第216話 魔闘会でショータイム!⑤




     ☆




 ガンッ、という大きな音が部屋に響いた。



「くそっ! なんだこの舐めた矢文はっ!」



 机を拳で叩いたリッキー家当主、ジョン・リッキーは息を荒げ、並んだ矢文を睨みつける。



『指名戦・倍返し、領地10個賭けでリッキー家を指名する。おしおきの時間だ。ゴールデン家』



 その他の五家の矢文にも似たような内容が書かれていた。

 示し合わせているのは明らかだ。


 質実剛健で知られるサウザンド家、あまり冒険しない堅実なピーチャン家が参加していることを考えれば、おそらく王国側にも了承を得た宣戦布告と考えていい。


「マードック! 事が露見したのか?!」


 ジョン・リッキーは青白い皮膚をし、息子ボブと同じオレンジ色の長い髪を後ろで束ねている。目だけを蛇のようにぎょろぎょろと動かすのがジョンの癖であり不気味な特徴であった。


 ジョン・リッキーに呼ばれたマードックという男は、小汚いローブをまとった中年男だ。岩のような出っ張った顔をしているので、岩のマードックとも呼ばれている。


「いえ、それはございません」


 慇懃ではあるものの、どこか人を見下した喋り方はいつものことだ。

 ジョン・リッキーは咎めることはせず、顎をしゃくる。

 続きを話せと言っているのだ。


「禁制魔薬バラライは取り引きを中止しております。人魚のオークションは先延ばしにしており、他の売買も一時停止させております。ガブル様から依頼された保有魔力の高い子どもの誘拐も下調べにとどめております」

「ではなぜこのような馬鹿げた矢文が撃ち込まれた?!」

「わたくしめのような木っ端売人には分かりかねます」

「マードック! 俺をコケにしているのかっ!」


 ジョン・リッキーは我慢ならなかったのか、矢文の並んだ執務机を蹴り上げた。

 インクや本が飛び、盛大な音が響いて矢文がひらひらと宙を待った。


「落ち着いてください、旦那様」

「これが落ち着いていられるか」

「まずは冷静にならねばなりません」


 どこか他人事のような口調で話すマードックに、ジョン・リッキーはさらに苛立ちをつのらせた。


 六家から指名戦で『倍返し・10個賭け』など正気の沙汰ではない。

 拒否権は1回しか残っておらず、五戦全戦しなければらないのだ。

 すべて負ければ領地が50個奪われる。


 ゴールデン家とワイルド家には勝てる可能性はあるが、結託しているため向こうがどんな奇策を使ってくるか分からない。


 金で飼っているならず者の中に定期試験900点を超える猛者が二人いるが、奴らを出場させると“取引場所”が手薄になってしまう。ただでさえ王国とサウザンド家がうろちょろしており、守備戦力を減らすのはあまり得策ではない。



——猛者二人。アレらを使うことは………。



 ジョン・リッキーは元来の青白い顔に悲壮な色を宿し、右手で額を押さえた。



 すでに状況は二人を使わざるを得ない場面に直面している。

 そもそも、自家より上位四貴族が指名してきた時点で詰んでいるのだ。


 1回だけ残っている拒否権はサウザンド家、ヤナギハラ家、ササイランサ家、ピーチャン家のどれかに使うとして、同列のワイルド家に確実に勝つためアレを使い、もう一人をゴールデン家に使う。


 そうすれば、自分が上位貴族と対戦できる。


 もしくは、アレの一人を上位貴族のどれかに当て、ワイルド家に一人、ゴールデン家とは自分が戦う。

 すべて勝てば、三勝二敗。

 領地プラス60個、マイナス20個で、40個領地が手に入る。


 だが、果たして上位貴族に勝てるかどうか。


 領地数第2位のサウザンド家の指名を拒否するとして、上位貴族の残りはヤナギハラ家、ササイランサ家、ピーチャン家の三つ。


 古くから因縁があるササイランサ家は、九割九分当主が対戦相手になるだろう。

 あのおかしな笑い方の当主の点数は940点。化物レベルの強さだ。


 ヤナギハラ家は、当主は雑魚同然で出場してこないだろうが、嫁であり直系であるカオリ・ヤナギハラが類を見ないほどに強く、冒険者協会に登録していないため点数が不明で強さの底がしれない。

 お家芸である空魔法を平気で連射してくる使い手だ。


 ピーチャン家も不気味だ。

 あの家は毎年勝ったり負けたりを繰り返して、大したことのない強さに見えるが、どうにも隠し玉がある気がしてならない。毎年選手登録しているくせに、一度も出場していない選手が三人いる。


