第8話  未来は絶望的(?)

「えっと……」

「あの……、ごめんね? 今日は」

「あっ、いえ……」


 家の玄関で、俺達はさっきのことを思い出して気恥ずかしい思いに駆られていた。

 それ故に、俺達の間に手を伸ばしても届かない程の距離感が生じている。


「すみません。俺の変なワガママに付き合わせちゃって」

「私こそ。痛くなかった?」

「いえ、最高に気持ちよかったです」

「そう言われると、ちょっと……」

「すみません」


 俺の失言(?)のせいで、さらに距離が遠くなってしまった。


「でも、なんだろ。ちょっとはぎこちない感じ、無くなったかな?」

「まぁ、そうですね」

「それに、なんか今日、恋人らしかった気がしない?」


 照れ笑いしながら、姫坂先輩は言った。やっぱデレる表情が最高に似合ってて可愛いな。


「でも、やっぱりこういうのとか……恋人らしいことを外でやるの、恥ずかしい」


 先輩はそう言うが、俺はその逆。

 一刻も早く外でも仲良くしたいし、誰かに先輩と付き合ってることを自慢したい。


「そうですね。先輩が慣れるまではずっと、家の中だけにしましょうか」


 俺がそう提案すると、先輩は申し訳なさそうに縮こまりながらコクリと頷いた。



 ……とまぁ。そんなことを明日、ヒロと杉原先輩に話した。

 膝枕の話になると、その時のことを思い出して、もうニヤニヤが止まらなくて。

 だけど、俺の話を聞いている二人は──


「は? なんだそれ」

「はぁ……、この調子だと外でイチャつくとか一生無理だよ?」


 こんな感じ。褒められたり羨ましく思われることも、ニヤニヤすることも無く、ヒロには「情けないな」と言われ、杉原先輩には「未来は絶望的」と言われるザマだ。実に辛辣。


 そして話は、俺が姫坂先輩に甘やかされた話をそっちのけで進む。


「あのね、ユキナリくん。桃子のペースに任せるなんてダメ!」

「いや、先輩には無理して欲しくないし、後輩の俺が先輩の思いを尊重しないのはちょっと──」


 そう言うと、杉原先輩は大きな溜息をついて言った。


「キミのそれは、桃子への優しさじゃなくて、タダの甘えだからね?」


 先輩だもの。姫坂先輩だもの。優しい先輩だから、どうしても優しく接してしまうのだ。

 でも、そう言い返してもまた『甘え』って言われるんだろうな。俺は口をつぐんだ。


「……じゃあ、俺はどうすれば?」


 そう聞くと、今度はヒロが俺に指をビシッと差し出してこう言った。


「そりゃ、お前が積極的になるしかないだろ!!」

「積極的に、って言われてもなぁ」

「簡単な話じゃねぇか。イチャつけとまでは言わねぇけど、先輩が恥ずかしいって思ってても、外で積極的に話しかけたりすればいいだろ?」

「そんなことしたら、先輩に嫌がられるんじゃ……」

「大丈夫。やり過ぎないくらいなら大丈夫。そこは私が保証する!」


 杉原先輩がそこまで言うんだから、信じてもいいかな?

 でも、やっぱり先輩には嫌な思いしても欲しくないな……。

 そう思っていると、杉原先輩は大声をかけて俺をハッとさせた。


「あのね、ユキナリくん!」

「は、はい!」

「桃子は自分の性格を変えたいって言ったんだよね?」

「は、はい」

「それね、何回も言ってたんだよ? それで何回も何回も、『無理』ってなって諦めちゃったんだよ?」

「そうなんですか……」

「そう! だから桃子のペースに任せちゃダメ!! わかった??」

「じゃあ、俺が先輩の性格を変えるためにフォローすればいいってことですか?」

「フォローじゃ足りない。引っ張るの!! そのためにユキナリくんはどうするべきだと思う?」

「えっと……、毎日、膝枕してもらいます」


 そう答えると、ドスの利いた「は?」が返ってきた。めちゃくちゃ怖ぇ。


「ふざけてる?」

「いや……ごめんなさい」

「はぁぁ、私、二人ともが心配だよ」

「そう言われましても……」

「俺も、志勢ゆきなりが心配」

「ヒロまで……」


 なんだか今後の雲行きが怪しくなっていく。

 それを変えるのは、俺の行動次第なのか。


「俺、どうすればいいのでしょうか?」


 自信を失った声でそう聞くと、杉原先輩が「まずは……」と添えて答えた。


「デート、誘ってみなさいよ?」

「デート、ですか?」

「そう。外でイチャつくのが恥ずかしいなら、まずは慣れるのみよ。桃子に任せてたら、アンタたちいつまで経っても外に出ずに、家の中でしかイチャイチャしなさそうだし」

「それは……」


 困るような、でも先輩と仲良くできるならそれでもいいような……。


「そうだぞ志勢。もうすぐ夏休み、海とかプールとか花火大会とか……、先輩と行けないぞ?」


 だけどそんな中途半端な考えを、ヒロの言葉が一気に払拭した。


「それは困る!!」


 だって元々、姫坂先輩と花火大会に行きたい!という願いから始まった今の関係なんだ。

 それなのに花火大会に二人きりで行けないなんて、そんなのは嫌だ。


「じゃあ、デートに誘うんだな」


 ヒロは顔をニヤつかせながら言った。


「わかった。俺、先輩をデートに誘うよ!」


 杉原先輩とヒロの前で、俺はまた強い決意表明をした。




【後書き】


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