第3章 ゼン

第15話 少年

 王の城を旅立って十四日目、フルートはついに北の峰にたどり着きました。

 たどってきた道の終わりに切り立った岩壁があって、鉄の扉がそびえています。

 この奥の洞窟にドワーフたちは町を作り、地下から掘り出してきた金属や石を加工して暮らしているのです。


 扉の周辺は一面黒い雪野原でした。

 炭の粉を混ぜたような雪が、岩も木も地面もすっぽり包んでしまっています。 黒い霧が北の峰の上空まで押し寄せ、黒い雪に姿を変えて降り積もっているのです。

 霧が雪になったので、あたりの空気は澄んでいましたが、黒く染まった山の頂は、見上げるとなんとも不気味な感じがしました。


 フルートは馬から下りて扉の前に立ちました。

 太い鉄のびょうを打ち付けた扉には取っ手がなくて、扉の横に呼び鈴の紐が下がっていました。

 細い金属の糸を編み上げて作った、いかにもドワーフらしい、手の込んだ代物です。

 フルートは呼び鈴の紐をつかんで引きました。……が、何も起こりませんでした。

 もう一度、力をこめて引きましたが、やはり紐は一ミリも動きません。呼び鈴は寒さで根元から凍りついていたのです。


 そこでフルートは扉をたたきました。

「ごめんください! ごめんください! 誰かいませんか――!?」

 けれども、何度呼んでも返事はありませんでした。

 フルートは扉に取りつきましたが、呼び鈴同様、扉も寒さと雪で固く凍りついていて、いくら押しても引いても、びくともしません。

 フルートは困り果てました。

 やっと北の峰の洞窟にたどり着いたのに、こんなところで立ち往生してしまうなんて……。

 

 しかたなく、フルートは別の入り口を探して、岩壁に沿って歩き始めました。

 黒い雪は切り立った岩肌にも降り積もって、寒さで固く凍っていました。

「まるで誰かが妨害しているみたいだ……」

 とフルートがつぶやいたときです。

 ひゅっと空を切る音がして、目の前を何かが飛びすぎました。

 ざくりと雪の壁に突き刺さります。

 それは一本の矢でした。茶色い矢羽根がが雪の壁で震えています。


 フルートが矢が飛んできたほうを振り向くと、雪が降り積もった大岩の上に、小柄な少年が立っていました。

 フードがついた毛皮の服を着て革の長靴をはき、矢が入った筒を背負って手には弓を構えています。

 いかにも猟師の子という格好ですが、肩幅が広くてずんぐりした体型は、間違いなくドワーフでした。


 ドワーフの少年は新しい矢を弓につがえながらどなりました。

「おまえは誰だ! 何をしに来た!?」

 フルートは少年に向き直りました。

「ぼくはフルート。仲間を捜しに、ここまで来たんだ」

「仲間?」

 少年はうさんくさそうな顔をしました。

「人間がドワーフの洞窟に仲間捜しに来たって言うのか? そんな話、聞いたこともない。怪しいな」

「ぼくは……」

 フルートが説明のために近寄ろうとすると、足元の雪にまた矢が突き刺さりました。

「むやみに動くな!」

 と少年がまたどなります。


 フルートは眉をひそめましたが、すぐに目を丸くしました。

 足元の矢は雪から這い出てきた虫を突き刺していたのです。赤っぽい茶色の体に緑の斑点の、ムカデのような虫です。

 岩の上から少年が飛び降りてきました。

「ゴジゾ。地面に住む毒虫だ。服の隙間からもぐり込んできて、刺されたら半月は動けなくなるぞ」

 話しながら矢を雪から引き抜き、虫を遠くに払い飛ばします。

 フルートを刺そうとしていた毒虫を、めざとく見つけて退治してくれたのです。先ほど目の前に矢を放ったのも、フルートを立ち止まらせるためだったのでしょう。

「あ……ありがとう」

 フルートは礼を言いました。

 このドワーフの少年は、ぶっきらぼうでも、悪い人物ではないようです。

 

 少年がフルートの目の前に立ちました。

 焦茶色の髪に茶色の瞳。背丈はフルートの肩のあたりまでしかありませんが、顔つきやしぐさはフルートと同じくらいの年頃に見えました。

 向こうもフルートの顔をじろじろ見ていたので、フルートが兜を脱いでみせると、少年は驚きました。

「なんだ、まだ子どもじゃないか! おまえ、いくつだよ?」

「来月で十二才になるよ」

 少年はますます目を丸くしました。

「俺は再来月さらいげつで十二才だ。同い年かよ……。それが何をしにこんなところに来たって? 仲間って、なんの仲間だよ」


「ぼくの故郷のロムド国を、謎の黒い霧がおおっているんだ。ロムドではもう一ヵ月も太陽が出てきていないし、霧はますます広がっている。霧はここまで流れてきて、黒い雪になってるよ。ぼくは霧が湧き起こっている源まで行って、霧を打ち払わなくちゃいけないんだ。でも、ぼくひとりじゃできない。国王様の占い師に、ここに来れば仲間を見つけられると言われたんだ」

 とフルートは正直に話しました。何故だか、このドワーフの少年は信用できるような気がしたのです。


 少年はフルートをまじまじと見つめ、用心するように尋ねてきました。

「おまえ、いったい何者だ? もしかして王様の子どもか何かか?」

「まさか」

 フルートは思わず笑いました。

「ぼくは普通の子どもだよ。お父さんはシルの町で牧童をしてる。ただ、ぼくには金の石の勇者の役目があるんだ」

「金の石の勇者? 聞いたことがないな」

 少年はつぶやくように言うと、くるりと背中を向けました。フルートに手招きします。

「ついてこいよ。俺の親父に会わせてやる。親父なら石のことも知ってるだろう」

 と先に立って歩き出しますが、急にまた立ち止まって振り返りました。


「そういや名前を言い忘れていたな。俺はゼン。北の山脈の猟師の子どもだ。よろしくな」

 そう言って、少年はにやりと笑いました。

 茶色の丸い瞳が、いたずらっぽく輝きます。

「よろしく、ゼン」

 とフルートもにっこり笑いました。

 このドワーフの少年とは良い友だちになれそうな予感がしました──。


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