5章 本編最終話
「あーっ、疲れたぁ! やっぱり今の私はここが好きだなぁ⋯⋯」
新雪を踏んで、凛が崖の近くまで歩み寄る。
「あんまり先の方行くなよ。滑って落ちたら怪我じゃすまないから」
「わかってるよ」
凛はこちらを振り向いて、悪戯げな笑みを向けていた。
生放送が終わってそのまま長野に直帰した俺達は、家には帰らず、音慶寺の裏手にある高台に来ていた。
俺達が出会って、全てが始まった場所。今は夜の雪景色を月明りがほんのり照らしていた。
「結局、こんなクリスマスっ気もイルミネーションっ気も全くないところしかないとはなぁ」
「そんな事言わないの。ここでいいよ。ううん⋯⋯ここがいい、かな」
「くっそ寒くて雪以外何もないのに?」
言ってやると、凛は「じゃあ」と嬉しそうに両手を広げた。
「⋯⋯?」
「ほーら」
「なに⋯⋯?」
「ハグハグ。寒いから、ぎゅーって⋯⋯してほしいな?」
広げた両手で自分自身をぎゅーっと抱き締める仕草をして、愛おしいげに俺を見つめてくる。顔が赤いのは、きっと寒さだけではないはずだ。どうやら、俺に抱き締めろという事らしい。
溜め息を吐くと、白くなって消えた。もはや互いの吐息が白くなっていて、あまり長居はできない。
このまま凛を無視するととんでもない目に遭いそうなので、俺は彼女の要望通り、彼女に歩み寄って、力強く抱き締めてやる。
雪の中で凍えそうだけど、凛とこうしているなら、一晩くらいなら生き残れそうな気がするから不思議だ。
「はぁぁ⋯⋯幸せ」
凛はうっとりするように、そう呟いた。
せっかくのクリスマスシーズンの土日。それなのに、イルミネーションどころか明かりすらない場所に来ているのには理由がある。
あの公開生放送の後、青山あたりでイルミネーションを見てからご飯でも食べて長野に帰ろうか、という話を元々はしていた。
しかし、あの凛の大演説で、全ての予定が変わってしまった。
そう⋯⋯めちゃくちゃ反響があったのだ。
あのアメバTVの番宣はREIKAと山梨陽介が出るという事で視聴者が元々多かった。それに加えて、生放送なのが災いして、それがすぐに共有されてしまい、瞬間的に拡散された。視聴者の中には動画を録画していた奴もいて、本来なら有料会員しか見れないはずの動画が、SNSに出回って瞬時に拡散されてしまったのだ。違法アップロードに当たるはずだが、出回ってしまったものは仕方がない。
凛のあのスピーチは、まあ、一言で言ってしまうと⋯⋯大好評だったのだ。一瞬の間に多くの女性の心を掴んで、共感を得てしまった。その結果、女子中高生や女子大生を中心に、若い子にどんどん共有された。元々RINは女性からの人気が高かったので、それで拍車がかかってしまったのだろう。
芸能人で、本来なら恋人の存在を隠して売り出さなければならない立場だというのに、映画の番宣で、好きな人──おそらく彼氏だと推測できるし何なら一度雑誌に撮られている──の存在を明らかにして、更にその人に支えられて這い上がってきた、というのが多くの女性の心を鷲掴みにしてしまったのである。女子はこういうのに憧れを抱いているのだろうな、というのが何となくわかった。
そしてそのスピーチは瞬く間にネットを通じて広がり、SNSだけでなく、個人の芸能ニュースサイトから各種WEBニュースサイトに派生した。そして、WAHOOニュースでも注目ニュースとして取り上げられてしまったのがトドメだ。ほんの数時間のうちに、凛の知名度が一気に爆上がりしてしまった。映画の番宣としてはこれ以上ないほどの効果を発揮しているのだが、こっちとしては予想以上に迷惑を被る事になった。
収録が終わって、さあ帰ろうかと思った時に⋯⋯アメバTVのスタッフさんから、外が大変な事になっているから出ない方が良いという報告を受けた。
凛が挨拶したり着替えたりしている間にSNSでバズってしまい、時の人となっている凛を一目見ようと渋谷にいる連中がアメバタワーに群がってきていたのだ。
