4章 第13話
大一番の撮影前の休憩。凛はロケバスで今仮眠を取っていて、俺は陽介さんと玲華と雑談をしていた。
2人とも、衣装の上からベンチコートを羽織っている。長野の冬は早い。もう都内でいうところの、1月くらいの気温だ。長時間の外の撮影は結構しんどいものがある。もちろん、見ている俺も、他のスタッフさんも。
「さて、いよいよだね」
玲華はワクワクしているようだった。
「私とリンのガチンコバトル!」
「"優菜"と"沙織"の、だろ」
俺は何んとなく訂正していた。
この2人の口論のシーンは長い。セリフも多い。大変なシーンなのはなんとなくわかっていた。
「セリフ覚えれたのか? 監督が一発で撮りたいって言ってたぞ」
陽介さんが楽しそうに玲華にプレッシャーをかけにいく。
しかし、玲華は全く動じない。
「私、これまでNGなしなんだけど? 誰かさんと違って」
ふふんと陽介さんに笑いかけて言った。
実は、後半になると陽介さんもちょくちょくNGテイクを出していた。セリフが飛んでしまったり、動作の順序を間違えたり。彼も人間なのだなと安心した時だ。
「悪かったよ! 女子高生と手繋いだりするのはさすがに俺でも緊張するの!」
「え、キモ。私達のことそういう風に見てるんだ⋯⋯」
人気俳優の対しても、玲華の対応は冷たかった。じとっとした視線を送って三歩ほど離れている。
「だーっ、違うっての!」
陽介さんが頭をがしがし掻く。
仲良いな、この2人。結構良いコンビなんじゃないかと思う。
「でも、なんか触っていいのかなっていう気持ちにはなる」
その言葉を訊いて、玲華が更に軽蔑した視線を陽介さんに送りつつ、二歩下がる。
「そういう意味じゃなくて! なんか拒絶されそうな気になるんだよ。特にRINちゃん」
「あー⋯⋯まあ、多分心では拒絶してるからね。私もだけど」
「うっわ、ひでぇ」
若手イケメン俳優、作中ではタラしまくりなのに、リアルでは年下の玲華にあしらわれている。きっとメイキング映像でこの光景を撮られていたら、陽介さんのファンは激怒しそうだ。
「あ、ねえ。ヨースケ」
「んあ?」
「ヨースケが演じる"達也"に質問があるんだけどさ、いい?」
「なんだそれ」
「ヨースケじゃなくて、"達也"がどう思ってるか聞きたいの」
「難しい事言うな。俺じゃダメなの?」
「ダメ」
玲華の即答っぷりに、陽介さんは顔を歪めた。
「で、なんだよ。答えれることなら答えるぞ」
「じゃあ訊くけど、実際"達也"って、"優菜"と"沙織"、どっちが好きだと思う?」
「台本関係なしでってことか?」
「そう。台本関係なしで、今の"達也"として」
今の"達也"、とは、現在の撮影シーンを経てきた中で、ということだろう。ほぼほぼ"優菜"と"沙織"との絡みに関しては、時系列通りに撮影しているので、まだ"達也"はクライマックスを知らない。
「俺は幼馴染ツンデレが好きだから"優菜"派」
「だから誰もヨースケの好みは訊いてないっての」
人気若手俳優の山梨陽介を一瞬で斬り捨てる玲華。なかなかの肝っ玉の強さである。
「未来を知らない、現時点での"達也"ってこと?」
「そう。今この瞬間の"達也"だったらって話」
「うーん⋯⋯そんな事考えた事なかったな」
陽介さんはそこで考え込んだ。
玲華が訊きたいのは、やはり前に言っていた話だろうか?
"優菜"と"沙織"のキャラ設定はともかくとして、今回の映画は原作に忠実なストーリーだ。"優菜"と"沙織"、それぞれに発生している出来事なども原作通り。だからこそ、玲華は"達也"に真意を訊きたいのかもしれない。
「そうだな⋯⋯主人格である俺の好みを差し引いて、これまで起こった事、経験した事だけで判断すると、たぶん"沙織"を好きなんじゃないか?」
「⋯⋯だよね」
ふう、と玲華はそこで溜め息を吐いた。
驚いた。"達也"を演じている陽介さんもその発想になるのか。
「陽介さんはなんでそう思ったんですか?」
思わず、俺が訊いてしまった。
「そうだなぁ⋯⋯」
そこで、また陽介さんは顎に手を当てて考え込んだ。
「映画だから余計にかもしれないんだけど、過去の描写がなさすぎるんだよ。幼馴染感というか、もっと子供時代にこんな出来事が~っていうのがあれば、あーそりゃ"達也"は"優菜"の事好きだわなぁってなるんだけど」
なるほど。過去の描写か。
原作ではそのへんどうだったかな⋯⋯いまいち覚えていない。
「ただデフォルトで幼馴染ポジションにいて、幼馴染として仲良かった"優菜"をあくまでも俺が"達也"でいる間に好きになる要素が少なかったっていうか。だったら、ぐいぐい来てて分かりやすい"沙織"のほうを好きになると思うよ」
あくまでも俺が演じている間の3人の関係ならね、と陽介さんは付け足す。
陽介さんが引っかかるところは、幼馴染モノならよくある事だ。デフォルトで幼馴染というポジションにいるが、その幼馴染とどんな絆があって、どんな想い出があるのかを語る作品は少ない。幼馴染であればそれだけでいいと思っている作者が多いのも事実だ。
でも、人間の感情は本来、そんなポジションだけで決まるものではない。その人との関係性は、想い出の濃度こそ大切だとも思えるのだ。共通の想い出がない幼馴染を幼馴染と言えるのか、というと、それはそれで結構怪しい。
陽介さんが言いたいのは、おそらくそういう事だろう。
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