第15話 The Door into Summer 試される大地へ③
「…………うううっ、つらいっ」
「さ、寒いねぇ……」
【試される大地ッ!】【ほんまに試されてて草】【負けそう(¥10000)】【草】【チェリーの鼻聖水が】【何そのパワーワード】【言い値で買おう】【チェリーの鼻水:プライスレス】
【東京じゃ初夏でもこっちじゃ最近雪とけたばっかだもの】【ヒェ……】
大満足の南幌温泉をチェックアウトをし、わたしたちは空知地方をさらに北上している。
目指すは旭川。北海道のど真ん中にある都市で、周囲には富良野や美瑛と言った定番観光地にアクセスしやすい。
旭川自体も、旭山動物園という注目度が日本でトップクラスの動物園があるし、旭川ラーメンという名物もある。
まあでも現地でどこいくかってのは一切決めていないけどね。
近づいたらアンケを取るから。
それはいいんだけどさ……とてもさむい。
肌を切るような~なんて表現があるけど、まさにそれ。
一応出来る限りの防寒対策はしてきたつもりだ。
バイクに乗る以上当然だし。
ましてわたしは女でパワー不足。
お姉ちゃんはいわずもがな。
コカしたら最悪JAF呼ぶもあり得る。
なので上は厚手のライダースジャケット。
フロントはシングルタイプで、ヒジとかが特に厚く加工されてる。
デザイン自体はお姉ちゃんとはお揃いで、わたしが黒でお姉ちゃんが白。
下はインナーに伸縮素材のロングスパッツを履き、ボトムスはデニムジーンズ。
足元はヒザ近くまであるブーツと重厚だ。
だけどヘルメットがジェットタイプに大きな風防付きなので、風を完全にシャットアウトできないんだ。
フルフェイスにしとけばよかったと本当に後悔している。
一応申し訳程度に首元にバンダナを巻いてるけど、うーん微妙。
お姉ちゃんはサイドカーだからフルフェイスにしてるからわたしよりはマシかもだけど。
いやしかし北海道舐めてたねぇ……。
これは旭川についたらモコモコ系の防寒着の購入も視野にいれるべきか……。
事前に調べたんだけど、6月の北海道の平均気温は20度前後らしい。
けどそれって札幌とかだけじゃないのかな?
北に行くほどに危険な気配が……。
それはそれとして、
「いえーーーーい!」
「いえ~~」
ピースである。
ヤエーである。
【でたヤエー】【ドヤ顔草】【チェリーほぼ顔見えてるからドヤ顔まるわかり】
【気にしない体でいるワイらを褒めて?】【そのバイザー目以外見えとるで】【シーッ】
【ワイもヤエーしたい】【ちょっとあこがれるよな】
ヤエーってのはバイカー同士のコミュニケーションの一つ。
バイクがすれ違いざまにピースサインを送ったりして「お互い道中気を付けて楽しみましょう。いい旅を!」的な意味を込めるって感じ。
英語でイエー! ってのはスペルとしては「YEAH!」なんだけど、誰かがスペルをミスって「YAEH!!」とやり、それがそのまま定番化して通称ヤエーみたいな?
バイク動画の先駆者様の過去の作品を勉強がてら見ているんだけど、このヤエーはみんなやってる。
なので北海道入りしてからはバイクとすれ違う度に必ずやってるんだけど、思ったより楽しい。
最初は恐る恐るやってみたんだけど、レスポンスがあると楽しい。
注意点は危ないヤエーはしないこと。
当たり前だけど、ご安全をとサインを出して、それで事故ったら本末転倒だしね。
例えばウイリーしたり両手を離したりとか。
後はカーブの途中では絶対ダメ。
そういうところに注意しつつ、バイクを見かけると必ずやってきた。
今のところ10勝1敗って感じかな。
負けってのはヤエー返しが無い時って意味。
まあ返ってこなくても懲りずにやっていこうっと。
「おっ、チェリーちゃんっ。道の駅はっけーん!」
「寒いけど……ソフトクリーム食べたい。それにおしっ……なんでもない……」
「チェリーちゃん……」
「…………ごめんお姉ちゃん」
【草】【お前いま何を言いかけた!?】【お兄さんに言ってみ?】【やめーや】
【そ、そりゃバイクで腹冷えたら出るさ(震え声)】【(¥50000)】【←無言で投げ銭草】
【時折素になるヒマD草】【姉より優れた妹なんかいねえんだよ!】
膀胱がパンパンなんだよぉ……。
寒いから余計に……。
リスナー騒ぎすぎだよ。
道の駅、いまのわたしにはオアシスだぁ。
そしてそそくさとバイクを駐車場にイン。
車は10台くらいしか停まってないけど、バイクが一台、わたしたちと同じタイプの色違いのがいる。
わたしはバイクを駐車すると、リスナーに「ここは湿原が有名らしい。だからひとあし先にお花を満喫してくる」と言い放ち、ダッシュでトイレへ。
こればっかりは仕方ない。