行きしなは堂々と渋谷の道路を歩いていても全くRINだと誰も気付かれなかったのに、帰りはRINを探し求めて人々がアメバタワーに集まってきているという不可思議現象。行きはよいよい帰りは恐い、とはよく言ったものだ。
結果的に、外を歩いて電車で帰るのは困難という事になり、玲華から変装グッズの帽子やマスクを借りて、陽介さんのマネージャー・山本さんの車で東京駅まで送ってもらう事になった。
東京駅でも、新幹線のホームに着くまでにRINだと気付かれてしまい、結局もみくちゃにされた。誰だかわかっていない連中まで集まってきているので始末が悪い。
もはや俺は完全にSPと化していた。名目上のマネージャーだったのに本当にマネージャーみたいになっていて、呆れる他ない。隙を見て手を引いて駆けだして逃げたのだが、集団で追ってくるし。怖かった。
中には「その人が例の彼氏ですか?」なんて訊いてくる人もいたりとかで、凛も黙ってればいいのに「はい、そうです!」だなんて返すもんだから、余計に野次馬も白熱してしまって、こっちは気が気でなかった。ただ、凛はそんな中でも終始楽しそうだった。きっと、本当に楽しかったのだと思う。
結局、何事だと駆け付けた駅員さん方に匿ってもらって、何とか難を逃れた。
この様子だと普通の新幹線車両に乗るのは難しいと駅員さんに言われ、18人しか乗れない高級プライベート車両──グランクラスというらしい──で長野まで帰る羽目になった。割高だが、そうまでしないと落ち着ける状態ではなかったのだ。交通費は一応映画会社の方が出してくれるという事だったで、後日凛に請求してもらうとしよう。
長野に着いてからは落ち着いていた。ただ、それでも万が一また騒ぎになっては面倒なので、そのまま寄り道せずに鳴那町まで帰ってきて、今に至るという事だ。
アメバタワーから出る際に、玲華が俺のところに来て『ほらね? 私よりもリンの方が断然やる事エグイでしょ?』と言ってきたのだが、その言葉の重みをつくづく実感するのだった。
予想外と言えば、玲華の反応も予想外だった。
玲華からすれば完全に凛に喰われたような形になるので、もっと不快そうにしているのかと思っていたのだが、『やっぱリンさいこー!』と言って、凛に抱き着いてめちゃくちゃ喜んでいた。
やっぱりREIKAちゃんの尺度は謎だなぁ、と陽介さんが話していたが、おそらく玲華は⋯⋯面白い事や予見できない事が大好きなので、凛のこうしたところが読めなくて好きなんだろうなぁ、等と思うのだ。それを見ると、やっぱりこの2人には仲良くしていて欲しいなとも思うのだ。俺が言えた義理ではないのだけれど。
結局、帰りは終始どたばたしていて、家に帰ろうとしたら⋯⋯凛が最後に音慶寺に行きたいと言ったのだ。
音慶寺に来るのは、凛の誕生日のあの日以来だ。あの日以降、鳴那町では雪が降る日が多く、常に雪が積もっている状態。そんな状態の時にこんな自然のまま放置されてる場所に来るのは正気の沙汰ではない。
「なんでここに来たいって思ったんだ?」
「さっき放送で話してるときにね、ここで会った時の事想い出しちゃって。それで行きたいなぁって」
凛が少し恥ずかしそうにこちらを見上げてはにかんだ。
それなら、俺も思い出していた。
凛と出会った日の事を。ここで、麦わら帽子が頭にかぶさってきたときの事を。
あの時こそ⋯⋯玲華から別れを切り出されて以降、停まっていた時間が動き出した瞬間だった。
凛が俺の時間をもう一度動かしてくれた。
きっと俺は、あの光景をずっと忘れないだろう。
「それにしても、ここまで騒ぎになったら、クリスマスも年末年始も、どこにも行けそうにないな」
ネットでは相変わらず凛のニュースで盛り上がっている。きっと、月曜日学校に行ったら大変な事になるのは想像に容易い。
先週映画の情報が公開された時も、凛が転校してきた初日みたいになっていたのだ。きっと、もう暫く落ち着くまではどこにも出かけられない。またマスコミの対策とかもしなきゃだろうし、俺も凛にずっとついていてやらないといけない。
