3日後の僕

餅雅

中学一年生の秋、僕は僕に出くわした。

 

 学校帰り、いつもの坂道を歩いていた時だった。ふいに僕は目の前に現れた。


「あのさ、木原さんに告白するの辞めて」


 唐突にそう言われて、僕は持っていた自分の鞄を背中に隠した。


「ええ?」


 何処から突っ込んだら良いのか分からなかった。背格好も顔も自分のそれだ。しかも、クラスメイトの木原さんに明日告白しようとしている事を知っている。何たって明日は木原さんの誕生日だ。だから何度も書き直して作ったラブレターを渡すつもりで居るのに……


「えと……どなたですか?」


 もしかしたら宇宙人が自分に化けているのかもしれないし、ドッペルゲンガーかもしれない。けれどもそんな思いとは裏腹にもう一人の僕はこう言った。


「僕は三日後の君だ」


「み……は??」


 三日……なら大して変わりないのは頷けるが、何故、そんな直近の自分が目の前に現れるのかと困惑する。


「実はタイムワープのアプリが出来上がってて、販売されるのが三日後なんだ。だから早速試してみたんだけど、上手く行ったみたいだ」


 そんな話、聞いた事も無いから目を回した。信じられないが、まあ百歩譲ってそういう事にしておこう。


「で、何で三日後の僕が三日前の僕に木原さんへの告白を阻止しようとするの?」


「ふられるからに決まってるだろ」


 まあ、そうでなければ来るはずも無いだろう。三日後の僕が言うんだから間違いない。


「ちょっと待て」


 ふと、少し坂を下った先の角からこれまた背格好の良く似た僕が顔を出した。僕と三日後の僕が目を丸くして見つめる。


「えーと、僕は一週間後の君だ」


「はあ?!」


 三日後の僕と僕が声を合わせる。


「それなんだが、やっぱり手紙を渡しといてほしいんだ」


「はあ?」


 三日後の僕が不満そうな声を上げる。


「あれさ、机の中に入ってる事に気付かなかっただけだったんだよ。だから、別にふられた訳ではなかったらしい」


「うそ!?」


 一週間後の僕と三日後の僕が話し合っている。


「え? じゃあ出していいの?」


 僕が聞くと、三日後の僕と一週間後の僕が首を縦に振る。


「いや、ちょっと待ってくれ」


 また、角の所からもう一人僕が現れた。僕と三日後の僕と一週間後の僕が目を剥く。


「僕は一ヶ月後の君だ」


「はあ?!」


 同じ顔をした人間が四人になって困惑する。


「実はその後付き合う事になるんだけどな、五股かけられる事になるから辞めといてほしい」


「はあ?!」


 僕と三日後の僕と一週間後の僕の声が重なる。


「一体どういう事だよ!」


 一週間後の僕が一ヶ月後の僕に詰め寄る。


「付き合うってどういう事? 手を握るとか? デートとか? チューは?」


 三日後の僕も発狂している。


「え? え? じゃあ僕は一体どうしたら良いの?!」


 僕はもう何がなんやら分からなくなっていた。


「木原さんに限って五股なんて!」


「そうだよ! 意味分かんねぇよ!」


 一頻り揉めに揉め、みんなで真相を確かめに行こうと言うことになった。三日後の僕のアプリで全員一ヶ月後にワープする。ちょっとした手違いで二十七日後の夕方になってしまったが、未来の僕は木原さんと付き合っていた。夕暮れ時の公園で二人でブランコに乗りながら他愛ない話をしている。相手は確かに僕なのに羨ましくてつい、僕と、三日後の僕と、一週間後の僕と、一ヶ月後の僕は木原さんに詰め寄った。


「木原さんどういう事だよ!」


 三日後の僕が真っ先に声を上げる。一週間後の僕も


「人の純情弄んで!」


 と怒りを顕にする。二十七日後の僕はブランコに乗ったままポカンとした表情をしていたのが夕日に照らされてはっきり見える。


「僕の事、本当はどう思ってるの?!」


 僕も悔しくて負けじと声を上げた。日の光に照らされた木原さんは困惑した表情を浮かべている。


「あ!」


 ふと、一ヶ月後の僕が何かに気付いて声を上げた。


「木原、ごめん」


 僕と三日後の僕と一週間後の僕の首根っこを掴んで公園から出て行く。

 何がなんだか分からず喚いている僕達を宥めながら一ヶ月後の僕が申し訳なさそうな顔をした。


「何だ……その、勘違いだった」


「はあ?!」


 それから一ヶ月後の僕は責められていたが、それぞれの時間に帰る事になった。僕も、三日後の僕のアプリで僕の時間に戻る。


「僕、木原さんに告白するよ」


 僕が言うと、三日後の僕は頷いた。


「それからアプリは買わない事にするね」


 三日後の僕はにかっと歯をみせて笑った。学校帰りの坂道、僕は僕一人になった。

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3日後の僕 餅雅 @motimiyabi

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