【お花を満喫? 摘みに行くだルルォ!?】【やめてやれ(¥10000)】【お前らはさっきから何に金を払ってんだよwww】【えー地元住人から伝達。この季節、まだ花は咲いてません】【裏切りの道民ワロタ】【草ァ!】
「……ふう。大自然の前では人間の存在なんてちっぽけなものだね」
【賢者タイム草】【つまりチェリーは男の娘だった?】【ガタッ】【←ホモは座ってろ】
【(¥30000)】【だから無言ニキwww】
トイレから戻るとお姉ちゃんがバイクの傍にいなかった。
周囲を見回すと、手にマックブックを持った銀髪ツインテールがとある場所にある行列の最後尾にいるのが見えた。
そっちに向かうと、どうやらカマボコをコンビニ惣菜の様に揚げたのを食べられるらしい。
わたしも一緒に並ぶと、お姉ちゃんがにへらと笑った。
「あー……お姉ちゃんが捕食モードに入っているのでこのまま並びますね。ん? ああ、許可はもう取ったのね。仕事早いね。さてリスナーさん達にここの紹介。ここは道の駅で”田園の里うりゅう”と言うそうです。売りは今並んでる、昔ながらの製法で作るかまぼこと、向こうに見えるソフトクリーム。地元の米を使ったコメソフトにかぼちゃ・ブルーベリー味がメインだって。いやー北海道はこの道の駅を巡っているだけでも楽しいかも」
【同意】【それな】【アクションカメラ視点だから自分が旅しているって錯覚できて超楽しい】
【わかる】【なーそろそろ誰かツっこめよ】【な、なんの事だよ(震え声)】【(¥50000)】【(¥50000)】【(¥30000)】【怒涛の投げ銭モード】【確変突入】
「あー、うん。ヒマD、それでいいの?」
「んー? だってマスクつけてたら食べ辛いし」
「そっかぁ……」
【ここに来て優れた姉説崩壊の危機】【普通に素顔だねぇ……】【くっそ可愛いんだが】
【下手なアイドルが霞む素人とかヤバない?】【食欲>身バレ】【腹ペコ系ヒロインか……ありだな】
【いやまてお前ら。前にヒマDが自分とチェリーは身長ととある部分以外ほぼ同じとか言ってたよな?】
【つーことはチェリー……チェリー様も?】【神 降 臨】【お前ら偉いぞ、とある部分スルーできたな】
「ヒマDが幸せそうで何よりだよ。まあお姉ちゃんだし色々諦めたよ。わたしもマスクしてないけどね。ヘルメットかぶってるけど」
【それただの強盗では?(迷推理)】【草】【言うてヒマD視点で見るとうっすら顔見えてるけどな】
【まま、ええわ】【というか慣れた】【それな】【眼福やしええんちゃう?】【ワイらの推しに新参が絡んで困らせたら囲みに行けばええし】【信者こっわwwwwwまあ先兵は任せろ】【草】【www】
いやーうちの登録者は常識人多くてうれしいね。
トイッターのDMも、昨日の自爆自分語り以降、脱ニートの先駆者として尊敬してます的なメッセージ届くし。
そんなつもりはないけれど、私生活が害されないなら何でもいいよ。
「はふっ、んん~~~~~ッ! おいひいよぉ……」
「…………」
なんでお姉ちゃん、ナチュラルに6個も買って1個だけわたしに渡したの?
自分が5個? お昼ご飯まだだよ!?
ダメだ、気にしたら負けだ……自分の事だけ考えよう。
ってこれ美味しいね。コーン揚げってやつ。うますぎる。
さてこの道の駅うりゅうだけど、雨竜郡雨竜町って言う住所にある。
凄い名前だよね。雨の竜だもの。かっこいい。
このすぐ近くにある北竜町だと、シーズンになれば一面ひまわり畑の迷路なんてあるんだって。
まあそれにはちょっと早いけれど。
で、なんでここに来たかって言えば、それはお姉ちゃんのナビが間違ったからだ。
基本的には携帯ナビゲーションをハンドルの間につけて、それで道を選んできたんだけど、南幌温泉を出るときに、お姉ちゃんが突然「自分がナビをしたい!」って言い出したんだ。
配信用PC以外にもタブレットも持ってきてるしね。それのマップを使ってナビをしたいってさ。
まあ配信にトラブルが無ければお姉ちゃんがすることは、投げ銭の際にコメントを拾って、色付きの定型文でお礼を打つくらいだから、退屈といえば退屈だったのかもね。
けどお姉ちゃんってどこか抜けてるところがあるというか……。
本来は旭川までの道は、岩見沢市から国道12号線に入って道なりに行くはずだったんだ。
けど滝川市内でコンビニに寄って、その後国道に復帰する際に、お姉ちゃんが自信満々で”この道をまっすぐ抜けるんだよ!”と言うからその通りに行ったのさ。
そしたら国道には入ったんだけど、そこは12号線じゃなくて275号線だったんだ……。
なので元のルートに復帰するには、ここから北に向かうと着く沼田町ってところから右に折れて深川市に向かって、12号線に戻るというルートを取らざるを得ず、かなり遠回りになっちゃったという事さ……。
まあナビ係はクビにしたけれども。
しょぼんとしてもダメだよ?