その過程できっと俺の事も晒されるんだろうな、なんて思いつつも⋯⋯まあ、それはそれで良いのか、なんて楽観的でいたり。そんな事でくよくよしているようでは、凛の彼氏は務まらない。
「いいんじゃない? 家でゆっくりするクリスマスと年末年始があっても」
「俺はいいけど、凛は退屈じゃないか?」
「私は、翔くんと一緒にいるだけで幸せだから」
全く⋯⋯嬉しい事を言ってくれる。
「そんな事言ったら⋯⋯俺もそうなんだけど」
「じゃあ、問題なしってことで♪ それかさ、愛梨とか純哉くん呼んでみんなでパーティーしてもいいし」
「みんなでパーティーか⋯⋯」
それはそれで、悪くはないのだけれど。でもなぁ⋯⋯せっかくの2人きりになれる時間なのにな。
きっと今日の一件で、映画の広報の仕方はずいぶん変わる。これまではREIKAと山梨陽介の2人がメインで番宣する予定だったが、RINがこれだけ知名度を上げてしまったのなら、話は別だ。彼女が東京に呼ばれる事も多くなるだろう。それを考えると、今みたいに2人で過ごせる時間は、とても貴重なのだとも思える。
「あ、今『2人で過ごしたいからそれは嫌だな』って思ったでしょ?」
悪戯な笑みを浮かべてこちらを覗き込む。
相変わらず、彼女は鋭い。
「正解?」
「⋯⋯正解」
「素直でよろしい♪」
言いながら、凛は俺のほっぺたを撫でた。
凛の手が冷たくなってしまっていたので、その手を両手で包んで温めてやる。
「翔くんの手、あったかい」
「ホッカイロを余分に持ってるからな」
「え、ずるい」
「東京の人間が雪国の寒さに耐えるにはこういう装備が必要不可欠なんだよ⋯⋯」
俺のコートには未開封のホッカイロが常備されている。これは昨年、初めて過ごす北陸の冬の寒さで何度も死にかけた事からくる経験則だ。一個分けてやろうかと訊くと、「こっちがいい」と凛は俺の手を自分のほっぺたに当てた。
「まあ、私はしばらく大人しくしてるからさ」
俺の手をほっぺたにくっつけて暖を取りながら、彼女は幸せそうに微笑んだ。
「たくさん、一緒に過ごそうね」
俺は頷きながらも、雪空から覗かせる月を見上げた。
凛と一緒に過ごせるのはどれくらいなのだろう。どれだけこの時間を共有できるのだろう。そんな一抹の不安を覚えなくもない。
「翔くんはさ、高校卒業した後、どうするの?」
凛が不意に訊いてきた。もしかすると、彼女も同じような不安を抱えていたのかもしれない。
それにしても、先日陽介さんからも全く同じ事を訊かれたので、少し可笑しい。みんな、俺なんかの進路がそんなに気になるのかな。
でも、今日の経験を通して、俺の中で自分の目指すべき道が明確になったように気がする。陽介さんに答えた時にはぼんやりとしていたものが、ハッキリ見えるようになった。
「東京に戻るよ。とりあえず⋯⋯古巣の大学でも目指すかな」
元々俺は早稲大学の付属高校・通称ワセ高に通っていた。それなら、まずは早稲大学に戻ってやろう。大分勉強は腑抜けでしまっていたが、まだ受験まで一年以上あるし、何とかなる。親には呆れられそうだが、目的を上げる分にはきっと文句は言わないだろう。
これも、何もない地方高校生が撮影現場に行ってわかった事の一つだ。学歴なんて意味はないとわかっていつつ、時として武器になる。あるかないかだったら、あった方がいい。その方が"良く"見られるのだ。不本意だけども、そういう錯覚資産は大事だ。特に、これからも凛の隣にいたいなら、尚更だった。
「どうして東京に戻ろうって思ったの?」
「もう逃げ回る必要がなくなったからな。それに、ちょっとやりたい事もあるんだ」
「やりたい事?」
それは⋯⋯凛とずっと一緒にいる為に、俺ができる事。俺が身に付けなければならない事。
