Anne―もしも私が―

チョココ(#金・土曜更新っ子)

第一章 アンとマリラ ―グリン・ゲイブルスにて―

第1話 グリン・ゲイブルス―wonderful morning―

私が目覚めた時、もう既に日は高く昇っていたのよ。

すんだ青空が見えたの!それも、白い桜の花の間からよ。

とても愉快な気持ちだわ!

(でも私、何故こんな素敵なところに居るのかしら)


彼女は一瞬、この夢のような時間に

思考さえも止まってしまいました。

しかし時間が過ぎて行くと、記憶が蘇ってくるのです。

(私が男の子じゃないから、おばさまたちは私を要らないのよ…)

今度は悲しい気持ちになります。


でも、今は朝よ!元気がみなぎってくるわ!

そういえば窓を開けたのは何年ぶりかしら…


ふとそんなことを考えながら、窓をゆっくり開けました。

わあ…とも、すごい…とも言わず、

素晴らしい六月の朝の景色に見惚れ、

この夢に見た瞬間の訪れに心躍らせました。


白い花をいっぱいに咲き誇らせた大きな桜の木。

りんごと桜の果樹園は花ざかり…

たんぽぽがそれを引き立たせる様に静かに咲いていました。


風に乗って、紫色の花をつけたライラックの強く、甘い匂いが運ばれてきます。

クローバーの広がる窪地には小川が流れ、

白樺の木が堂々と立っています。


丘の木の間からは小さな家の屋根が見え、

そのずっと先にある青い海は、きらきら輝いています。


何気ないこの景色も、これまで殺風景なものしか

見てこなかったアンの目には、美しく映りました。


「あら、着物をまだ着ていないのね」

突然冷たく言い放ったのは、マリラでした。

でもそれに悪気はなく、不器用なのです。

どう話しかけたら良いのか、戸惑った様でもあります。


しかしアンはそんな言葉も耳に通らないほど

この美しい風景にのめり込みました。

「ほんとうに素晴らしいわ」


思わずうっとりするアンにマリラは答えます。

「ああ、あの木かい。花はたくさん咲くけど

 実はほとんどならないんだよ」


アンは、自分自身の両手を合わせます。

「そうなのね!でも、あの木だけじゃないのよ…美しいのは。

 もちろん、あの木は美しいわ。でも、何もかもが美しいと思うんです」

アンは、話し続けます。

「おばさま、こんな素晴らしい朝には、

 ただただ世界が好きでたまらない!

 …そんな気がしませんこと?

 グリン・ゲイブルスのそばに小川があるなんて、とても嬉しいもの!

 おばさまは私を置いてくれないのだろうけど

 絶対にグリン・ゲイブルスに小川が

 あったということを覚えておきたいの。

 私、朝は絶望のどん底にはいないの。

 悲しいけれど、そんなところにはいられないわ!

 実は、ここにいつまでも居られることに

 なったって想像していたところなの。

 想像してたときはとてもいい気持ち

 だったんですけど…今はみじめなのよ」


止まらないアンのおしゃべりを

静かに黙って聞いていたマリラは、

やっと訪れた隙間に、言葉をはさむのです。


「ああ、そうかい。食事ができてるんだ。

 早く服を着て降りてきなさい。

 そして顔を洗って、髪をとかしなさい。

 窓はそのまま開けといて構わないから

 布団はたたんでおきなさい。

 できるだけ早く準備するんだよ」

マリラは、早口にそう言いました。

よほどせっかちなのかと思うほどでした。


アンはかなり手早いらしくて、

ほんの十分ほどでマリラの言ったことを

すべてやり遂げました。

そして、椅子にすべりこみました。


「今朝はだいぶお腹が空いたのよ。

 昨夜ゆうべはまるで世界が荒野のような

 気がしたわ。今朝は素晴らしい天気で

 ほんとに嬉しいわ。


 悲しい小説を読んで、勇ましく生き抜く

 ところを想像するのもとても素敵だけど…

 ほんとにそんな目に合うのは、

 あまりよくないわ…そう思いません?」

アンのおしゃべりにマリラはため息をつきます。


「後生だから、だまりなさい。

 この年にしては、まったくおしゃべりすぎる」

マリラが言いました。


アンは口をつぐみましたが、

マリラはアンが想像以上にいつまでも

黙るもので、不自然に感じてイライラしてきました。


マシュウは無口を貫いており…

まあそれはいつものことで、

自然ではありましたが、

―――とても静かな食事でした。


マリラは、心底こう思いました。

(この子を家に置くなんて、まっぴらだ。)

しかし、不思議なことにマシュウは

この子を置きたがっているのです。


アンが皿洗いをすると言うものですから、

信用ならないという顔でマリラはアンを見ました。


鋭い目で見ていたマリラは、

皿洗いは上手だなと思いました。


マリラはアンが仕事を済ますと、

お昼までなら外で遊んできていいと言いました。


アンは、目を輝かせました。

しかし急に立ち止まり、

しおしおとテーブルの前で座りました。


「どうしたというの」

マリラの問いかけに、アンは悲しげに答えます。


「私、外へ出る勇気がないの…

 もし、ここにいられないのなら、

 グリン・ゲイブルスを好きになったって

 仕方がないのよ。

 私、外に出たら好きにならずには

 いられないんですもの!


 今以上に辛くしたくないわ…

 あの窓においてある、あおいの花は、

 なんて名前なの?」


「あれは、りんごあおいって種類さ」

「違うわ、おばさまがつけた名前よ。

 ――名前つけないの?

 なら私がつけてもよくって?

 ―――ポニーがいいわ!」


「そりゃあ、私はかまわないけど…

 一体、あおいの花に名前なんかつけて、

 なんになるんだい」


「あのね、名前のついているほうが

 ずっと親しい感じがすると思うのよ。


 私、二階の部屋の外の桜の木には、

 『雪の女王』と名前をつけたのよ!

 もちろん、いつも花をつけてる訳じゃ

 ないわ。でもそう想像できるでしょう?」

マリラは、少し奇妙な気持ちになりました。


「これまでにあの子みたいなのは、

 聞いたことも見たこともないね」

そうつぶやきながら地下室にじゃがいもを

取りに行きました。


「確かに面白い子ではあるね。

 私までも、あの子が次に何をいうかと

 待ち構える始末だもの。


 私にも魔法をかけるつもりなのだろうよ。

 マシュウには、かけてしまったもの。

 マシュウがあの子を手放したくないのは、

 よくわかる。顔に書いてるからね」


アンはまだ、想像にふけっていました。


そこにマリラは帰ってきましたが、

アンをそのままにしておきました。


さあ、昼食です。

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