第6話 MoneyMoney


 きっかけとしては何となくだったけれど、自分じゃない何かになりたくて生配信を始めた。

 有料アカウントとしてチャンネルを立ち上げ、その上限いっぱいの初回配信。

 最後は時間切れで配信は勝手に落ちた。


 配信中は緊張もしなかった。

 自分が前もって考えていた、電波女というセルフプロデュースしたキャラを演じるのは爽快でもあったし。

 ただ終わってしばらくしてから、急に心臓がバクバクしてきた。


 それはまるで、路上でいきなり裸になるストリーキングを敢行したように。

 自分の恥部を余すことなく暴露したみたいな変な感覚だ。

 これは今まで感じたことがない感覚だ。


 放送の反響は結構あった。

 配信の先輩たちがまとめたサイトに従い、配信の宣伝用につくったトイッターというSNS。

 一応は配信の告知をしていたのだけど、それにハートマークが3000以上ついていた。

 リトイートという、つぶやき自体を引用する奴もほぼ同数。

 いわゆるバズったって奴なんだろうけど。


 目についた奴を読んでみると、どうやら匿名掲示板などで、配信とリアルタイムで拡散した人がいる様だ。

 それによると、純粋にチェリーってキャラを面白がっており、次が見たいと言う好意的な意見が割と多くてびっくりした。

 

 何というか顔は全部だしていないんだが、それでも見えている情報から色々な推測とか妄想なんかがされていて凄い。

 むしろオレがキャラを盛っているのに、ファンになったと宣言する人らの祭り上げているチェリーは別人の様にすら思えてくる。

 この本人も把握しきれない剥離が非日常感があり楽しかったりする。


 とは言え好意的な意見だけとも限らない。

 可愛いと言う人もいるが、”こいつは承認欲求の強いだけのメンヘラ”だと言う意見もあったり。

 でもそれで傷付いたり、ショックを受けたりとかはないな。

 だってこっちも作ってる訳だし、そもそも自分自身、この反響が「ちょっとおいしいぞ」と感じている所もあり、承認欲求はむしろ強いんじゃないかな?


 そうなると今後はオレ自身もこのチェリーという電波娘がどうなっていくのか楽しみだ。

 まあ批判的な意見があるってのは、むしろ良い事なんじゃないかな。

 10割称賛とかあり得る訳もないし、あったとしたらそれは怪しげな宗教だろう。

 でも悪態をつきながらも見ているってのは、リスナーって意味では立場は一緒なんだと思う。


 まあそうして、数日の時間を空けてまた放送をしてみる。

 今度はきちんと数度に渡ってトイッターで告知を入れた。

 管理画面を見ると、既に2000人くらいのリスナーが待ち構えていた。

 いきなり凄い数で一瞬目が泳いだが――まあ始めようか。


「チェリーの部屋はっじまるよ」


『お、きたきた』『わこつ』『初見です』『マジで美少女ぽい……ぽくない?』

『いきがい』『おーええやん』


「なんかいきなり2000人越えてるけど。怖いんだけど」


『ワイらが宣伝したからな残当』『お、Jか?』

『ななちゃんでスレ建ってたゾ』


「スレ? わかんないな。とにかく来てくれてありがとう」


 スレってのは掲示板だよな?

 と言っても完全に見切り発車。

 やる事も特に考えていない。

 

 そう言えば、昨日かな。いきなり身内にバレていた。

 姉であるひまわりからのメールで『さくらちゃんなにやってるの?』だって。

 トボけたけど。

 一応返事はしたが。世界には3人ほど自分に似た人間がいるらしいってメールで。


「えっと、トイッターに質問がいっぱいあったので答えるよ。えっちな奴は無理。仕事して風俗いって」


『ヌッ……』『この中に職人様はおりますか? えっちの部分といっての部分を編集してください』

『辛辣で草』『もっと罵って』『やべえのばっかおる』


 トイッターで思い知った。

 エロいのがホント多いんだ。

 オレも元男だし、それは理解できるけどさ、

 まさか自分がそういう目で見られるとは想像もしてなかったけど。

 まあだから、そんなの織り込み済みなのだ。


「えっと年齢……は高校生以上社会人未満だね。体重はさっき計ったら40キロだった。胸が小さいですねとか言ってきたやつは死ねばいい。恋人はいますか? いたらこんな事やってない。結婚してください? 人生の墓場に入りたくない。えっと質問はこんな感じで。お前ら暇なんだね。びっくり」


『胸気にしてて草』『恋人いないとか実質俺らやん』『嘘だぞ絶対いるぞ』

『人生の墓場とか辛い。嫁と離婚します』『自慢乙』『草』


 こいつらリアクション早いな。

 しかしオレの何が面白いんだろう?

