3章 第2話 玲華の狙い②
それからすぐに撮影は再開された。
今回撮影されている映画『記憶の片隅に』は、少女漫画が原作の実写版だ。主人公"達也"と達也と恋人未満友達以上の幼馴染"優菜"がいて、そこに"達也"に好意を持つ"沙織"が現れた事で関係性が変わっていく、というありがちな話だ。
ストーリーは、純愛・青春もので、二人の女の人(優菜と沙織)が一人の傷ついた男性を巡って様々な物語を繰り広げるというもの。
(なんかで見た事あるんだよな、このストーリー⋯⋯)
台本を見て、既視感を覚えた。しかし、記憶を思い起こしてみるが、該当しない。でも、俺はどこかでこの作品に見覚えがあった。
(まあ、いっか⋯⋯)
雑念を振り払って、意識を撮影に戻した。
今のところ、玲華のシーンも、玲華以外のシーン(さっきのサヤカちゃんという人を除いて)も順当に上手くいっているようだった。
玲華とサヤカちゃんという人は、新人枠だそうなのだが、それ以外の俳優はテレビで見た事がある人達だ。きっと、純哉に言ったらすごく羨ましがらることだろう。
ただ、こっちも田中の雇ったバイトという扱いなので、下手なことはできない。ミーハー魂は封印して、撮影を見守っていた。
というか、はっきり言って、すごい。何がどうすごいかと言うと説明ができないのだが、こう⋯⋯撮影の緊張感が凄まじい。
ピリピリした空間、監督の怒声、カットの声の響き。思わず、こちらが呼吸するのも忘れてしまう。うっかりくしゃみなんてした日には殺されてしまいそうだ。
凛と玲華がいた世界は、あまりに自分と住んでいる世界とは異なる空間だった。同じ年数しか生きていないのに、積んでいる経験があまりに異なる。
2人にとっても女優業は過去に経験がないそうだが、それでも、こういう世界にいたことには間違いない。ただ勉強しかしていなかった自分、そして勉強すらしていない今の自分に、すごく嫌気がした。
確かに俺は芸能人とかは無理だけど、それでも、彼女達ともう少し肩を並べられる程度の存在にならないといけないのではないか。
この光景を見ていると、そんな事を考えさせられてしまった。つくづく自分が普通以下な奴だな、と自覚してしまったのだ。
そして、どうしてこの二人は、そんな普通以下の俺を見ているのだろうか。本当に意味がわからなかった。
ふと、横で撮影を食い入るように見ている凛を盗み見る。彼女はこの光景についてどう思ってみているんだろう? 自分が演じていたかもしれない役と、その撮影現場を見ながら、何を考えるんだろうか。
撮影が再開されてからは、基本的に喋ってはいけない。というか音すら下手に立てられない。雑音を拾ってしまえば、それだけでその素材は使い物にならなくなる。見学させてもらっている立場で邪魔してしまっては、元も子もない。とにかく、息を潜めて見守った。
凛は、玲華や他の人達の演技を食い入るように見ていた。
自分がそこにいる姿を重ねているのだろうか。それとも、芸能活動をやめた事を、後悔しているのだろうか。
凛の横顔からは、何も読み取れなかった。
そこでカットの声が入り、一旦撮影は終了。
今から1時間ほど休憩を取るそうだ。
「ぷはぁ、疲れたぁ」
玲華が、ぐったりとしながら現れた。
「お疲れ様。やっぱり玲華はすごいね。私じゃ優菜をあんな風に演じられなかったと思う」
凛は、素直に感心している様子だった。感心しつつも、少し諦めにも似た笑みを浮かべていた。
「⋯⋯まあね♪」
玲華は一瞬、ほんの一瞬だけ表情を曇らせた。
凛は知らないのだ。監督がこの″優菜″を求めていたのではなくて、凛が演じる″優菜″を求めていたことを。そして、玲華もそんな凛に劣等感を感じながら、作り込んだということを。
玲華が監督に役作りを変えないと直談判したのは、きっと玲華なりのプライドだ。凛に屈しないように、劣等感を持たないように、彼女は自分を貫いている。
もし、玲華が役作りを練り直して、監督が求めるように、凛に寄せていたならば⋯⋯きっと玲華が凛への劣等感に苛まれるようになっていたのだろう。
東京で偶然再会した時に、玲華は凛をとことん罵った。
その罵った相手と比べられている事を、劣等感を感じなければならないことを、きっと玲華は許せないのだ。
それを感じるくらいなら、降りる。
玲華が監督に提示した意思は、彼女なりに自分のプライドを守るためのものだったのかもしれない。
「ほら、ショーはどーなのよ」
「どうって、なにが」
「 私の素ン晴らしい演技を見た感想」
「すごいと思うよ」
「それだけ?」
「演技のことはわからないって。でも、素直にすごいと思ってる」
「ほー? つまらん」
君はとことん芸の才能がないねえ、と玲華は呆れたように両の手のひらを空に向けて肩をすくめた。
そんなもの、あるわけがないだろう。
あったら、俺は凛や玲華に、こんなに劣等感を感じているわけがないのだから。
何も無い自分が、本当に嫌になる。
いや、そうではない。
何も無いのに、こうして彼女達の隣に立っていていいのか、不安になるのだ。
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