「陽介さんがさ、東京に進学したらうちの事務所でバイトしないかって、誘ってくれてて。マネージャーさんが気に入ってくれたみたいで、俺の事欲しいんだって。だから、これを機に、芸能界の常識とか、裏方の仕事とか、そこの事務所通していっぱい学んでやろうって思ってる。それで⋯⋯」
「それで⋯⋯?」
凛は、信じられない、とでもいうように驚いて俺を見ている。大きく見開かれた瞳は、うっすらと膜で覆われていた。
「凛のマネージャーになって、ずっと傍にいる。どんな事があっても、お前を守る。ずっと一緒にいたいから」
それが、俺が凛の為にできる事。
俺は陽介さんのようにはなれない。あんな風にイケメンでもなければカリスマ性もない。俺はただの一般人だ。表舞台には立てない。でも、そんな俺だからこそ、陽介さんにはできない事ができる。
もう凛が夏場に経験したような失敗をしなくて済むように、そして、業界の闇に傷づかなくていいように、俺が知識をつけて、守れるようになればいい。これは、陽介さんではできない事だ。
「私⋯⋯芸能界に戻りたいなんて、言ってないのに。勝手に、決めないでよ」
凛が声を震わせながら俺の袖をつかんで、おでこを胸に押し当ててきた。
そんな彼女の頭を優しく撫でてやる。
「言ってなくてもわかるさ。あの演技を見ていたら、誰でもわかる。お前は⋯⋯本心では戻りたがってるんだ」
俺が逃げる必要がなくなった様に、凛ももう逃げる必要がなくなった。だから⋯⋯戻りたいという気持ちにも嘘を吐かなくてもいい。
それに、凛だけじゃない。多くの人が、彼女を求めるようになる。それは映画『記憶の片隅に』が公開されれば、訪れる未来だ。
「違う、違うの」
「何が?」
「撮影は大変だったけど、凄く生きてるって感じがして⋯⋯確かに、戻りたいって思う気持ちも、すごくあるよ? でも、それと同時に、前に話した事も間違いなく私の本音だから」
「ここでの生活も大切ってやつ?」
「うん⋯⋯」
以前彼女は、『鳴那町のみんなとの生活も大切にしたい』と言っていた。『翔くんがいるこの町での生活を大切にしたい』とも言ってくれた。その気持ちにも嘘はないというのだ。
「だから⋯⋯少なくとも、高校生でいる間は、もう仕事はしない」
それは、高校を卒業すればまた違う、と言ってる事と同義なわけで。
「凛も高校出たら東京に戻るつもりなんだろ?」
凛は迷いながらも、こくりと頷いた。
きっとそれは彼女が最初から決めていた事で。彼女はもともとずっと長野にいるつもりはなかったのだろう。彼女から聞いたわけではないけれど、何となく察していた。
「じゃあ、高校卒業したらさ、一緒に戻らないか?」
そう訊くと、彼女は質問に答えず、いきなり首根っこに飛びついてきた。ぐっと凛の方に体を引き寄せられて、良い匂いで鼻腔が満たされる。
「ずるいなぁ⋯⋯翔くんは。反則だよ、それ」
涙を堪えながら言って、くすっと笑う。
そう、俺達はもうここに逃げ込む必要がないのだから。正面に出て、正々堂々と戦えばいい。自分達の武器を持って、立ち向かえばいいのだ。
「東京に戻ったら、忙しくなるんだろうなぁ⋯⋯」
まだもうちょっと先の話だけどね、と凛は少し付け足した。
彼女が進学するつもりなのか、そのまま芸能の道一本でやるつもりなのかはわからない。ただ、いずれにしても、忙しくなる事は確定で。それはもちろん俺も同じだった。
でも、そんな忙しい生活でさえ、俺達は楽しんでいける。彼女の笑顔と潤んだ瞳を見ていると、そう確信した。
「きっと、私も翔くんも、まだまだ大変な事があって、色々傷つく事もあって。それと同時に、楽しい事や嬉しい事、幸せな事もあって⋯⋯」
彼女が俺の首に回した腕にぎゅっと力を込めるので、俺もそれに応えるように、彼女を抱き締める。
「それで、最後はめでたしめでたしってなるような⋯⋯そんな未来を迎えたい」
「多分それはきっと簡単な事じゃないし色んな壁が立ちはだかるんだろうだけど⋯⋯まあ、きっと俺達なら大丈夫だよ」
「うん。翔くんとなら、どんな壁でも乗り越えていける。そう、信じてる」
そう。俺達なら、どんな壁でも一緒に乗り越えていける。
