プーカ島のよき隣人たち

たぬき よんろう

第1話 プーカ島と冬の王さま

海のはてにあるおおきなたきをこえ、朝もやの中をはるか東。ちいさなちいさなプーカとうでは、家いえのえんとつがつめたい空にしろいいききます。


子どもたちはどの家でもわくわくとまどのそとへまなざしをおくるようです。

さあ、冬が来たぞ。「冬のおうさま」が来た! 雪はまだ? もうすぐ? ちきれない!


きのう、夕日が海へしずむころ、大ハマグリのヨットにった冬の王さまがしまへついたのでした。青みをおびた長い白髪しらがとひげ、まっしろなふく。ヨットにはフジツボひとつなく、ぴかぴかとよく手入れがいきとどいていました。


王さまは、おきからもどってきた漁師りょうしたちに手をふってあいさつし、かれらが近づいてくるのを待ちました。

いちばんとしかさの男がみごとなタラをさしだすと、王さまはむんずとしっぽをつかんでまんぞくげにうなずきます。そしてふたことみことうと、タラをわきにかかえてすたすた歩きだしました。


漁師たちはあたまを下げて王さまを見おくります。

王さまは冬のれる海での漁師たちの無事ぶじと、豊漁ほうりょういのってくれたようでした。


このタラは島でいちばんひもじい思いをしているだれかのもとに、そのばんとどけられることになります。王さまはウミネコたちから話を聞いて、りくの人びとのらしをよく知っているのです。


王さまは島中をいく日もかけてゆっくりとめぐり、ある夜たいせつな仕事しごとをはじめます。


人の子どもたちとおなじくらい、この仕事をたのしみにしているのが、あかいの子です。

あかくて丸いあたまにはぷよぷよのでっぱりがみっつと、お耳とおおきな目と茶色のくちばし。せなかのつばさとしっぽは、きげんがいいとぱたぱたゆれます。


プーカ島のまんなかにある「りゅうの森」に、この生きものはんでいるのです。人びとはこの子を森のまもがみであるりゅうとよびますが、当のりゅうの子は自分がどう思われているのかちっともわかっていませんで、りゅうまつりでかざられるじぶんそっくりなあかいハリボテをいぶかしげに見ているのでした。


りゅうの子には人のことばはよくわかりません。わかるのは、にわとりとひきがえるのことばだけです。それというのも、あかいりゅうの子のお母さんはにわとり、お父さんはひきがえるだからなのでした。

おんどりがたまたまんだたまごをオスのひきがえるがあたためたところ、この子が生まれ、ひとつの家ぞくができたのです。


家ぞくはなかよしで、りゅうの子はやさしく好奇心こうきしんたっぷりに成長せいちょう中です。


花がすき、鳥がすき、海がすき、春がすき、夏がすき、秋がすき、そして冬もすき!

