1章 第7話 よくある朝⋯⋯のはずだった

 翌日の朝、いつも通り登校した。

 でも、気分はどんよりで最悪だった。失恋という感覚なのだろうか。脱力してしまって何のやる気もでなくて、でも心の中は木枯らしが吹き抜けた様に寒い。俺は一体何に期待していたんだろうか?


「なーに湿気たツラしてんだ、男のくせに」


 口の悪い女子が、あからさまに呆れた表情を作って話しかけてきた。正直今の気分では相手にしたくない奴だった。

 そこには、この学校では比較的目立つ女性がいた。彼女は、ピンクベージュの髪を腰まで伸ばしており、ツーサイドアップにしていた。長い襟足はコテでゆるく巻いて、巻いた部分は肩から胸元へ流している。前髪は目にかかるくらいのラインで、サイドは顎のラインで切りそろえてある。そして、鈴の髪飾りをツーサイドアップの結び目につけていた。


(あれ、そういえばこの髪型どこかで見たような⋯⋯)


 一瞬思うが、とりあえず今はそんな事はいい。彼女は宮里愛梨みやざとあいり。スタイルやルックスは良い部類に入るのだが、性格にかなりの問題があって、とにかく怖い。どうにもこうにもドがつくサディスティックな性格の持ち主で、ことある毎に俺や純哉を虐めてくる。声も低くドスが効いていて、動作の一つ一つに貫禄があって怖いのだ。たまに意味なく舌打ちするし。

 反抗しようものなら、『あぁ?』の一言で蛇に睨まれた蛙状態である。元ヤンかと訊いたら、無言で睨まれた後、「な訳ねーだろ?」と、とても明るい笑顔で言われた。心身共に凍り付いたのは言うまでもない。

 愛梨も俺や純哉と普段から絡んでいるのだが、どうしてこんなメンツが集まったのかはわからない。何となく連む様になっていたのだ。


「男か女かは関係ないだろ。それ言うなら、お前はもっと女らしくしろよ」


 思った事を言ってしまった途端に後悔する。喧嘩を売ってどうする。


「あ?」


 冷たい笑顔を作っておられる愛梨サンがそこには居られた。


「何でもないです⋯⋯」

「よろしい」

「はぁ、何なんだよもう」


 こっちのムードもちょっとは考えてくれ。俺は今そういう気分じゃないんだ。


「あんまり虐めてやんなよー、愛梨」


 クラスメートの斎藤が見かねて助け舟を出してくれる。


「あ、斎藤! 彼女できたー?」


 愛梨が作ったのが丸わかりな明るい笑顔で、助け舟を出してくれた斎藤に切り返す。ひくっ、と斎藤の表情がひきつった。


「できるか! 昨日もそれ訊いただろ! てか二学期始まってから挨拶がそればっかだろ!」

「ワザとに決まってんだろ、童貞」


 真顔に戻って冷徹に切り返す愛梨。酷すぎる。

 斎藤はワナワナと震え上がってるが、言い返すだけ被害が増すので怒りを何とか我慢しているようだ。結局何も言い返すことなくしょぼくれて撤退していった。

 ちなみに、愛梨がこうして俺やクラスメイトへの攻撃が激しいのは理由がある。どうやら夏休み中に彼氏に振られたらしいのだ。その腹いせというか完全な八つ当たりで俺らは毎日言葉の暴力を浴びせられているわけである。


「あれ、そういえば純哉は?」

「さあ? 事故って死んだんじゃねーの」


 愛梨が答える。それは酷過ぎるから。

 その時である。ガラッと教室の扉が開かれ、純哉がそこにはいた。


「おー、皆もう来てたか。早いな」


 純哉がこちらを見て言った。ちなみに今は一限目の二十分前だ。比較的早くそろった方だと言うべきだろう。特に俺と純哉は遅刻が多いし。


「あ、翔。そういや香田にお前見かけたら職員室呼べ言われたんだけど、お前なんかやったの?」


 香田とはうちのクラスの担任だ。

 最近は遅刻もしてないし課題もちゃんと出してる。呼び出される用事はないはずである。


「え? いや、特に何かしたつもりはないけど」

「なんか急ぎみたいだからすぐ行った方がいいぞー」

「わかった」


 そう応えて、俺は職員室に急いだ。

 大した用事がなくても職員室に行くのは、あまり気分の良いものではない。その中でも、身に覚えもなく呼び出されたパターンは一番嫌だ。良かったことの試しがない。

 廊下を歩いている最中、夏休みやこの二週間の自分の行動を思い返しながら廊下を歩く。自分が思うに、何もやらかしていないはず。全く身に覚えがない。

 不安を覚えながら職員室の引き戸を引くと、何だかいつもと違ってややざわついている。先生方に落ち着きがない。

 担任も見あたらないのでどうしたものかとキョロキョロしていると、


「おー、相沢くん! 待っていたよ」


 教頭が話しかけてきた。

 というか教頭と話したことなんて一度もないのだけど、何で俺を知っているのだろうか。


(あ、去年転校してきたからか)


 転校生というのは何かと名前を覚えられるから嫌だ。


「香田先生に呼ばれたんですけど、先生は」

「ああ、知ってる。校長室に行ってくれ」


 校長室? そんなとこには入った事もなかった。俺は一体何の疑惑を保たれているのだろうかだ。

 教頭に連れられて職員室の奥にある校長室に入れられる。

 なんだ、一体なんだ何で俺はこんなとこに呼ばれたんだ? 逃げ出したい……究極的に逃げ出したい。


「……失礼します」


 一応、一礼してから入る。

 そして、入ってから目に入ってきた光景は、豪勢な室内やトロフィーや歴代校長の肖像画──ではなく、俺を思考停止に陥らせるものだった。


「翔くん、おっはよー!」


 そこにいたのは、校長とクラス担任の香田……そして、うちの学校の制服を着て、にこにこしている雨宮凛だった。

 俺の日常が壊れる音がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る