第217話 魔闘会でショータイム!⑥



      ☆




 ガブル家邸宅に通されたジョン・リッキーは、テーブルを挟んでガブリエル・ガブルと対峙した。岩のマードックは部屋の外に待たせている。



 ジョンはソファに座っている狼人族の大男を見て、自分の表情が独りでに強ばることを感じた。



『冷氷のガブリエル』の二つ名を持つ狼人族のガブリエルは、狼人特有の濃い体毛に包まれ、雷のような模様が頬に三本走っている。

 目つきは二つ名のように冷ややかで鋭く、情も慈悲もなさそうだった。


 実際、ガブリエル・ガブルは冷徹な男だ。


 加えて、アリアナの母を手に入れるため誘拐して決闘をする卑劣さと行動力。頭の回転が速く、証拠を残さない周到さと執念深さなども持ち合わせている。敵に回すと厄介な男だ。


 アリアナが殺されなかったのは単なる気まぐれと脅威にならなかったからだろう。妾にするあと一歩でアリアナの母には宮廷へと逃げられたが、その腹いせにガブリエルは没落していくグランティーノ家を酒の肴にして大いに笑った。


 ジョンはグランティーノ家の話題を何度もガブリエル・ガブルから聞かされていた。


 ガブル家の領地数は550。六大貴族の中では一番少ない。

 しかし、多くの貴族が弱みを握られガブリエル・ガブルの言いなりになっており、その権力は領地数1位のバルドバット家をも凌ぐとジョンは考えた。


 ジョンは影の権力者であるガブリエル・ガブルと対面すると、否が応でも緊張が高まってしまう。自分がこの男に気圧されていることを認めたくないと思う一方、心のどこかで絶対に敵わない、と精神面で弱者に成り下がっていた。


 また、リッキー家は裏社会の利益の七割を上納金としてガブリエルに収めてもいた。取られる金額は憤慨したくなる金額だが、自分がヘマをすればガブリエルがもみ消してくれることも事実だ。



 凶悪にして強大な後ろ盾。



 ジョン・リッキーにとってガブリエル・ガブルは絶対に逆らえない存在であった。



「ジョン。おまえ、また何かやらかしたのか?」


 ガブリエル・ガブルは緊急でジョンがやってきたことへの苛立ちを隠そうともせず、瓶を逆さにしてワインを飲み、ソファに深々と座って机に足を投げ出している。


「……いえ、そうではありません。この矢文が一時間ほど前に打ち込まれました。そのため報告に参りました」


 ガブリエルの背後では、身体強化が得意な熊人族の男と牛人族の女がハルバードを持ってニヤニヤとジョン・リッキーを見下ろしていた。


 ジョン・リッキーは彼らの態度に歯噛みしつつも、無表情を装い、ガブリエルの足を避けて六通の矢文をテーブルへ広げた。


「グルル……」


 ちらりと手紙を見たガブリエル・ガブルが獰猛に唸り、身体強化で両目を強化してすべての手紙を読むと面白そうにゲラゲラと笑いだした。


「ジョン! 六家から『倍返し』を食らうとはとんだ災難だなぁ!」


 ガブリエル・ガブルはガンガンとテーブルに足を打ち付け、涙を流して笑った。

 背後の護衛二人も追従するかのように哄笑した。


「わ、笑いごとではありません!」


 あまりにむかっ腹が立って、ついジョンは叫んだ。

 ピタリと笑いが止まった。


「………なんだってぇ?」


 瞬間、殺気が膨れ上がる。

 ガブリエル・ガブルは持っていたワイン瓶を粉々にし、テーブルから足を戻してジョンを睨みつけた。


 ジョン・リッキーはしまったと思い、一気に冷や汗が吹き出した。

 両手が震え、歯の根が合わない。


 すぐさま言い訳を考えて口を開く。


「こ……この『倍返し』には王国も必ず関わっております。あからさまに口裏を合わせた指名は魔闘会では受理されません。それをわざわざ魔闘会の六日前に矢文というふざけたやり方で挑発してきたのです。何か絶対に裏があります」