 何言ってもリアクションするのか?

 ならば……。


「これから反社会的な事をします」


『いきなりテロ予告』『なになに』『謎のイキリはじまた』『草』

『なんや胸に詰め物でもするんかwww』『なにそれみたい』


「おまえ。えっと、ヌメヌメって言うの? その口縫い合わせるぞ」


『真顔草』『wwww』『正体表したね』『マジのトーンしゅき』

『地声可愛くて草』『き、希少価値だから(震え声)』『ヌメヌメニキ名前呼ばれて羨ましい』


 なんだよ胸はいいだろ別に。

 いや中身男としての感性は変わらんのだけど。

 なんかこう胸に関してはアイデンティティを攻撃されてるみたいでイラっとする。

 まあいい。カメラを睨みつける。


「世の中の喫煙者は余分に税金払っているのにしいたげられているらしい。その風潮はわからないでもない。けれどルールやマナーを気にしている喫煙者は可哀想。だからチェリーも戦ってみようと思う」


『さらにイキってる』『副流煙ふくりゅうえん被害をご存知では無い?』『煙草はやめとけ。口臭がやばいぞ』

『ドヤ顔草』『反社会的とかいいつつ小物臭ぱない』『草草の草』


「うるさいですね……」


『〇ノちゃん草』『チ〇ちゃんはこんなBBAじゃないから』『←おまえ屋上な』


 チ〇ちゃんって誰? まあいい。

 かつて、つまり前世ではオレも喫煙はしていた。

 突っ込みの通り臭いが服についたりして営業に差し支えるからやめたが。

 因みに一昨日がさくらの誕生日だったようで、今は20歳になっているので法律的にはセーフ。


 ならいくぞ。


「ここに取り出したるは売り上げトップの銘柄であるエイトスター。煙草は吸った事はないが、チェリークラスになると余裕」


『いいぞ~どんどんイキっていけ』『草ァ!』『クソザコ臭がしますね……』

『お前は何様なんだ』『チェリー様なんだよなぁ……』


 中野で買ったレトロな銀色のペコペコした灰皿をちゃぶだいにセット。

 そしてやはりレトロな100円ライター。

 ソフトケースのエイトスターのフィルムを口で咥えて剥がす。


「……………………」


『やばいこいつ可愛い』『すげえドヤってる……』『オチがわかりますねクォレハ』


 銀色のやつを爪で剥がし、トントンと叩いてスタイリッシュにタバコを出す。

 それを一本咥え、ライターをシュッシュ……。

 おー懐かしきこのスメル。

 ようし、見てろよ。






 思いっきり吸い込んで――――




「………………ゲホッゲホゲホッ、ぐええ……無理」


『知ってた』『でしょうね』『草』

『やっぱりクソザコじゃねえか!』『あっつさり負けてて草バエル』『投げ銭はよ』

『wwwwww』『草』『草』『録画した』『あ ほ く さ』


 ちょっと待って。

 タバコこんなだったけ?

 やべえ吐きそう……。

 というか一口出た。


 コメント流れ過ぎだろオイ。

 クソが……。

 カメラの前でリアルで『orz』な体勢で咳込んでしまった……。


「ん゛ん゛っ……ね? 分ったでしょ。チェリーはこれを言いたかった。タバコなんて百害あって一利なし。タバコは滅べ。そう言いたかった」


『お前の手首ってドリルでも入ってるの?』『草なんだよ』『涙目でドヤ顔、いい』

『ポンコツ系配信者爆誕』『TS消さないで♡』『保存しました後で拡散しておきます』『GJ』




 こうして放送は終了した。

 またも時間切れである。


 畜生、次は絶対勝つぞ。

 あと煙草は二度と吸わない。

 二度とだ。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆





「うん……おいしい」


 スマホのアラームをかけない生活を始めてみた結果、寝坊がデフォルトになりつつある昼下がり。

 それでも食事くらいはきちんとせねばと朝昼兼用の飯を食う。

 

 メニューは単純だ。

 熱々の白飯に焼き鮭。

 自分でつけたセロリの浅漬け。

 それと納豆。


 この身体になって飯をおかわりできなくなった。

 胃が小さいせいで仕方ないか。

 なので噛みしめる様にゆっくりと食す。


「ごちそうさまでした」


 終ったら食器の汚れを軽く水で流して食洗器へ。

 スイッチを入れて放置しとけば綺麗になっている。

 とても便利だ。


 あとはほうじ茶を入れてリビングに戻る。

 食後はネットを眺めて過ごすのが最近の定番。

 ちゃぶだいの上に銀色のノート。

 リビングは姿見とふかふかの白いラグカーペット。

 このシンプルな編成がとても和むな。

 