互いが互いを信じてさえいれば、きっと乗り越えていける。今回のように、1人じゃ乗り越えられなかった壁でも、2人なら乗り越えられる。
俺達は、そうして今に至ったのだから。
「なあ、凛⋯⋯」
「なあに?」
幸せそうな笑みを浮かべたまま、彼女は少し見上げて、俺の瞳を覗き込んだ。
その瞳を見て、改めて思う。何度伝えても足りない、と。
俺達はこれからも困難を乗り越える。それに当たって一番大切なものがあって、これまで何度も何度も伝えてきたけれど、まだ足りなくて、また伝えたい。何度でも伝えたい。
「好きだよ、凛。ずっと⋯⋯一緒にいるから」
凛をじっとみて、そう伝える。
今日みたいに、これからもきっと、何度も伝え続けるだろう。
その言葉を聞いた凛が、あまりにも嬉しそうに微笑むから。その笑顔が見たくて、何度でも伝えたくなる。
目尻から溢れそうな涙を拭ってやって、唇をそっと重ねた。
寒さの中にある、ほんの少しの温もり。だけど、決して冷える事のない想いがこもっている温もり。そこには、確かに命の繋がりが感じられて⋯⋯互いを幸福感で満たしてくれる。
唇を離すと、凛ははにかみながら、俺を見つめていた。
「私も好き」
そして、誰よりも幸せそうな笑みを浮かべたまま⋯⋯言葉を紡いだ。
「愛してる、翔くん。ずっと⋯⋯ずっと一緒だからね」
『想い出と君の狭間で』本編・完
────────────────────────────────
【後書き】
こんにちは、九条です。
この度は、最後まで『想い出と君の狭間で』を読んで頂き、ありがとうございました。最終話7000字超えとかなりボリューミーでしたが、もうちょっとだけ後書きも付き合ってください。笑
後書き目次:
1.読者の皆様にお礼
2.この物語の裏テーマは『人の弱さ』
3.全員を救いたかった
4.最後に
■読者の皆様にお礼
かなりWEB小説向けではない話でしたが、最後まで根気よく読んで頂きありがとうございました!
途中メンタルを抉る展開が多かったですが、ここまで読んで頂けた人は、それなりに満足して頂けたのではないかな、と思っております。
僕が当初思い描いていたラストよりも、断然良いラストになりました。書いている間に色々成長できましたし、皆さんのコメントによって成長させられたと実感しています。ありがとうございました。
この作品を書き上げられて、今はとても満足しています。
多分、『恋愛』というテーマ単体では、僕はこの作品を超えるものはしばらく書けないんじゃないかな、と思うくらいには満足しています。『君との軌跡』などは、恋愛以外にも、家族や友情・人生など複雑なテーマが絡み合っていますので、ちょっと『想い出と君の狭間で』とは違いますからね。
とりあえず、これが今の僕に書ける恋愛小説の限界なのは間違いありません。如何でしたでしょうか。満足して頂けたのなら、これ以上嬉しい事はありません。
■この物語の裏テーマは『人の弱さ』
この物語は、表のテーマが恋愛とするらな、裏テーマは『人の弱さ』でした。
そして、弱さを描く上で、強い人間が必要でした。雨宮凛と久瀬玲華、二人とも強いですよね。二人とも強いけれども、そんな強い二人でも弱さを抱えて生きている、というお話です。そして、一番弱そうに見えた翔くんが一番強さを秘めていた、というところも実は描きたかったポイントです。
この小説は、各々が持つ『弱さ』を如何に克服するか。そこに尽きます。
そして、その弱さを克服する為にも、メインヒロインは凛である必要がありました。
これは僕の考えなのですけども、やっぱり『復縁』って難しいと思うんですよね。一度別れてしまったのってすごく大きいと思っていて。何かしら問題があって、それを乗り越えられず別れてしまったわけで、それってなかなか変えられるもんじゃない。それでも、誰しもなかなか昔の恋人って忘れられない⋯⋯そんな葛藤を持ってるんじゃないかなと思います。
