サナギの召喚術師
燎琉
第1話 落ちこぼれの“召喚術師”
天窓から柔らかく射しこんでくる日差しが、簡素でありながら壁に緻密に彫り込まれた彫刻をほんのりと浮かび上がらせる。
それだけで、一見すればどこにでもあるような聖堂の空気を汚すことの許されない本来の近寄りがたい荘厳さが支配し、聖堂の神秘性を際立たせる。
その天窓から射し込んだ陽光は、ひとりの少年の姿を照らし出す。
瞳を半ば伏せ、ひたむきに詠い続けている彼の年の頃は13~14ほどだろうが、その年の少年が纏うには大人びている空気と年相応の幼さを残すどこか女性的な顔立ちが相まって、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出す。
時に高く、低く響かせながら全神経を研ぎ澄まし、一言一句間違えぬように詠う。
「……~――~……. 」
およそ5分ほどかけて、形式通りの呪文を詠唱し終え、目の前の祭壇に意識を集中させながら霊力を祭壇に向ければ、呼応するように祭壇の上に描かれた陣は天窓から降り注ぐ光を受け白き光の柱を生み出し、聖堂内を眩く照らし出す。
光の柱はゆっくりと小さくなり、眩いほどの光も鎮まっていく。
ここまでは慣例通り、儀式の手順は滞りなく進んでいる。
(問題はここから、ってか)
鎮まっていく光と時を同じくして、聖堂内のほぼ全ての視線が祭壇の上――正確に言うなら先ほどまで光の柱が存在した場所の中心部分に当たる場所を凝視する。
暫しの沈黙、それを破ったのは誰とはなしに零された密やかなため息だった。
それを皮切りに声にならない音の波紋が聖堂内に満ち始める。
「やはり、此度もか……」
「清めや準備は特に念を入れて行ったのじゃがなぁ…」
「…解せぬのぅ…」
「少し思っていたのだが…」
雑音の一切ない聖堂内でその声にならない呟きが場の中心にいる少年の耳に届かないはずはない。
しかし彼はほんの少し眉をぴくりと気付かれないように動かした程度で、大人しく場がまとまるのを待ち続ける。
そう、表面上では、の話だが。
傍から見れば大人たちの会話に一切口出しすることなく、己にどのような判定がくだされるのかを待ち続ける、品行方正で実に模範的な少年を取り繕っているが、その実彼の心はとても荒れていた。
(ったく……なぁんでこの頭の硬いジジイどもはこの結果が出ることなんてわかりきってるだろうに、よくもまぁ飽きもせず同じことを延々と繰り返してるんだか…
はぁ、早く帰って家事済ませて寝たい……だるすぎる…)
そうこの試験は過去から何度も両手の指を超えるほどくり返し行われていて、その度に彼は失敗という結果しか出せていないのだ。
だというのにこの頭のお堅い
だが下手に断ろうとすればあの手この手を駆使し、お茶を飲みながらさりげなく試験の話題に流れを持っていこうとしたりやら、父にワイロ(ちょっと質のいいお肉やお茶菓子)を渡したりするのだから、結局はこちらが致し方なく折れることになるわけだが。
未だ失敗という結果しか出せていない自分に対して、なおも懲りずに挑戦させようというのだから、全くもって大人というのは実に諦めが悪くて非常に物覚えのよろしくない、きっと“懲りる”という単語を知らないのだな、という認識に至っている。
(……まぁ、誰であろうとこうもしつこくされては、性格が捻くれずにいる方が奇跡的、いやいるものならお目にかかりたいと思うけど)
などと取りとめのない思考を巡らせていると、いつの間にか場の視線のいくつかが自分に注がれていることに気付き、さり気なく居住まいを正す。ここで態度が悪かったなら大人たちの容赦のないお小言が飛んでくるのはわかりきっていることだ。だが大人たちの視線は自分の背後___いや、正しく言うなら自分のすぐ後ろにある祭壇の上に視線は注がれているようだ。
もう儀式は終わっているのだ、今更そちらに何か起きるはずもない、そう分っているはずなのに少しだけ興味を惹かれて祭壇の方へと視線を巡らせる。
「おどって、る…?」
見とれているうちに無意識に零れた言葉に、自分が発したにも関わらず戸惑ってしまう。
だが、そう形容することしか彼にはできなかった。
つい10分ほど前まではなんの反応も示さなかった空間に天窓から入ってくる光の粒子がぽつぽつと集い始め、楕円を描くようにふわりふわりとゆっくりと舞い踊る。その数は次第に増えてゆき、眩い光を放つ球体を象りだす。
そして前触れもなく粒子の数が増え、寄り集まって光の柱を創り出し、眩いほどの閃光を放った。
視界を焼き尽くすかのような閃光に、場にいた全員が目を覆う。
___その刹那に聴こえた、微かに歌うような聲は果たして己の幻覚だったのか否か。
閃光は程なくして収まり、恐る恐る眼を開けた大人たちは先程の出来事の原因を追究すべく、先程まで光の柱のあった祭壇の方へと身を乗り出す。
少年――ルカ自身もそれとなく大人たちの視線の先を辿り、目を凝らす。
まだぽつぽつと光の残滓の残る光の柱の中心だった場所に、周りとは輝き方の違うものがある。まるで雨上がりの空に掛かる、淡い虹のような色合いの球体が天窓から注ぐ光を滑らかに反射して、自ら輝いているように見える。その様子はまるで球体が鼓動を打っているかのように映った。
と、僅かにその楕円形の卵のような球体が揺れた。次いでカツリ、という何かを突つくような微かな音。
その音は少し間を置いてまたカツリ、と鳴り響き、次第に鳴る間隔は狭まっていく。
途端に場の空気が水を打ったかのように鎮まり返った聖堂に、痛いほどの沈黙が満ちる。場のだれもが固唾を飲んで一体何が起きているのか見定めようと、祭壇の上のソレを注視し続ける。誰かがゴクリと唾を飲む音が厭に耳についた、その時。
球体の上部に位置する輪郭が崩れ、ゆっくりと上がった輪郭の中に黒曜のようなまろい珠がきょろりと覗く。
夜空に佇む満月を少し縦に長くしたようだ、と空っぽになった頭で浮かんだのはまずそれだった。
ソレは暫く戸惑ったかのように周囲を見回していたが、やがて小さく少し高い啼き声が沈黙を打ち破った。
《キュゥゥン……》
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