4章 2人の戦い
4章 第1話
今日から撮影だ。と言っても、俺は放課後からほぼ冷やかし同然の立ち位置で、参加することになっている。
凛は、結局今日は学校を休んでいた。
最初は昼に早退すると言っていたが、初日のプレッシャーやヘアメイクの時間などを優先するために休む、と連絡がきた。
俺はさすがに休むわけにも早退するわけにもいかないので、やきもきしながら授業を受ける羽目になっていた。しかも、凛が授業から遅れた分を教えなければならない為、授業もしっかりと受けなければいけない。これはこれで大変だった。
ようやく授業が終わったかと思えば、今度はダッシュで撮影現場まで向かう。
我ながら忙しない1日だ。これから撮影が終わるまで毎日こんな日々なのかと思うと、憂鬱な気持ちになってくる。
撮影現場に着いて陽介さんにLIMEを送ると、ロケバスから出てきて出迎えてくれた。
「お、いたいた。お疲れ。学校どうだった?」
「いつも通りですよ。何の変哲もない田舎の高校なので」
「んじゃ、まあこれから非日常を味わいなよ」
そんな軽口を交わして、彼からスタッフパスを受け取ると、パスを首かける。これで、俺は陽介さんの雇ったバイトという事だ。何の業務で何を頑張るのかもわからないが、変なミスだけはしないようにしないと。
「今、撮影どうなってます?」
「ああ、RINちゃんが学校休んでくれたお陰で、だいぶ前倒しでスタートできてるよ」
俺が聞きたかったのはそういうことではないのだが、まあ俺の訊き方も悪かった。
「凛の演技、怒られたりしてませんか?」
「いやぁ⋯⋯」
すると、陽介さんが言葉を濁す。
やっぱりダメだったのか。そう思った瞬間⋯⋯
「あの子も天才だね」
「え?」
「俺がイメージしてた”沙織”とは全然違うけど、監督がいつになく上機嫌だったよ。撮影もNG無しで順調に進んでる」
陽介さんのその言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。彼女の演技が認められたのは、何だか自分の事の様に嬉しい。
「なるほど、これがショーくんの心境かぁって思いながら俺も撮影を楽しませてもらってるよ」
心臓に悪い軽口を叩いてくる。
そのまま陽介さんがロケバスまで案内してくれて、スタッフさんや陽介さんのマネージャーさんに紹介してくれた。
地元の高校生をなぜスタッフに? という怪訝そうな目を向けられたが、陽介さんが『あ、この子俺のお手本だから』と言って、余計に混乱を招いていた。
制服だと悪目立ちするから、と陽介さんのマネージャーがスタッフ用の上着を貸してくれた。背中に大きくSTAFFと書いてあるので、わかりやすい。明日からはジャケットかパーカー等上着だけでも着替えを持ってきた方が良さそうだ。確かに、制服の上着だと目立つ。
大体の挨拶が済むと、今度は陽介さんと撮影現場に向かった。
今はちょうどシーンの移動中で、スタッフさん達があくせくと動き回っている。レールに乗せたカメラや照明・音響機器などを確認していたり、犬飼監督がスタッフにあれこれ指示を出したりしていた。
素人の俺にはさっぱりだが、とりあえず陽介さんにくっついてペコペコと頭を下げていた。
「あ、じゃあ俺この後のシーンあるから。邪魔にならないようにだけ気をつけといて」
そう言って、陽介さんはメイクスタッフさんがいる場所に向かう。メイク直しをしてもらうらしい。
どうしたものかと思ってキョロキョロしてると、入れ替わるように陽気な挨拶が飛んでいきた。
「ハーイ、ショー♪」
「よっ、玲華。お疲れ」
ちょっとホッとした。この場に1人で取り残されるのはなかなか辛いものがある。
「今来たの?」
玲華は本日もバッチリとメイク状態。プロのメイクってナチュラルでも全然普段と違うから、雰囲気の違いに驚く。
「ああ」
「ショーもすっかりスタッフさんだね。あはは、似合ってなーい」