だけれど、過去の傷を乗り越えて、人は成長していかなければならない。だからこそ、僕は『新しい恋』で過去を乗り越える必要があると考えています。
翔と凛は、玲華という大きすぎる壁を乗り越えて、成長してほしかった。玲華もそれによって、成長してほしかった。それが、まずこの小説の根本にあったものです。
■全員を救いたかった
僕はこの小説では、全員を救いたい、という想いがありました。
5章では、3人が3人、それぞれの弱さを克服します。
バス停では翔と玲華が。そして、映画のプロモーション活動時では、凛が。それぞれ過去の弱さと対峙して、乗り越えます。
僕はある意味、これが全員にとって、ハッピーエンドだったのではないかな、と思っています。皆さんがこの結末に満足しているかはわかりませんが、僕は一番満足いく結末です。というか、僕の頭では、この結末でないと、全員を救えませんでした。
2章 第24話の後書きでも言った通り、この作品には勝ちヒロインも負けヒロインもありません。なので、僕は全員を救う必要がありました。
ただ、玲華を選んでしまった場合、凛が救われないのはもちろん、翔と玲華もどう考えても成長できなかった。なぜなら、あそこのバス停にこそ、翔が本来味わうべきだった後悔や苦しみ、悲しみがあったから。彼は別れた直後にそれを本来知るべきだったのに、それを受け入れられず、あまつさえ逃げてしまった。その悲しみと苦しみを彼が味わい、受け入れなければ、彼は成長できなかったんです。しかし、玲華とよりを戻すという事は、その悲しみと苦しみを、なかった事にするという事。それでは結局翔は成長できず、救われません。
そして、それは玲華も同じです。玲華も『自分は勝つ為にこれだけ狡い事をしてしまう弱い人間なんだ』と自覚して、弱い自分を受け入れる必要があった。ここで翔が玲華を選ぶと、彼女はそれにも気付けないままというか、それで良いんだとなります。そんな状態では、きっと復縁したところで、また同じような壁にぶち当たって、壊れてしまうと思いました。根本的に成長していないからです。『復縁って難しいよね』と僕が上述した理由がまさしくこれ。この二人に限らず、互いが成長していないと復縁しても同じ壁にぶち当たる。情だけで戻ったとしても、それこそ傷のなめ合いにしかなりません。
ただ誤算だったのは、2章 第24話の後書きで言った通り、玲華が強くなりすぎた事でした。翔に対してではなく、読者に対して、玲華が強くなしすぎてしまった。2章を通して、読者の大半が玲華推しになってしまいましたものね。笑
ただ、実は翔は2章の間も3章の間も4章の間も、玲華登場以降も変わらずずっと凛を想っていました。それは地の文で散々、しかもかなり強めに翔くんの気持ちを書いていました。しかしそれでも、読者の方は玲華の強引なまでの誘惑に侵蝕されていた。笑 それだけ玲華が魅力的だった証拠でもあるのですが、ちょっと翔の気持ちと読者の方の気持ちが乖離し過ぎているな、という懸念がありました。
でも、翔は玲華に罪悪感やら想い出としての情や未練が残っていただけで、もう心は移ってしまっていた。そこで情に訴えかけて篭絡したところで、それは奇しくも原作『記憶の片隅に』で"達也"が"優菜"を選んだ理由と同じにしかならない⋯⋯玲華はそれに気付いてしまって自分の行いに自信がなくなっていたところに、翔が凛の為を想って強くなって折れなかった、という誤算まで生じた。そして彼女が最後に採った選択は、素直に負けを認めるのではなく、鼬の最後っ屁で凛に傷痕を残す事だった。
玲華は一番強かったけども、一番強かったがゆえに、一番弱さを認められなかった。
だからこそ、全員が救われて、全員が成長するには、僕の中ではこの結論しかなかった。
翔に必要だったのは、存在を認めてくれて、ただ寄り添ってくれている存在。決して、甘やかされる事ではなかった。付き合っている時も、4章でも、甘やかす事しかできなかった玲華では、翔を救えないし、翔もそれを望んでいなかった。
