1章 第16話 私服と警棒

 三日後の日曜日、俺達は朝十時に駅前に集合する事になっていた。

 天気は回復して、すっかり晴れ渡っている事に安心した。せっかく遊ぶのに、雨だと気分も滅入ってしまうところだ。

 愛梨を待たせるとうるさいので、なるべく早めに行っておこうと十分前に待ち合わせ場所に行くと、一番最初に来ていたのはやはり純哉だった。駅員が数人いる他は、俺達の様な学生がちらほらいる程度で、殆ど誰も居ない閑散とした駅。小鳥の歌声だけが静かなBGMとして流れていた。

 よう、と純哉に声をかけると、おう、と返してきた。その後に彼は大きなあくびをした。


「寝不足か?」

「当たり前だ! 緊張して眠れるわけがない!」


 昨日は緊張のあまり眠れなかったらしい。デートじゃあるまいし、何を緊張してるんだか。

 そう突っ込むと、「RINと遊べるんだぞ! これがどれほど光栄な事か!」と怒鳴られた。

 そうか……普通はそうなのかな。俺は凛に対して全くそういった先入観が無いから、そこまでの感情を抱けないんだけど。でも、もし自分の好きな芸能人と遊べるとしたら、俺もそんな風に緊張するのかもしれない。


「今度、RINが載ってる雑誌貸してやるよ。中学時代のも揃えたから」

「中学からモデルやってたのかよ」

「確か最初は中高生向けの雑誌でデビューしたんだけど、凛ちゃんって細いし大人っぽいだろ? だからあんまり若々しいのが似合わなくて、高校上がった頃には女子大生とかOL向けの雑誌に移ったんだ。すげーだろ」

「高一からそれって珍しいな」

「バカ野郎、珍しいどころか最年少だぜ!」


 最年少か。確かに、若干十五歳の子が二十歳前後の子に混じってるのって凄いな。


「お前はアレだ! 凛ちゃんに対して敬意がなさすぎるんだ! だから俺が貸す雑誌を熟読して凛ちゃんにもっと敬意をもって接しろ!」


 そんな事言われても。確かに敬意なんて欠片もないのは事実だけどさ。


「はあ……凛ちゃんて何であんなに大人っぽいかなぁ」

「そうか? 結構子供じゃね」


 あんまり俺は凛に対して大人っていうイメージを抱いたことが無い。どちらかと言うと、悪戯心で俺を振り回したり、愛梨と結託してからかってきたり、俺がRINの事を知らなかった件についてまだチクチク嫌味を言ってきたり……ちょっと幼いイメージが強い。


「お前って奴は……」


 純哉は呆れた様に溜息を吐いて、拳を握った。


「殴っていいか?」


 なんでそうなるんだよ。


「凛ちゃんは……どういうわけか、お前と居ると子供っぽくなるんだよ。嘘だと思うなら、もっと凛ちゃんをよく見てみろ。ほかの奴と接している時の凛ちゃんをだ」

「……わかった」

「それでもわからなかったら眼球取り出して漂白剤で濯げ」


 物凄く痛そうだな。ただ、純哉の言う事ももっともで、俺はあまり自分以外といる凛を見た事が無かった。敢えて見ない様にしていたとも言える。

 凛はほかの人と話している時でも俺と目が合うとこちらに微笑んで、目で『なに?』と訊いてくるのだ。それがなんというかうれしくもあり気恥ずかしくもある。周りの目も怖いし。

 だから、敢えて凛には視線を向けない様にしていた。こんな事を言えば、純哉にまた殺されるので黙っておくけども。


「お待たせっ」


 そうこうしていると、凛と愛梨がやってきた。

 二人は待ち合わせ時間ちょうどだった。


「おおおお! 凛ちゃんの私服!」


 いきなり純哉のテンションが凄く上がる。

 今日の凛の服装は、胸元にたっぷりドレープがあるカジュアルなローウェストの紺色長袖ワンピースに、黒タイツとパンプスだった。確かに、最近見慣れている制服姿と比べると、かなり大人っぽい。大学生みたいだ。

 一方愛梨は、長袖の黒いTシャツにピッタリとフィットしたジーンズ。一見地味な組み合わせだが、愛梨の身体にフィットしている分、くっきりと身体のラインが浮き彫りになっていて、なかなか色気がある。こう見ると愛梨も結構イケるんだけどな。


「あ? 何見てんだよ」


 如何せん、性格がこれだから素材を無力化してしまっている。

 こいつもある意味残念な奴だよな。こんな事言ったら殺されるんだろうけど。


「今日は凛と合わせなかったんだな」


 ぽそりと言ってやると、愛梨は黙ったまま笑顔で鞄の中から伸び縮みするタイプの警棒を取り出した。


「ちょっ、待て待て待てーいっ! 何て物騒なもん持ってんだよ!」

「あんた等の頭をかち割る為……っていうのは嘘で、人が多いと何があるかわかんねぇだろ」


 凛をちらりと見て言う。

 ああ、凛を守る為に持ってきたのか。何気にそういう気は回るんだな、愛梨って。今まであまりに自由奔放だったから知らなかった。


「そんなに気を遣わなくていいのに……」


 凛は苦笑していたが、念には念をでいいだろう。剣道有段者の愛梨に警棒を持たせておけば怖いものは無い。その凶器の矛先がこちらに向く可能性がある危険を除けば、だが。今日は愛梨には逆らわないでおこう。


「よっしゃ! じゃあもうすぐ電車くるから駅入ろうぜ」


 純哉の呼びかけに俺達は頷き、駅の改札へと向かった。

 田舎の電車は二十分に一本しか電車が無いのだ。

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