……」

 相変わらずの笑顔で手渡されたハンカチ。

 私はそれで涙を拭いて、そのままそのハンカチを強く握りしめる。

「少しは落ち着いた?」

「うん……でも、どうして」

 改めて私が聞くと、佳奈は少しだけ間を置いてにっこり笑う。

「仄花ちゃんが行ってほしくないって顔してたから」

「そ、そんな理由で……」

「そんな理由って言われるような理由かな。私は、すっごく大事な理由だと思う」

 佳奈はそう言って、ハンカチを握りしめたままの私の手に自分の手を優しく重ねた。

 柔らかくて、暖かくて、凄く心地が良い。

「ねぇ、仄花ちゃん。今、どんな気持ち?」

「そんなの言わない……」

 心臓がとくんとくんうるさい。

 熱も頬だけじゃなくて顔全体に巡っていくのが分かる。私、今凄くどきどきしてるんだ。

「言わない? じゃあ、当てちゃおっか」

「……馬鹿」

「駄目かな?」

「駄目じゃない」

「でも、やっぱり私は仄花ちゃんの口から聞きたいな」

 近い距離をより近くして、佳奈は耳元で囁く。

 私の熱も、私の息も、私の鼓動も、全部全部きっと佳奈は感じてる。

 嘘はつけない。それに、嘘なんてつきたくない。

 私の気持ちはいつだって、佳奈に向いてる。それをもっと知ってほしい。

「幸せ」

「もう一回」

「幸せ」

「もう一回」

「幸せ。誰よりも、何よりも、私は佳奈といるのが幸せ。だから――」

「ずっと一緒にいてあげるよ」

 佳奈の腕が私を抱きしめて、そのまま私達はベッドにゆっくり倒れ込む。

 柔らかな衝撃と同時に、佳奈の唇が私の唇に重なる。甘酸っぱい味。

 唇が離れると、小悪魔みたいに微笑む佳奈。

 私は、幸せでふにゃけたままの顔で精一杯怒った顔を作って。

「最後のは私の台詞だったのに」

「仄花ちゃんの台詞は、私のとはちょっと違うでしょ」

「……っ……ぁっ」

 怯んだ隙に、佳奈が私のおでこに優しくキス。

 本当に、馬鹿。ただでさえ幸せで死にそうなのに。これじゃ、心がはちきれちゃう。

「言ってほしいな、さっきの続き」

「佳奈が邪魔したのに」

「言ってくれないの?」

「……ううん、言う。言わせて」

 心だけの大好きじゃない。

 自分の足で、自分の口で、自分の全てで、大好きな人へ今よりもっと大好きを伝える為に。

 この気持ちを、貴方に受け取ってほしいんだ。

「大好き。ずっと一緒にいて」

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雨の日に、君へ。 アンネリリーゼ・アウラ・リーゼロッテ・リ @anneriri-ze

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