どれだけの人が気付いたかわかりませんが、4章ではもう一つ隠された設定があります。
実は、付き合っている時の二人の過程の対比がなされているんです。『そこにいてくれるだけでいい』と思っている凛と、ちょっかいを出して甘やかす事で元気付けて受験の失敗から立ち直らせてようとした玲華。この二人の関係と同じような状況が、4章で同時に表現されています。気になった人は、そこも踏まえてもう一度読んでみてください。とってもわかりにくい技巧的な事をやってるでしょ!?笑
付き合っている時にそのやり方で失敗したのに、また同じ戦略で翔を篭絡しようとした玲華では、やはり凛には勝てなかった、という表現をしています。
ちょっと脱線しますが、仮に凛が4章の時に翔の状態に気付いていたらどうなったか、を考えてみました。
おそらく凛は「つらいなら撮影来なくていいよ?」と問いかけ、それに対して翔が「いや行く」と答えたら、多分「そっか」と言うだけで、内心は心配しつつも敢えて何もしなかったんじゃないかな、と思います。凛はそこで翔を甘やかすのではなく、見守るという選択をすると予測しました。
というのも、凛は翔が撮影の雑用やらを手伝っている事を認識していながら、それに対して何も訊かなかったし、触れませんでした(4章 第12話でじつはちょっとだけ気にしている描写があるけど、触れない)。
その理由を考えると、多分凛は内心は心配しつつも敢えて何もしないという選択をするように思います。
それは、翔が陰ながら頑張っている事を、凛に何も言わなかったからでしょうね。だから、それは訊かれたくないか何か理由があるんだな、と凛は察した。でも、つい我慢できなくなって、4章19話で「ちゃんと翔くんが頑張ってたの知ってるよ」と言ってしまう。ここで凛がそれを察していて敢えて触れていなかったのがわかる、という表現をしています。凛は、分かりやすく気にかけて甘やかすのではなく、翔の意思を尊重した上で、そんな彼の決断を見守る女の子なんですね。
わっかりにくいよと思いますが、主人公の一人称なのでしゃーないです!笑 というより、露骨にわかりやすくすると、凛が気にかけてくれようとしている事に、翔が気付かないのが不自然になってしまうからです。
一人称であるが故に、翔の視点外の事は書けません。しかし、『翔が言わない』から『凛も触れない』『でもやっぱり言っちゃう』等で、凛の思いやりや葛藤を表現する。これが僕の技法⋯⋯というにはまだまだお粗末なので、僕のやり方ですね。僕はこう言った事をよくやります。笑 この時ヒロインはどんな気持ちだったのか、どんな気持ちでこの動作をしていたのか、これを言ったのかを想像すると、僕の小説はより楽しめるかもしれませんね。
小括すると、これらの出来事(玲華と凛それぞれの対応)を鑑みて、二人の戦いは『翔が望む事を言ったりやったりしていた等(御礼だったりそこにいてくれるだけで頑張れる等の言葉や、雑用等に敢えて触れない等)、全てに於いて凛が勝っていた』という事になります。
と、まあ、これが僕のスタイルです。
敢えて触れない思いやりだとか、彼が一番言ってほしい言葉を言うとか、そういった事で愛情を伝えてます。あまり露骨にわかりやすくすると品がないというか、薄味の中にも深みある味わいや風情を楽しむ、みたいなのが僕は好きなので(何を言ってるんだこいつは)。笑
多分この小説はこの事を念頭に置いておけば、もう一回楽しめる小説ではないかなと思います。
■最後に
ともあれ、10万字以上書いた作品では、初めて完結までこぎつけた作品です。33万字超。長かったですね⋯⋯。
かなり重厚で、僕としても大満足な物語。そして、ここまで重厚にできたのは、最初に言った通り、読者の皆さんのお陰です。ありがとうございました。
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