第16話 猟師小屋
ドワーフの少年のゼンがフルートを案内したのは、森の中の小さな丸太小屋でした。
「猟師小屋さ。山のあちこちに建ててあって、俺たちはここを転々としながら狩りをするんだ」
黒い雪を踏みしめて歩きながら、ゼンが言いました。
「君はドワーフの洞窟に住んでいないの?」
とフルートも歩きながら尋ねました。
馬はフルートに手綱を引かれて、おとなしくついてきています。
「住んでるぜ。俺たちの家は洞窟の中にあるんだ。でも、俺たちは猟師だからな。一年の半分は、こうやって外で暮らしてるんだ」
「ぼくは、ドワーフはみんな地下で金属や石を掘って、
「そりゃ、ドワーフだってウサギや山鳥や鹿の肉を食いたいからな。冬には毛皮の服を着るし。猟師だって必要さ」
とゼンは笑うと、背中の弓矢をちょっとゆすって見せました。
「親父にはまだかなわないけど、俺だって弓の腕前はけっこうなもんなんだぜ。将来は北の山脈一の猟師になってやるんだ」
目を輝かせてそんな話をするゼンを、フルートはなんだかとても好ましく感じました。
この少年からは、太陽の光のような、まっすぐで明るいものが伝わってきます。
猟師小屋の中に入ると、狭くて薄暗い部屋の中にひとりのドワーフがいました。
入り口に背中を向け、壁際の暖炉にかがみ込んでいます。
ゼンが声をかけました。
「親父、お客さんだぜ」
「客?」
ドワーフが振り向いて、ゆっくりと立ち上がりました。
身長はフルートと同じくらいですが、肩幅がとても広く、腕や背中には分厚い筋肉が盛り上がっていて、見るからに強そうです。
日に焼けた顔は茶色いあごひげでおおわれていて、なんだか熊にも似ています。それがゼンの父親でした。
フルートがぺこりと頭を下げると、ゼンの父親が言いました。
「人間の子どもか。珍しい格好をしているな。こんな時期にドワーフの山へ何をしに来た」
けれども、フルートが答える前にゼンが話し出しました。
「こいつはフルート。ロムドの国から黒い霧を追い払うために、仲間を捜してここに来たんだってさ。なあ親父、金の石の勇者ってのは知ってるかい?」
すると、父親は太い眉を上げました。
「金の石の勇者……昔聞いたことがあるぞ。確か、魔法の金の石を持った奴がなるはずだ。まさか、この子どもがそれだと言うんじゃないだろうな?」
フルートはうなずくと、鎧の内側から金の石のペンダントを引き出してみせました。
ゼンの父親はペンダントの先端を手に取ると、ひっくり返しながら長い間眺めて、また口を開きました。
「確かにこれは魔法の石だな。細工も魔法で作られたものだ。遠いどこかの場所とつながっていて、力を送ってきている。おまえの後ろには、誰か強力な魔法使いがいるらしいな」
「泉の長老です。ぼくはその人から金の石の勇者になるように言われました」
とフルートは正直に話しました。
ドワーフが実直な種族だからなのか、とにかく、彼らにはありのままを話すのが一番良いような気がしたのです。
ゼンがまた言いました。
「フルートが言うには、この黒い雪も、ロムドに発生した黒い霧が原因なんだってさ。ロムドじゃ一ヵ月も太陽が出てこないらしいぜ。それで、国王が金の石の勇者に霧を追い払うように命令したんだとさ」
「それで、協力してくれる仲間を捜しにここへ来たのか。だが、その霧の原因は、いったい何なんだ?」
「わかりません……」
とフルートは首を振りました。
真実を映す水盤に現れた黒い影と、シュウシュウという音が脳裏によみがえってきます。
何か、とてつもない敵が霧の真ん中に潜んでいるのは確かです。でも、それが何なのかは、フルートにも見当がつかないのでした。
そんなフルートの様子に、ゼンの父親はまた言いました。
「どうやらよほど危険な仕事らしいな。だが、それならなおのこと、北の峰に仲間を探しに来たのは間違いだったな。ここのドワーフは外に出て行くのが大嫌いだ。俺たちのような猟師は別だが、大部分のドワーフは洞窟の中の町で一生を過ごすんだ。人間嫌いなやつも大勢いる。と言うより、基本的にみんな人間が大嫌いだな。商売の客だと思うから、つきあっているだけだ。おまえの仕事を手伝ってくれと言っても、誰も名乗りを上げないだろう」
さあもう帰れ、と言うように、ゼンの父親は手を振ると、また暖炉に向き直りました。
たきぎに火を付けるために、火打ち石をたたき始めます。
その背中に、フルートは尋ねました。
「どうしてドワーフは人間が嫌いなんですか?」
「どうして? そりゃあ、人間はずるくて身勝手だからだ」
ゼンの父親の返事は冷ややかです。