 ちなみに前世でもそうだが、テレビは見ない。

 今後も買う事も無いだろう。

 理由は番組が単純につまらないのと、雑音が多すぎてイライラするからだ。

 この部屋は都内だと言うのに静かだし気に入っている。


 ニュースだってどこの民放局も右にならえばっかりでさ。

 そこに煩わしいCMと、不快な自分語りしか言わないコメンテーター。

 高いテレビを買ってまで見る価値が無いと思うの。


 さて、PCのブラウザを立ち上げいわゆるエゴサをしてみる。

 どうもライブ配信者専用のスレッドがあるらしく、その中にチェリーのもあった。

 既に23スレまで進んでおり、それなりにウケてるんだと他人事の様に感心する。


 中は見ない。

 最初は見ていたけれど、やはり自分で演じていてもどこか他人の様に思えるので、読んでみてもピンと来ないのだ。

 後はトイッターとかムーツベは自分のチャンネルにある過去配信のタイムシフトのチャットやコメント。

 運営からのメールとかのチェック。


 そんな事をしていると、なんだかんだで夕方になっていたりする。

 生活費の確認の意味で口座の残高照会をしてみたが、事故の保険金、それと示談金の振り込み金額がかなり多く、おそらく5年少々は無職でいける程だった。


 そこまで無職でいたいとは思わないけれど、最低限、高科さくらとして過不足なく立ち居振舞えるレベルになってからだな。

 後は前世の日本との差異に慣れないと。

 時代がずれている事で変わってしまった事も多いだろうし。


 そう言えばリスナーの一人がトイッターのダイレクトメッセージを送って来た。

 たまにいる下品な奴では無く、オレが放送を開始して2か月程経ち、タイムシフト動画なんかもかなりの閲覧数がついているから、収益化の条件をクリアしているだろうから、申請をしなさい的な。


 収益化、そう言うのもあるのか。

 ああでも、こう言った活動で生活している人もいるのだ。

 それが収益化なのだろう。


 そのリスナーもまたジャンルは違えど動画をいくつもアップしている人で、ご丁寧にもスクリーンショットを添付してくれた上で、どういう手順で申請するかまで誘導してくれた。

 オレのというか、チェリーのファンでこれからも応援していますってメッセージと共に。

 こういうのは本当に嬉しいな。


 まあそれで、チャンネルの管理画面から言われた手順で申請をすると、二週間弱で申請が通った旨の連絡が来た。

 これで自分の動画に広告を付けたりすることが出来るらしい。

 後は生配信を長い時間やることができたり、時間の予約を行い、それをダイレクトで告知できる様になると言う。


 なので振込口座の登録なんかも併せて行った。

 これからはライブ配信だけじゃなく、料理動画とかあげてもいいかもな。

 前世でも好きだったしそれなりにやっていた。

 その上でさくらもやっていた様だから、かなり料理スキルは高いと思う。


 それに住んでいる東京って街の事を散歩しながら動画を撮って紹介するのもいいかも。

 人口密度の多い雑多な都市だけど、意外と歴史も深いし、面白い坂道も多い。

 

 何というかステレオタイプとして多くの人に認識されている煌びやかな東京って、実はその中心にいるのは地方からやってきた多くが元田舎人なんだと思う。

 大昔は政治の中心も西日本にあり、東京はひどい田舎だったしね。


 坂東の武士なんか人権なかったらしいしね。

 戦国時代とか。

 それを家康が幕府を開いたりして政治の中心が東に移った。

 そこからの歴史ってのは中々に面白いと思う。


 例えばオレが好きだった池波正太郎の小説なんかでも、江戸文化について多く触れているけれど、そう言う江戸文化がまだ根付いている土地は多くあるのだ。

 なのでそう言うのを再認識する様な動画とか面白そうなんて思うのだ。


 それに広告をつけていくばくかの収入があれば、それで新しい機材を買ってもいいし。

 それで放送のクオリティが上がればリスナーへの感謝の還元にもなるかなって。

 んじゃ今日も週に一度の放送を始めようかな。


 最近は自分の中で定番になりつつある21時スタートで。





 ☆☆☆☆☆☆☆☆




「いえーい。ちぇりーの部屋やりますよー。今日もみんなに元気を分けちゃうんだから」


『わこつ』『待ってた』『生きがい』

『すげー棒読みで草』『むしろ元気が吸い取られてる気がするんだが?』

『←よろしい、本懐である』『ファーレン〇イト提督!?』


 もう何回やったっけ?