冬の王さまと会うのはりゅうの子の楽しみのひとつなのです。


お父さんは冬が来ると森の土の下でねむってしまうので、お母さんとりゅうの子は農家のうかのにわとり小屋ごやですごします。


月のうつくしい夜のことです。りゅうの子はぱちりと目をひらきました。のそのそと小屋をて耳をすまし、やがてぱっとひとみをかがやかせます。


ちょこちょこみじかい足をけんめいにうごかして行くと、むこうからひげを光らせて冬の王さまが歩いてきました。うでにしろいものをかかえています。


あかいりゅうの子は、きゃっとかぴぃとか声を上げてとびはねました。

王さまは夜ふかしのりゅうの子にほほえみかけ、ひざまずいてそっとあたまをなでてやります。王さまはあらゆるしゅぞくの子どものあたまをなでるのがだいすきなのでした。


ひんやりとした王さまの手は心地ここちよく、りゅうの子は目を細めます。

それからすっと王さまが立ち上がると、いよいよ待ちに待ったときです。


王さまはかかえているものをささげつようにしました。それはまっしろでおおきなです。今日は目がとても細かく見えますが、あらいときもあり、日によってさまざまです。


ふるいに月の光がまんべんなくあたります。

王さまが左右にそっとふるいをるうと、さささとしろいこながまいおちました。


りゅうの子はわざとふるいの下にち、粉をかぶります。まっしろになったかと思うと、またたくまに粉はえてしまいました。

そう、王さまは月の光をふるいにかけて、つめたくやわらかな雪をつくるのです。

木よりもうんと高くび上がってみたり、山の斜面しゃめんけ下りたりしながら、王さまは雪をふらせます。


あかいりゅうの子は今年ことしはじめての雪をあびて、くるくるおどりまわりました。冬のねむりにはいっている生きものたちは、そのステップをまどろみに聞いて、ゆめの中でいっしょにおどります。

さあ、冬が来たぞ。冬の王さまが来た! 雪だ! 雪だ!


プーカ島の冬、王さまは雪をふらせてまわり、住人たちは冬ごもりをするのでした。


もちろんとじこもるばかりではなく、雪だるまコンテストもひらかれます。優勝者ゆうしょうしゃには冬の王さまからした小魚がおくられました。どの雪だるまがえらばれるかは王さまのきまぐれで、おおきいものの年もあればちいさいものの年もあり、みなわくわくとそれぞれに工夫くふうをこらしてつくります。


子どもたちが雪だるまをこさえると、いのちをやどしたそれらが春までりゅうの子の友だちになりました。


ふらふらと歩く冬の王さまを食卓しょくたくにまねき、じまんのベーコンをふるまう家もあります。うまければ王さまはペロリとたべ、そうでなければすこしだけのこすのですが、たいがいきれいにたいらげるので心配しんぱいありません。


ふるまった家では、王さまにあげたぶんのベーコンがつぎの日そっくり元どおりになって、しかも前よりいっそうおいしくなっているそうです。


冬はさむくきびしくきまぐれな季節きせつですが、プーカ島にはこのようにさまざまな楽しみがあるのでした。


王さまはあんまり居心地いごこちがよくて長居ながいをしすぎることがあります。そうするといつまでもあたたかくならずにこまってしまうので、島の人びとはわらい祭りを行うのです。


島には「笑う木」とよばれる、顔があってぴょこぴょこはねる木がたくさんいます。かれらがいっせいに笑うと春いちばんがき、王さまをヨットに乗せて海へとすので、笑い祭りは長すぎる冬にはとても重要じゅうようでした。


人びとは森の中のひらけた場所ばしょでたき火をし、とっておきのおもしろい話をじゅんぐりにしていきます。りゅうの子はもちろん、きているどうぶつやあらゆるたましいがこっそりとやってきます。かれらの笑いのツボは人といちじるしくかけはなれているので、どこで大笑いが起こるかはまったく予想よそうもつきません。


りゅうの子も人びとが何を言っているのかはわかっていませんでしたが、しぐさや表情ひょうじょう、声の調子ちょうしがいろいろなのが楽しくて、ときどきぴぃぴぃ笑いました。自分も仲間なかまにはいったつもりでぱたぱたぴぃぴぃしましたが、りゅうの子が見えるものと見えないものとがおりましたので、見えるものだけがそのさまをそっとやさしく見つめるのでした。


突然とつぜん、どっと大気たいきがゆれ、木々がざわめきます。

 いよいよ大笑いのようです。


祭りを見ていた冬の王さまは、やおら立ち上がると、うでをおおきくひろげました。たちまち強風きょうふうが吹いて、王さまはひゅろろっとヨットまで飛ばされます。

りゅうの子はつばさをぱたぱたしていかけました。


はやくもヨットは沖へと出ていき、王さまはそのうえで手を振っています。

冬を待つ国へむかうのでしょう。

プーカ島の冬はこうしておわります。


りゅうの子はちいさな手をぶんぶんと振りながら、冬の王さまを見おくるのでした。

またつぎの冬に、雪とダンスをおどるのを楽しみに思いながら。

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