2章 第14話 不運は重なる
祝日の朝⋯⋯今日は祝日だが、午後からは学校で文化祭の準備がある。午前中は特に予定もないのだが、よく眠れず、浅い眠りのまま目覚めてしまった。
眠りが浅い原因は明白で、勿論玲華の存在だ。
彼女は今、この町にいる。それがどうにも落ち着かなくて、どこに襲撃者がいるかわからないような、そんな恐怖感がある。
一年前より少し大人っぽくなった彼女を見ていると、どうにも落ち着きがなくなるというか、心をかき乱される。もともと何を言い出すのか、やりだすのか想像がつかない奴である。それなのに、あんなに綺麗になられていたら⋯⋯やっぱり、どこかで意識してしまう俺がいて。凛と付き合っているのに、彼女の事が好きなはずなのに、こうして玲華の事を考えてしまっている自分が、本当に嫌になる。
台所まで行って、冷蔵庫からお茶を出して飲んでいると⋯⋯居間ではつけっぱなしにされたテレビから、例のCMが流れていた。REIKAが出ている、あのCMだ。
このCMに出ているREIKAと俺は過去に付き合っていて、昨日も会っていて⋯⋯本当に、冗談はいい加減にしてくれ、と言いたくなる。
そして何より冗談にしてほしいのは、こんなCM見たくないはずなのに、つい目で追ってしまう俺自身だ。
そんな自分自身が気に入らなくて、俺は大きな溜め息を吐いて、部屋に戻った。
自分の部屋のベッドで天井を眺めながら、ぼんやりと思い悩む。
凛、玲華、凛、玲華⋯⋯俺の中で2人が交互に現れては消える。
いつもはあっけらかんとしていて、強い凛。でも、本当は自分が超えられなかったライバルへの敗北感が付きまとっている。その敗北から逃げるようにこの地へ来て、俺と出会って、付き合うようになった。
そして、一方の玲華は、圧倒的な強者だった。
俺からしてみれば完璧な凛でも超えられなかった人。そして、俺の元カノ。かく言う俺もそんな彼女から逃げるようにこの地へ来たのだった。
俺と凛は2人で逃亡者として上手くやっていくはずだった。そう、上手くやれたはずなんだ。ここでのんびりと、純哉や愛梨もいて、四人で楽しくやれて、この高校生活を過ごすはずだった。
そこに、玲華が現れた。しかも、俺達が逃亡した先に。この地に。しかも、凛が逃げるキッカケとなった作品の役者として。本当に、何の冗談なんだと言いたくなる。
俺はいい。まだいい。
凛は⋯⋯これを知ったらどう思うだろう?
彼女の気持ちを考えるだけで、胸が痛くなる。
せっかくあれから立ち直りかけてきたのに。また、敗北感を味わうだけじゃなかろうか。
そんな風に考えていたのに⋯⋯昨日の玲華の態度はなんだ。まるで付き合ってた頃みたいに接してきやがって。
嫌でも彼女との時間を想い出してしまう。そんな自分が一番嫌いだった。
「あー、かったるい! アホか、くそ! なんでここなんだよ! 田舎なんて他にもいくらでもあるだろ!」
こんな場所をロケ地に選んだ犬飼監督を心から恨んだ。
ただ、部屋の中でモヤモヤしてたところで何も解決しない。
とりあえず、散歩だ散歩。
田舎のいいところなんて散歩していい景色が見れて心が洗われるくらいしかない。
そう思いながら、スマホと財布だけ持って家を出た。
◇◇◇
良い景色が見たい。
そんな事を考えながら、人通りの少ない林道を歩いていると、バンが何台か見えた。
不審に思って近づいてみると⋯⋯なんと、映画の撮影だった。
照明機材や大きなカメラが数台、そして発電機なども設置している。
まるでテレビで見る舞台裏映像のような光景だ。いや、まさしく舞台裏なんだけど。
勿論それは⋯⋯俺が今一番出くわしたくないもの──玲華の撮影──だった。
(なんでまたこんなところで⋯⋯嫌がらせか!)
俺は踵を返そうかと考えたが、ふと、そこで役者同士のやり取りも見えてしまった。その1人は玲華だ。男性と何やら言い合いをしているシーンらしい。
行かなきゃいいのに、自然と俺の体はそちらに向かってしまった。せめて表情が見えるくらいには近づいてみてみたい、と思ってしまったのだ。
少しずつ距離を縮めていき、辛うじて表情が見えるくらいには近づけた。撮影班の人達には、まだ気づかれていない。
玲華の真剣な表情や演技は見えた。
彼女の演技力は、プロさながらだった。普段テレビドラマで見ているような役者のような演技。
(玲華⋯⋯お前は、こんなにも⋯⋯)
自分が過去付き合っていた人とは思えない。いや、昨日会っていた人と思えないような、〝女優〟がそこにはいた。
(⋯⋯帰ろう)
やっぱり、見るべきじゃなかった。自分が挑んでいた人の凄さが、そして自分の矮小さが見えた。
俺は別に芸能人じゃない。ただ、釣り合わなくて逃げただけだ。でも、それでも、自分が小さく見えて仕方ない。そして、そんな矮小な自分に呆れる。きっと、同じ芸能人という立ち位置では、凛はもっとこんな感情を抱いていたのだろう。
俺達が挑んだ敵は、あまりにも強大だったのだ。
玲華の演技を少し見て、やはり見なければよかったと思った。
自分が、そして、凛が惨めに思えてならなかった。どうしたって、俺達はこんな想いをしなければならないんだ。
せっかくの清々しい朝なのに、散歩に出てしまったがために、落ち込む羽目になる。これなら、家でモヤモヤしていたほうがマシだった。
そう思って、林道を下る。
下っていると、スマホがいきなり鳴った。
「はい、もしも──」
『ハーイ、ショー♪』
咄嗟に出てしまったのがミスだった。玲華だ。
「⋯⋯なに」
林道の中なので、あまり電話が良くない。ブチブチ言っている。
『さっき撮影場所にいなかった? うっすら君らしい人が見えたんだけど』
こいつ、どんな視力してやがんだ。と思ったが、俺も玲華の顔が見えるくらいまでは近付いていたので、視界の片隅に捉えられていたのかもしれない。
「⋯⋯気のせいじゃないか?」
『そう? じゃあ、後ろ見てみてよ』
嫌な予感がしたが、後ろを振り向くと、林道の上のほうに玲華らしき人物が見えた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
『休憩、付き合ってよ』
そう言って彼女は電話を切った。
玲華がこちらに向かって歩いてくる。そのまま逃げるわけにも行かず、結局俺は元来た道を戻ることになった。
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