 今日は予約と告知をしたから放送開始前からの待機リスナーの数が凄い。

 とは言え緊張感も無いのだけれど。

 

 しかし第一声と共に凄まじい勢いで流れるチャット欄。

 これをいちいち拾っていける配信者は凄いな……


「トイッターでリスナーに突っ込まれ登録者が7000人を越えたと気が付いた。そう思って数日ぶりに見てみると9000人越えているじゃないか。いまも視聴者4000人越えてるし。どうしてくれるの?」


『キレてるの?』『何故怒られているんだろ俺ら……』『草』『理不尽系ヒロイン』『草』

『wwwww』


「収益化というのもしました。広告もつけたよ。これでチェリーも立派なムーチューバー」


 広告はいいね。好きな品物をピックアップが出来たりする。

 動画内でコマーシャルを流す事も出来るし、チャンネル内にリンクを張る事も可能。

 これは嬉しい。


『出た!ドヤ顔』『草ァ!』『これを見に来た』

『広告のリンクがおっぱいアイスのみとか草』『どんだけ好きなんだよ』


「ふふふ、でも礼は言う。これでおっぱいアイスが安く買える」


『は?』『収益化の意味わかってなさそう』『広告は社割じゃねえから』

『草』『謎のイキリに草』『やはりぽんこつじゃないか(歓喜)』


「ん? 動画の広告は視聴者が見てくれるとお金がもらえて、リンクは視聴者がいっぱいクリックするとチェリーが買う時に安くなるんじゃないの?」


 意味がわからん。

 広告収入が収益化じゃろう?

 ってトイッターのDM通知が来た。

 さりげなく開いてみると、収益化を教えてくれた人からだだ。


 【クジアンラッキー:チェリー様、チャンネルの管理画面のスーパーチャットを有効にするにしてみてくださいな】


「ちょっと待って」


『ん?』『なんや』『?』


「えっと設定をいじれとリスナーから指令が来たからやるの。ちょっと壁紙にする。待ってて」


『ちょwww』『壁紙もおっぱいアwwwイwwwスwww』『草ァ!』

『チェリー様は一体何を目指しているのか、コレガワカラナイ』『草』


 画面を壁紙用に準備したフォトに切り替える。

 そうだよおっぱいアイスだよ。

 画像加工アプリで黒い背景に解像度をあげたアイスを張り付けてある。


 んー? スーパーチャット、あ、これか。有効っと。

 よし画面を戻して、


「クジアンラッキーの甘言に乗りスーパーチャットを有効にした。これが何?」


 その瞬間、チャットの流れが急加速した。


『名前呼ばれた……お前ら先に逝ってるわ【50000円】』『←絶対に許さない【1919円】』『もう許さねえからなぁ?【11451円】』『最後の一桁が上限引っかかってて草』『ホモばっか【30000円】』『これ待ってた【10000円】』『怒涛の投げ銭タイム! ミズノヨウニー』『親の結婚記念日のプレゼント代つっこむは【30000円】』『←もっと親大事にして』『草草の草』


 おーなんか色付きのコメントいっぱいだ。

 これ読んだ方がいいのか?

 

「クジアンラッキー、24歳学生、HIDE、バタフライ夫人、田中、えっちな大根。コメントに色がついてるね。こんな機能あるんだねえ。綺麗」


『は?』『こいつわかってねえぞ』『天然すぎて草』『一攫千金してんぞ』

『名前呼ばれたから許した』『ホモとレズしかいなさそう』『チェリーその金額さ、ムーツベに手数料引かれた額がお前の口座に振り込まれるぞ』『やったぜ』


 は? だとすると凄い金額になるぞ?

 え、スーパーチャットってそう言う意味なのか?

 あかん。ホントにスーパーだった。


「……え? 凄い金額なんだけど。駄目だよそんな事に使ったら。基本引きこもりの女の生活費なんてミジンコだから。………………オエッ」


『ちょゲロイン』『おろおろしてて草』『えずくな』『きたない。編集班わかるな?』

『なにこの娘可愛すぎだろ』『一生推してくは』『当たり前なんだよなぁ』


「びっくりし過ぎて吐きそうになった。えっと、ありがとう? って言えばいいのかな。ほんと無理しないでね。あとネタの為に無茶とかもやめて。でもありがとう。ほんとに」


 その後も少額から高額まで1時間の放送時間の間、投げ銭は続く。

 いちいち狼狽えるオレの醜態によけいに盛り上がるリスナー。

 そして呆然自失のまま時間切れで放送終了。


 その後、無言→無表情→驚愕→えずくまでの流れが綺麗に編集され、某UCの音楽をつけられたMAD動画が50万再生されたとトイッターで知った。


 初回の総額は40万円と少し。


 オレは多額のお布施に何故か敗北感を感じていた。


 そらみんなやろうとするわコレ……




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