「……だろうな」


 ガブリエルは前のめりになった体勢を元に戻し、また両足をテーブルへ乗せた。


「それでおまえは俺のところへ助けを求めにやってきたわけか」

「そうです……申し訳ございません」

「しかしなぁジョンよ。魔闘会に出場するにはその家に在籍している五年間の証明が必要だ。おまえにうちの闘士を貸しても出場はできんぞ」

「それは……そうでございますが……」

「では俺にどうしてほしいのだ」

「それが分からず意見を頂戴しに参ったのです」


 ガブリエル・ガブルは立ち上がり、ジョンの頭を大きな右手でつかんで無造作に揺り動かした。


「だから、お前は、小物だと、言われるんだ」


 圧倒的な膂力を誇る狼人族に頭を揺らされるジョンはたまったものではない。

 それでも身体強化せず、どうにか我慢し、最後に突き飛ばされた。


 勢いが強く、ソファの背もたれからひっくり返って後ろへ落ちてしまった。


 豪華な絨毯がクッションになり痛みはなかったが、自尊心は大いに傷ついた。

 後ろにいる熊人と牛人の護衛が終始ニヤついているのがたまらなく腹立たしい。


 ジョンはソファへ戻って腰を下ろし、乱れた髪を直した。


「まあいい。取られてもどうにかしてやる」


 ガブリエルはつまらなそうにまたソファへふんぞり返った。


「その代わり、魔薬バラライと人魚オークションは手はず通り行え」

「えっ? そ、それは……」

「なんだぁ? できんのか?」

「い……いえ……その………」


 ここ一ヶ月、王国調査団やサウザンド家が周囲を嗅ぎ回っている。

 魔闘会の喧騒に乗じて密売を行う予定ではあったが、あまりにもリスクが高い。しかし、ガブリエル・ガブルという男に逆らうわけにはいかない。それだけは絶対だ。


「かしこまりました……」


 ジョン・リッキーは青い顔をしてうなずいた。

 その表情に満足したのか、ガブリエルが豪快に笑った。後ろの護衛も笑う。


「しかし『倍返し・10個賭け』を同時にやるとは俺にも思いつかなかったな。発案者は誰だ? 相当のバカか頭がイカれた野郎だろうなぁ。面白いじゃあないか」


 ガブリエルは面白いアイデアを思いついたのか、ジョンを見やった。


「おいジョン。リッキー家はここ数十年、『倍返し』を使ってないな?」

「そうですが……」

「おまえ、ゴールデン家に『倍返し』をしろ」

「……倍返し、ですか?」

「そうだ。領地10個賭けだ」

「じょ、冗談はよしでください」

「そんなに驚くことじゃあないだろうが。ゴールデン家は格下だ。『倍返し』を10個賭け合いすれば、勝った方に30個の領地が転がり込んでくるぞ。ちまちま十数年闘って得られる領地数がたった一回の魔闘会で手に入ると考えろ」

「な、なるほど……」


 ジョンは魔闘会ルールを思い出し、うなずいた。


『倍返し』は勝てば勝利者に賭けた分の領地が。負ければその倍が取られる。

 

 10個賭けの場合、

 賭けた親が勝つと10個獲得。

 賭けられた子が勝つと20個獲得。


 お互いに『倍返し』をすると親と子がかぶるので、両者で10個賭けをした際は勝利者が30個領地を奪うことができる。


「今年はサウザンド家でも指名しようと思ったがやめだ。ガブル家もゴールデン家に『倍返し』してやろう」


 ガブリエルが犬歯をむき出しにして笑いながら唸り声を上げた。


 ジョン・リッキーは先手を打たれて気弱になっていた。

 しかしガブリエルの言葉で心が軽くなり、ゴールデン家を狙い撃ちすることで気分が高揚した。


 やはり、ジョン・リッキーという男は、息子のボブと同じで、他人を痛めつけて喜びを得る攻撃的なタイプのようであった。


「どのみちガブル家とリッキー家がつながっていることには気づかれているんだ。ここで俺とおまえが『倍返し』しても何ら問題はない」

「ははっ、たしかにそうですね」

「おう、ジョン。やっと調子が出てきたじゃないか。酒でも飲んで帰れ。明日から忙しくなる」

「ありがとうございます」


 ガブリエルは背後にあるワインセラーから無造作に白ワインを取り出し、ジョン・リッキーに投げた。

 ジョンはそれを受け取った。


 それから挨拶もなく、ガブリエル・ガブルは護衛の二人とともに部屋から出ていった。


 ガブリエルと護衛の大きな背を見送って一人になると、高揚した気分がリスクの高い魔薬バラライの売買と人魚のオークションという難題を前にしてすぐに萎んだ。

 もらったワインを床に叩きつけてやりたい気分になったが、そんなことをしたら本当の意味で首が飛ぶ。



 やるしかない。



 ジョン・リッキーは自身を鼓舞するために無理矢理口角を上げて笑った。


 もらったワインは気の弱いメイドにでも一気飲みさせて遊んでやろうと気を取り直し、彼はガブル家邸宅を後にした。


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