5章 想い出と君の涙を

5章 第1話

 撮影に参加しなくなってから、5日が経った。その間に月が変わって、もう12月になっていた。

 この5日間、凛は一度も学校に来ていない。順調に進んでいれば、今日が撮影最終日だ。

 俺の方は、穏やかな日常が戻っただけだった。何もない日常、ただ授業を送るだけの日常。

 学校が終わった直後に撮影に参加する必要もない。凛の為にただ板書してポイントを書き込んでいくだけ。

 俺の体力的なものだけを考えるなら、随分と身体が楽だった。今までがハード過ぎたので、ちょうど良いのかもしれない。


(どうなってるんだろうな⋯⋯)


 あの日以降、俺には映画撮影の情報が何も入ってこなくなっていた。

 陽介さんから連絡はないし、これまで休憩時間に当たり前に送られてきていた凛からの連絡もないし、もちろん玲華から電話がかかってくる事もない。

 隣に空白の席を除けば、凛が転校する前のような5日間。

 凛⋯⋯いや、"沙織"が"達也"と結ばれる事になったのだから、凛は準主役から主役に昇格した事になるのだろうか。そうなると、凛がキスシーンを演じるのだろうか。

 そんな事を考えてしまう。割り切らなければならないのに、割り切れない。そして、そういった事を訊きたいけれど、連絡が一切ないのであれば、訊くに訊けない。


(凛がいない生活は⋯⋯こんなにも退屈だったのか)


 撮影への参加が決まってから、凛は学校にほとんど来ていない。それでも、撮影現場に行けば会えたし、連絡も休憩の都度来ていた。

 だが、今はそのどれもがない。俺の生活から凛が抜け落ちてしまったかのように、何もない生活だった。


(凛が転校してくる前まではこれが当たり前だったんだけどな⋯⋯)


 もう、俺の生活から凛がいない生活なんて、考えられなかった。

 そうして何もないまま、今日も午前の授業が終わってしまった。


「おーい、昼飯食おうぜ、昼飯」


 純哉が弁当箱を持って俺の席までくる。愛梨の方を見ると、「あたしはパス」と言って、そのまま教室を出て行ってしまった。


「ダイエット中らしいぜ。REIKAの細さに対抗心燃やしてんだぜ、きっと」


 純哉が軽口を叩いた。またこいつも余計な事を言う。愛梨が聞いていたら、きっとまたぶん殴られてるだろうに。

 スマートフォンをチェックするが、相変わらず連絡はなし。これだけ誰かの連絡を待ち遠しく思う事ってあっただろうか。スタンプ1つでいいから送って欲しいと思っているあたり、ほんとに切なくなってくる。

 溜め息を吐いて、コンビニで買ったパンをカバンから出していると⋯⋯教室がざわつき始めた。

 みんなが窓の方に集まってくる。


「お、おい⋯⋯あれ、山梨陽介じゃね?」


 釣られるようにして窓の外を見た純哉が呟いた。

 同じように気付いた教室が一気に騒然となる。「やば! 本物じゃない!?」「そういえば映画の撮影してるって言ってたし!」「じゃあ凛が出てる映画って山梨陽介も出てるの!?」「うそ、やば! 凛、紹介してくれないかな!?」等と女子が騒ぎ始めた。

 俺も窓の外を慌ててみると、校門からゆっくり歩いてくる山梨陽介の姿がそこにあった。彼はスマホを操作しながら歩いていて⋯⋯次の瞬間、俺のスマホが鳴る。

 発信者は『山梨陽介』。慌てて受話ボタンをタップする。


『おー、久しぶり! ショーくん元気?』

「ちょ、陽介さん!? 何やってんですか!?」

『何って、今君の学校来てるんだけど、昼休み? ちょっと会えない?』

「いや、会えますけど⋯⋯」


 俺の会話を聞いていたクラスメイトの視線が俺に集まっている。


「ちょ、ちょっと待っててください。今行きますんで」


 通話終了ボタンをタップする。

 教室を出ようとすると、


「ちょっと、相沢くんがなんで山梨陽介と知り合いなの!?」

「雨宮繋がりか!?」

「紹介しなさいよ!」


 一気に教室が騒がしくなる。


「ちょ、ちょっと待って。今はそれどころじゃないから!」


 何が目的なのか、さっぱりわからない。

 連絡ならそれこそLIMEか電話で言えばいいものを、まさか学校に来るだなんて。

 教室から飛び出して、階段を駆け下りて靴に履き換え、校庭に向かって走った。

 校庭では、陽介さんが5日前と変わらぬ爽やかイケメンスマイルで俺に手を振っていた。


「おー、いたいた。元気そうで何より」

「いたいた、じゃないですよ! 何こんな目立つ事やってんですか!」


 校舎を見ると、窓という窓に生徒が貼りついている。完全に俺も無駄に目立ってしまっていた。RIN、REIKAに続いて山梨陽介。芸能人みんな俺を訪ねて学校に来すぎなんだよ。


「いや、REIKAちゃんも学祭乗り込んだっていうし、俺も負けてられないなって」

「なんで玲華に対抗心燃やしてんですか⋯⋯それで、何の用です? 何かありました?」

「あー、いや、別に何もないんだけど、君に渡すものあるからさ。ちょっと外出れる?」


 陽介さんは校門近くに停めてある車を親指で指差した。俺は「いいですけど」と憮然として答えた。

 本当は昼休み中に学外に出るのはまずいけれど、この人の場合ここにいられる方が問題だ。どこか外で落ち着いて話せる場所に移動した方がいい。俺も、聞きたい事は山ほどあるし。


「おっけ、じゃあ軽くドライブしよう。マネージャーの車だけどな」


 陽介さんがいつもの屈託のない笑顔を見せて、鍵をチャリンと見せた。

 本当に、芸能人って笑ってかっこいい仕草するだけで光が溢れるからずるい。一般人のこっちは何も文句が言えなくなってしまう。

 俺は、大きく溜め息を吐いて、陽介さんの後に続いた。

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