「人間は自分のことしか考えていないからな。我々ドワーフのように仲間同士助け合うどころか、同じ人間同士でだまし合って争ってばかりいる。その黒い霧とやらも、おまえたち人間が起こしているんだろう。そんなものに我々ドワーフが関わるいわれはない。人間はドワーフを利用するだけ利用して、用事がすめばあとはお払い箱だからな」
「そんなことはしません!」
とフルートは思わず大声を上げました。
「そんな人間ばかりじゃないです! 優しい人だって親切な人だって大勢います! もちろん、みんながみんなってわけじゃないけど……でも、ドワーフと友だちになれる人間だって、ちゃんといます!」
ゼンとゼンの父親は、ちょっと驚いたようにフルートを見ました。
真剣な顔のフルートに、ゼンが何かを言いかけて黙ります。
「昔、同じようなことを言った人間がいたな……」
とゼンの父親が思い出したようにつぶやきました。
「その人は?」
とフルートが聞くと、ゼンの父親は急に不機嫌な顔になって、また暖炉に向き直りました。
「死んだ。もう十年以上も昔のことだ。それに、どんなに仲間を探したくたって、洞窟のドワーフには会えないぞ」
それきりゼンの父親が黙ってしまったので、代わりにゼンが言いました。
「洞窟には入れないんだよ。入り口が凍っちまったからな」
フルートは目を丸くしました。
「君たちも入れないの?」
「ああ。俺たちが山の様子を見に外に出ていたら、あっという間に凍ったんだ。今までどんな寒さが来たって、こんなことはなかったんだぜ。まあ、俺たちには猟師小屋があるから、春になって入り口が溶けるまで、小屋を転々としながら待っていられるけどな」
「ぼくは待てない……」
とフルートはうつむきました。そんなにのんびりしていたら、絶対に取り返しのつかないことが起きるに違いありません。
すると、ゼンの父親がひとりごとのようにまた言い始めました。
「まったく妙なことばかりだ……。空から黒い雪が降ってきて、北の山脈が黒く染まった。五百年間一度も凍ったことのなかった洞窟の扉が、凍りついて開かなくなった。冬眠しているはずの毒虫たちが地面からはい出してくる。おまけに金の石の勇者を名乗る人間の子どもが、たったひとりでドワーフの仲間を探しに来た。何もかも今まで聞いたこともないことばかりだ。気に入らん……まったく気に入らん!」
ガツッ! と火打ち石が荒々しい音を立てました。ゼンの父親は暖炉に火を起こそうとして、火打ち石と悪戦苦闘していたのでした。
「駄目だ! ほくちが湿って全然火がつかん!」
といらいらした声を上げます。
フルートは、ちょっと首をかしげました。
「火をつければいいんですね?」
と積んであった薪の山から枝を一本取り上げて、背中の剣を抜きます。
「お、おい……?」
ドワーフの
枝先が飛んで、暖炉の中に落ちます。
とたんに枝先が、ぼっと火を噴きました。フルートが握っていた枝も半ばまで燃え上がっています。
それを暖炉の中に投げ込むと、火は組んであった薪に移って、たちまちパチパチと燃え始めました。
ぽかんと口を開けているドワーフたちに、フルートは言いました。
「この剣で切ると、切られたものは燃え出すんです。魔法の剣だから」
すると、ゼンの父親がいきなりフルートに手を突き出しました。
「その剣を見せろ!
フルートは驚きましたが、言われたとおり急いで剣を渡すと、黒い鞘も背中から外して手渡しました。
ゼンの父親は、それをつくづくと眺めて、うぅむ、と唸りました。
「本物の炎の剣だ……間違いない」
「なんだい、炎の剣って?」
とゼンが尋ねたので、父親はじろりと息子をにらみました。
「おまえ、学校で何を習ってきてるんだ。炎の剣のことは必ず教えられるはずだぞ。いにしえの火の巨人が、炎とマグマと太陽の光から鍛え上げた魔剣だ。この剣に切られたものはすべて火を噴いて燃え出すし、鞘を火のそばに置くと、火はいつまでも激しく燃えて消えることがないんだ」
「だ、だって、学校って退屈だからさぁ……」
とゼンが首をすくめて弁解します。
ゼンの父親が黒い鞘を暖炉の前に置くと、とたんに暖炉の炎は大きくなって、ごうごう音を立てて燃え出しました。
こんな勢いで燃えたらすぐに薪が燃え尽きそうですが、暖炉の中の枝はいっこうに減っていきません。
「やはりそうか」
とゼンの父親はつぶやくと、ゼンと一緒に目を丸くして火を見ているフルートを振り向きました。
「何も知らない幼い勇者か……。いったい何が起こっているんだ?」
ゼンの父親はそのまま少し考え、剣を鞘に戻してフルートに投げ返しました。
「ついてこい。うまくすれば洞窟の扉が開けられるかもしれん」
「えっ!?」
ゼンの父親がさっさと外に出ていってしまったので、フルートとゼンはあわてて後を追いかけました──。
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