さてそんなお姉ちゃんはさらに買い足したカマボコの詰め合わせに挑むために椅子に座り込んだので、わたしは少し別行動をする。
一応お姉ちゃんの方に向かって手を振りつつ。
まあお姉ちゃんの視線は熱々のカマボコにロックオン中だけど、肩についているアクションカメラがあるからね。
リスナーには見えているだろう。
あと音声もピンマイクから飛んでるし。
これはお姉ちゃんが奮発した機材の一つで、プロが使う奴と同じ。
腰につけてる発信機が水に弱いって弱点はあるけど、音声はクリアに拾う事ができるし、マイク部分のノイズキャンセラー機能が凄いので、走行中でも聞き取れる優れモノさ。
向かったのは駐車スペース。
ここに入って来た時に気になっていたんだよね。
ピカピカの黒い大型。
わたしと同じハーレーだけど、こっちはウチのモデルよりもずっと最近に発売された、ロングツーリング用のフラッグシップモデル。
ウルトラリミテッド。大きくてかっこいい。
綺麗だけどあちこち手が入っていて、かなり乗り込んでいる気配がするんだ。
なのでどんな人が乗ってるんだろう? って思って。
こういうのも旅の出会いって奴じゃないかな。
「こんにちはっ」
「やあお嬢さん、こんにちは」
「あらあら、かわいらしいライダーさんですこと」
近寄るとそこには60歳は優に越えているだろう老夫婦がいた。
旦那さんは綺麗に白んでいる髪をアイビーカットでやはり白い髭はカイゼル。
奥様は小柄だけど昔はかなり美人さんだったろうって感じの上品な人。
彼女も白髪頭だけど、まるで映画のレオンに出てたナタリー・ポートマンみたいな髪型。
前髪パッツンでおかっぱというか。凄い似合っている。
「はい、初めて北海道に来まして。動画を録りながら姉妹で旅をしています。名前はえっと本名がリスナーに聞こえるとアレなので、チェリーと呼んでください」
「おお、それは素晴らしいな。私は前田という。家内は撫子だ。よろしくな、チェリー君。む、横のが君たちのかい?」
「ええ、前田さんのと同じモデルですが、年式が3年ほど前のです」
「いやー若い人がこのモデルに手を出すのは珍しいな。重たいがいい子だろう?」
「はいっ! 曲がるのが大変なのはハーレーの宿命ですが、長距離を走ると本当に素敵な子だってわかります」
「あらあら、どうしましょう。こんなおばあちゃんがカメラに映るなんて恥ずかしいわっ」
ご謙遜を。こんな素敵なおばあちゃまなんてそういないよ?
前田さん夫婦はにこやかに話しに応じてくれた。
お二人とも私立高校で長年教師生活をしていたようで、元同僚、つまり職場結婚だね。
同い年の二人は、定年と同時に隠居して、持ち家は息子さんご夫婦に生前相続させると、鎌倉に小さな家を買って、そこを拠点に全国を旅しているとか。
ハーレー歴も長く、40年以上乗られているって。
凄いなあ……。
とにかく仲良しなのが滲み出てて、話しているとくすぐったくなったよ。
教師時代もお二人それぞれの単車で通勤してたとか。
奥様はトライアンフ乗りだって。
うわーなんかお洒落な夫婦だねえ。こんな素敵な先生が担任だったら退屈な学校生活も楽しく思えるだろう。
わたしはそんなお二人と写真を撮り、連絡先を交換すると札幌方面に向かう彼らを見送った。
彼らは知床を見た後にそのまま北上し、右側に延々とオホーツク海を眺めながら稚内に入り、そこからのんびりと観光をしながら南下してきたという。
わたしたちの逆回りのルートだね。
ラインIDを交換すると、奥様が旅の途中で見つけた美味しいお店とか、ここは見ると良いって観光地を色々送ってくれたよ。
感激しちゃった。また旅先での出会いに恵まれたよ。
残り12日程度。
まだ旅は始まったばかりだけど、今までの音声を聞いていたのか、満面の笑みでブンブンと手を振っているお姉ちゃんを見つつ、わたしは密かにこの旅の終わりに、一つこうしようと目的を決めたのである。
ちなみに、ご夫婦との会話の時は、わたしの音声はリスナーに聞こえないようにしてたそうな。
理由を聞くと、「これは動画で使えるネタだもん。勿体ないよ~」だって。
さすが自称敏腕ディレクターだねえと呆れ交じりで関心したわたしである。
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