 ではササイランサ家に拒否権を使ってサウザンド家と対戦するか。

 その考えはノーだ。

 サウザンド家こそ対戦してはならない。

 最悪、選手を壊される。


 サウザンド家のオリジナル魔法であり、詠唱を他家に漏らさず口伝している光線魔法“裁きの白光ジャッジメントスナイプ”。

 白魔法で唯一の攻撃魔法であり、その威力は十体並べたAランクの魔物を一撃で貫通せしめると言われている。


 光の速さで迫る魔法は避けられず、身体強化でガードするしかない。

 ガードしたところで連射されたら終わりだ。

 高い集中力と魔力操作が必要な身体強化は、激しい攻撃を受けると魔力循環がブレてしまい強化が解除される。


 よほど魔力操作に特化した魔法使いであれば勝機はあるが、自家にそのような選手はいない。よって、光線魔法の使い手である一族の誰かが出てきた場合、確実に負ける。


 だとすると、アレら二人をワイルド家とゴールデン家にぶつけ、自分がピーチャン家と戦って勝ちを見出すか……。


 しかしこうなると、わざわざ宣戦布告してきたワイルド家とゴールデン家の考えが読めず、罠があるのではと疑ってしまう。

 この二家は領地数が150と100。負ければ大きな痛手となる。

 それを承知での『倍返し・領地10個賭け』なのだ。


 万が一、アレら二人の情報が漏れており、対策がなされていた場合は最悪の選択をしたことになる。

 ワイルド家とゴールデン家にアレらを使って負け、自分も三家に負ければ全敗は必至。


 それならいっそ、アレらを勝てる可能性のあるピーチャン家とヤナギハラ家にぶつけるという手もある。

 そうした選択の場合は当主の自分がゴールデン家と対戦するか。それとも魔力枯渇覚悟で、アレら二人に二戦ずつさせるか……。いや、それは愚策、か……?



 どうしたらいい……。

 何が正解なんだ………。


 根本的に、アレら二人を魔闘会で使ってもいいのかという疑問もある。

 リッキー家のイメージは地に落ちるぞ……。


 自分だけが勝ちを取りにゴールデン家と戦うか?


 いやいや、そうすると四家に負けて領地マイナス40個。ゴールデン家に勝ったとしてプラス20個。結果、20個領地を失う。それはありえない。絶対にない選択肢だ。


 じゃあどうする。

 リッキー家の最善である選択肢は……。



 ジョン・リッキーは追い詰められた者特有の、焦燥感が詰まった溜め息を吐いた。



 ジョン・リッキーは定期試験870点の実力者だ。

 子飼いの闘士に800点、790点、770点の者がいる。

 暗殺や隠密に使っている黒魔法の毒使いも点数は高い。


 だが、それらの闘士をぶつけてもサウザンド、ヤナギハラ、ササイランサ、ピーチャンには勝てないであろう。勝てる見込みがあるのは当主である自分だけだ。


 勝ちを確実に増やすなら、金で飼っている900点越えのイカれた二人を使う必要があった。


 負ければ手練手管を使ってこつこつと増やしてきた領地が水泡と化す。

 ジョン・リッキーはカッと怒りで全身が熱くなり、領地を失う絶望感で胃の腑が落下していく。怒りと絶望の境界線を気持ちが往復し、脳みそが焼け付いた。


 対策を打たなければならない。

 ジョン・リッキーは射殺すような視線でマードックを見た。


「ゾーイ殿を呼べ。それからガブリエル殿に使者を送れ。すぐにお話ししたいと伝えろ」

「かしこまりました」


 ジョンの命令に岩のマードックは従い、静かに部屋を出た。


 すると入れ替わりでゾーイが入ってきた。

 彼女はグレイフナー魔法学校に通っていた“おさげのゾーイ”ではなく、素面を晒している。


 木の枝のように長い鼻、大きな目。無邪気な妖精と言われても差し支えない顔には、これといった感情は浮かんでいない。


「どうされたのです、ジョン・リッキー様」

「お聞きになりましたか? 矢文ですよ」

「矢文?」


 ジョン・リッキーは青白い顔を僅かに赤くし、怒りを抑えて客人であるゾーイに説明する。


「面白い趣向ですね」

「面白くなど………ゾーイ殿、お力を貸していただけませんか」

「私の?」

「はい。あなたの実力はかなりのものだと聞き及んでおります」

「残念ですけれど、それは聞けない相談ですね」

「……なぜです?」


 ガブリエル・ガブルからは、ゾーイが木魔法上級、高難易度の擬態魔法“化粧姫の顔プリンセスモンタージュ”を使える凄腕の魔法使いだと聞いている。手が空けば子どもの誘拐を助けてくれる客人だ。


