第13話 志勢くんが行きたいところ

「ごめんね? 私の行きたいとこばかりで」

「いえいえ、俺が望んだことなので」

「でも……」

「それに、先輩が試着する姿見れてもう満腹なので」

「ならよかった、のかなぁ?」

「えぇ、いいんですよ。これで」


 モール館内で、俺達はいつも以上に自然な会話が出来ていた。きっとこのデートで話題が生まれたからであろう。

 気づけば先輩も俺も、外で並んで歩くのに慣れて……なんてことに気づくと緊張がよみがえってきた。


 そして楽しい時間は三時間も過ぎ、気づけば昼の13時。俺達は先輩の計らいで一階のオシャレなカフェに入り、カウンターにまで続く列を並んだ。


「おぉぉ~」

「もしかして、初めて?」

「えっ?」

「だって志勢ゆきなりくん、ずっと辺りを見渡してるし」

「俺、そんなに挙動不審でした?」

「ううん、そうじゃなくて……」


 先輩はクスリと笑って、こう言った。


「なんか、ワクワクしてる子どもみたいで、可愛いなって」


 このときの先輩は、まるで自分の姉のように見えた。しかも……「可愛い」って言われた。可愛い先輩に……。

 顔から首の下まで真っ赤になった俺は、ガチンと固まった。


「ご注文、お伺いします」


 すると順番が回ってきた。俺はウィンドウ越しに写るサンドに視線を写す。


「えっと、じゃあ──」


 いや、待て。ここはレディファースト。先輩ファースト。

 俺は残り一個のハニーマスタードチキンサンドから目を逸らして、「先輩からどうぞ」と言った。


「あっ、うん」


 先輩は躊躇いもせずに俺の言葉を聞いて、ハニーマスタードチキンサンドに即座に目を向けた。もしかして、先輩もそれが食べたいのかな……。


「なんでもいいですよ?」


 俺は先輩の様子を伺ってそう言った。


「わかった」


 あれ? また先輩が躊躇わない? 先輩のことだから俺に遠慮するのかと思ったんだが……。

 いつもと違ってテンポが速く、俺は少し戸惑った。


「じゃあ」


 でも、いいや。ここは先輩に譲ろう。俺は先輩がハニーマスタードチキンサンドの注文をするのを待っていると──


「ハムチーズサンドとカフェラテのセットで」


 先輩は別のサンドを注文した。これには思わず「えっ?」と声を上げた。


「志勢くんは?」

「あっ、えっと……じゃあハニーマスタードチキンサンドとアイスコーヒーのセットで」



 〇



「あの、先輩」

「ん? なに?」


 ソファ付きのスペースに着いた俺達。そこでさっきの行動が引っかかっていて、ついこんなことを聞いた。


「もしかしてさっき、気を遣わせちゃいました?」

「なんで?」

「だって先輩、このサンドをじっと見つめてたし。でも俺がこれを頼むのを知ってたから──」

「ううん、違うよ」


 先輩は柔らかな表情で小さく首を振った。


「私はただ、志勢くんが欲しそうに見てたサンドを見てただけ」

「でも、それって」

「それに、私はこれが食べたかったからいいの」


 そう言って先輩は、小さな口でハムチーズサンドを一口かじった。


「ねぇ、次は志勢くんが行きたいところに行こうよ?」

「いや、いいですよ。俺は……」

「そういうのは、めっ。だよ?」


 人差し指を突き出して、先輩は言った。


「志勢くんこそ、私に気を遣ってるんでしょ?」

「そりゃ、今日は無理してデートに来てもらったから」

「ううん。志勢くんのことだから、私が喜んでついてきてもそうしてた。たぶん」


 あっ、喜ばれてないのか。


「すみません、無理に誘って……」

「ううん! デートはすごく楽しいよ! 私は」

「なら良かったです」

「だーかーらー! それが良くないの!!」


 先輩は身体を少し前のめりにして言った。両腕をぶんぶん振って。


「志勢くんは確かに後輩だよ? たとえば相手が桐ヶ谷(きりがや)先輩みたいなクールな人なら、頭が上がらず、ワガママも言えないだろうね?」

「そりゃ。でも先輩が相手でも」

「そういうことじゃないの」


 先輩は俺を包むような声で──。


「たとえ志勢くんが後輩でも、恋人同士だから遠慮無くなんでも言ってほしいな」

「先輩……」

「きっと桐ヶ谷先輩が恋人でも同じことを思うだろうし、同じ事を言うと思う」


 そしてふふっと、面白おかしく笑う。


「まぁ桐ヶ谷先輩が相手なら、怒られるかもね?」

「うっ、それは勘弁……」

「確かに、先輩の顔色伺って優しくしてくれる後輩は好まれると思うよ? でもね……」


 煮え切らない俺に向かって、先輩は明るく笑って言った。


「私はどんな志勢くんでも好きだよ」


 この瞬間、大げさかもしれないが先輩に輝かしい後光が見えた気がした。先輩を中心に、俺の視界がパッと明るくなった。


「だって……」

「先輩?」

「あっ、ううん。だって私、志勢くんの恋人だもん」


 これを言われて、改めて実感する。付き合って間もないけれど、先輩が俺のカノジョであることを。

 って、なんだこの感覚! 胸が、熱い。


「もう一度聞くね、志勢くん。どこに行きたい?」

「じゃあ……」


 俺はマップを広げ、目を輝かせながら「ここ」と指を差した。


「わかった」

「俺なんかのために、すみません」

「そういうの無し。私、志勢くんのワガママは聞く。前にも言ったでしょ?」


 そういえば、そうだったな。


「確か、膝枕してもらったときに言ってましたね」

「うっ……うん」


 先輩はあのときのことを思い出して、顔を真っ赤にして目をうるうるさせた。


「あっ、そうだ。そのサンドちょうだい!」

「えっ、いいですよ?」


 俺はナイフでサンドの一部を切って、それをフォークで刺して──


「えっと……アレ、やったほうがいいですか?」

「あっ、それは大丈夫」

「あっ」


 先輩は自らの手でフォークに刺さったサンドを口に運んだ。

 やっぱり、アレは早かったか。


「志勢くんも、食べる?」

「あっ、はい。もちろん一人で……」

「ん?」

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