スタッフ用の上着を見て笑う。
いちいち腹が立つやつだ。
「うるさいな。で、撮影はどんな感じなの」
「ノープロブレムって感じかな? やっぱりリンはすごいね」
感心したように頷いている。
陽介さん、玲華ともにこういう反応をしているということは、きっと凛の演技はとても良いのだ。俺の目に狂いはなかった。
「凛は?」
「あっち」
玲華が指差したほうを見てみると、凛がいた。今は犬飼監督と話しながら、メイク直しを立ちながらしている状態だ。メイクスタッフさんが、ぽんぽんと肌をマットで整えている。
「今は話しかけないほうがいいね」
それは見てればわかる。というか俺みたいなよくわからないスタッフが犬飼監督に近づいちゃいけない。
「今日は”沙織”のシーンが多いからリンは忙しいと思うよ。演技が監督の好みにハマってるから進みも早くて」
「へえ⋯⋯すごいな」
「というわけで、私すごく暇なんだけど、演技の練習でも付き合ってよ」
「いやだ」
「どうして?」
「昨日凛に秒で練習相手クビにされたから」
「あははっ、あのリンがそう言うってことはよっぽどひどいんだね」
「うるさい。俺はただの高校生なの」
そんなバカなやり取りをしていると、そろそろ撮影が再開しそうな雰囲気だった。
「もうちょっと近くで見る?」
こくり、とうなづくと、玲華について撮影場所に近づいていく。
監督の背後に位置する場所にいくと、撮影現場の臨場感がビシビシ伝わってきて、こちらまで緊張してくる。
たくさんの大人達、たくさんの撮影班、そして何台ものカメラが、凛と陽介さんに集中している。
こんな緊張感の中、演技をしているのかと思うと、やっぱり凛も玲華も別次元のように思えた。
カチンコを鳴らして、撮影が始まる。
すごい、よく見るメイキング映像そのまんまだ。などと、感動した。
今回のシーンは序盤の”達也”と”沙織”が偶然会って、2人で散歩しているシーンだった。
”沙織”は”達也”と会えたことが嬉しくてたまらない、でもそれを必死に隠しているという健気さを見せていて、一方鈍感な”達也”はそれに全く気付く様子がない。
『今日はどこかにお出かけ?』
”沙織”が訊く。
『ああ、このあとは優菜と買い物にいくんだ。靴を買いたいってうるさくて』
”達也”がそう答えると、”沙織”は一瞬だけ傷ついた表情を見せて、言葉に詰まらせた。
『あ、そうなんだ⋯⋯』
決してわざとらしい表情の変化じゃない。自然に、日常に見せるであろう表情。そんな細かさが凛の演技にはあった。
『達也くんは、その、優菜さんと付き合ってたりする?』
自然に、ちょっと躊躇しながら訊いてみた、という女の子を演じている。
『はあ!? 優菜と? ナイナイナイ! 幼馴染だから、あんなの』
すると、一転して”沙織”は笑顔になる。
『あ、幼馴染なんだ! ⋯⋯よかったぁ』
語尾のよかったぁ、はとても小さく心の声を漏らすように言った。
表現が細かい。演技ではなく本当の仕草に見える。
『ん? なんて?』
『な、なんでもない、なんでもない!』
焦って否定する”沙織”。その焦った表情も演技さがない。”沙織”は少しだけ”達也”の前を歩いて、くるっと後ろを振り向いた。
2人はそこで立ち止まる。
『ねえ、今度私もどっか連れてってよ?』
『え? 沙織と? どこか行きたいところあるの?』
『えっと⋯⋯それはまだ決まってないけど』
照れたような表情になる。
『ん? いいけど、どこか決めておいてね』
『うんっ、わかった!』
そして、すごく可愛らしい笑顔を見せる。
これは⋯⋯なんだか腹が立ってきた。なんで陽介さんにそんな笑顔見せてるんだ。ちくしょう。
「はい、カット!」
スタッフさんの声が入って、演技が中断される。
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