 魔闘会で闘うぐらいいいだろうと思っていたところをにべもなく断れたため、ジョン・リッキーは怒りが噴出しそうになった。


「その口調だと、私に擬態をして魔闘会に出ろ、といいたいんですね? それはできません。私の力は指示なく使えないのです」

「そこをなんとか」

「できません。自分の家のことは自分でなんとかなさってください。では、失礼します」


 取り付く島もなかった。

 ジョン・リッキーはドアを閉めたゾーイに向かって大きな舌打ちをする。


 もともと、何を考えているか分からない女だ。

 今までは“おさげのゾーイ”としてたまに現れては誘拐の手伝いをしてくれた。

 ミスリル事件のあとから本当の顔を晒し、ずっとこの家でぐうたらしている。あの女が事件に関与しているのは疑いのない事実であろう。


 ジョンは神経質そうに額をもみながら部屋をぐるぐると歩き、ゾーイの存在を頭から追い出して、魔薬バラライの流通経路や違法人身売買について目まぐるしく考えた。落ち度がないか脳内で吟味していく。


 どうにか大丈夫だと自分を納得させると、別の思考へと意識を伸ばした。


「おい、誰か来い!」


 ドアの近くで待機していたメイドが部屋に入ってきた。


「ボブを呼べ。今すぐだ」

「かしこまりました」


 メイドはひっくり返ったテーブルを見て怯えたが、なるべく平静を装って部屋を出た。

 髪が乱れ、女遊びをしていたらしい息子のボブがすぐにやってきた。


「どうされました、父上」

「ああ、気にするな」


 息子が来たことにより冷静さを取り戻したジョン・リッキーは執務机に備え付けてある椅子にどかりと座った。

 ボブは室内の様子を見て入り口で直立している。


「こっちに来い」


 ボブは言われるがまま、倒れている執務机の前に立った。


 ジョン・リッキーがボブに経緯を説明すると、息子は顔を赤くして怒り心頭になった。さすがリッキー家の血筋だと言いたくなったが、そこには言及せず、ジョンは話を続ける。


「ボブ。新学期からゴールデン家の四女を手篭めにしたいと言っていたな」

「は、はい、父上」

「どんな手を使ってもいい。俺が飼っている番犬どもを貸してやる。その女を拐ってこい」

「よろしいんですか?!」

「構わん。こうなれば実力行使だ。格下のゴールデン家には退場してもらう」


 父親が酷薄な笑みを浮かべると、ボブは口元を欲望で歪めて笑った。


 四年生になり、女の味を知ったボブにとってエリィはたまらなく魅力的な獲物だった。


 どうしても欲しいと思い、毒使いや暗殺歩行を使う子飼いの兵を貸してくれと何度も父親にはお願いしていた。ここにきてようやくその許可が下りたのだ。もう我慢しなくていいと思うと、ボブが持ついびつな嗜虐性が鎌首をもたげた。


 かつてはブスでデブだとおもちゃにしていた女子が絶世の美少女になって現れた。それをまたおもちゃにできるかと思うと、顔のニヤつきが止まらない。しかも闇の権力を多く持つ父親公認だ。誘拐は絶対にうまくいくだろう。


「これはおまえへの試験でもある。なるべく事を荒立てず行え。魔闘会当日までに、だ」

「分かりました」


 ボブは興奮で声が上ずった。


「よし。話は終わりだ」

「はい! 失礼いたします」


 息子のボブがいい返事をして出ていった。

 ジョン・リッキーは息子の姿を見て、あれで頭が回るようになれば自分より上手く裏社会を経営できるだろうと満足する。


「失礼いたします」


 数分で岩のマードックが部屋に戻ってきた。


「ガブリエル・ガブル様の許可が下りました」

「そうか。行くぞ」

「かしこまりました」


 ジョン・リッキーとマードックは窓を開け、夜陰に紛れた。

 尾行を警戒して馬車は使わず身体強化でガブル家へと向かった。




     ☆




 ジャックは屋敷から二人の人影が出て行く姿を確認した。



 サウザンド家の執事から秘書へと雇用形態を変えたジャックは、エリィの頼みで今はリッキー家の調査を行っている。


 魔薬密売、人身売買、誘拐など、あと一歩というところで尻尾をつかませないリッキー家にやきもきしていたが、今日の矢文によって事態が展開するだろうとほくそ笑んだ。追加で、敬愛して止まないエリィの策謀に内心で称賛を送った。



 気配を殺して後を追う。



 二人のうち、一人はリッキー家当主、ジョン・リッキーだ。


 屋根伝いに走る彼らはなかなかに速い。

 魔力が漏れないよう細心の注意を払いつつジャックは身体強化を行使する。


 するとすぐに二人は目的地へ到着したのか足を止めた。

 そこは、領地数第6位、グレイフナー王国六大貴族ガブル家の邸宅であった。


 高い塀に囲まれた大きな屋敷は、庭に狼が放し飼いにされており、侵入者がいないか目を光らせている。


 オレンジ色の髪を整えジョン・リッキーと付き人が邸宅内へ消えて行くと、すぐにジャックは足の向きを変え、夜の一番街を疾走した。


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