第191話 イケメン再び学校へゆく①


 ぷりんぷりん。

 瑞々しく跳ねる、乳と尻。


「ははははっ! まーてーよー!」


 男の身体の俺は浜辺でギャル達を追いかけ回していた。


 砂浜の白い砂が女の子の足で跳ね、照りつける太陽が魅力的な肢体に惜しげもなく当たる。


「こっちこっち〜」

「はぁやぁくぅぅっ」

「小橋川さぁん」


 甘ったるい媚びた声色で、女の子達はキャッキャとはしゃぎながら手招きをする。

 誰も本気で逃げていない。

 俺は楽しくなってきて、鼻の下を伸ばしながら近くにいった女の子を抱きすくめた。


「いやぁん、捕まっちゃったぁ」


 女の子の柔肌につるりと汗が滑り落ち、ビキニで押し上げられた胸の谷間へ水滴が吸い込まれていく。俺の手も勝手に谷間へ吸い込まれていく。


「くすぐったぁい」


 いかんともしがたい感触に口元が緩む。


「小橋川さぁん!」

「私もつかまえて〜」

「はぁやぁくぅ」


 抱きすくめていた女の子をお姫様抱っこし、そのまま海へ放り投げた。

 女の子は嬉しそうに笑いながら水しぶきを上げて海へと落ちる。ひどーい、と言っているがめちゃくちゃ楽しそうだ。


 しばらく女の子達と乳繰り合っていると、とびきりスタイルのいい外人の女の子を見つけ、砂浜を猛ダッシュした。


 その子は金髪にツインテール。

 身長は163、4センチほど。

 尻と胸は二度見するほどいい形とボリュームをしており、真っ白のビキニに包まれていた。

 脚は健康的でほどよく筋肉がついており、すらりと長い。

 逃げながらちらりとこちらを見る顔はちょっと怒っているようだが、ずいぶんと可愛い感じがする。


 その子の顔を見たくなり、どうにか追いついて後ろから抱きすくめた。


「天使め。ついに捕まえたぞ」


 自分の口からアホみたいな言葉が出る。

 こんなセリフは女を口説くのが下手な田中だって言わない。


 その子は俺の両腕を手でそっと添えると、ゆっくり振り向いた。

 お互いの吐息がかかる距離。

 彼女の可愛らしい心臓の鼓動が手のひらから伝わってくる。


「エリィ……?」


 その女の子はエリィだった。


 魂まで吸い込まれそうなサファイア色の瞳でじっとこちらを見つめてくる。

 優しげな垂れ目を何度か瞬きをさせると、ご機嫌が直ったのかにっこりと微笑んだ。

 笑うと目尻に薄っすらと皺ができるのが彼女の特徴だ。


 この笑顔は癖になるな。

 何度見ても癒やされる気がする。


 しばらく俺達は笑顔を交わしているとエリィが俺の手を引き、走り出した。

 あわてて歩調を合わせ、後をついていく。


 ざくざくと足音を鳴らしながら砂浜を走っていると、いつしか風景はグレイフナー一番街のレンガ造りになっており、エリィの服装もミラーズ最新デザインのツイードワンピースに変わっていた。



 エリィは振り返ってまた笑う。

 ひらひらとワンピースの裾が踊り、軽やかに足が跳ねる。



 場所はゴールデン家の門前、行列のできるミラーズ、王宮内、秘密特訓場など紙芝居のように移動する。


 できればエリィの声が聞きたいんだけどなぁと思っていると、いつの間にか周囲はオアシス・ジェラに変わっていた。


 エリィの服装はオアシス・ジェラでよく着ていた不可思議な文様のギャザースカートにヴェールを羽織る砂漠スタイルに変化しており、風景はギランのたこ焼き屋、治療院、オアシス噴水前、ジャンジャンの家へと脈絡もなく飛ぶ。



 エリィは砂漠の太陽を浴びながら、嬉しそうに笑って振り返る。

 ギャザースカートが翻り、強い日光を反射させる。



 やがて俺達は西門を出ると、アリアナとよく往復したランニングコースへ入り、そのままポカじいの隠れ家へと移動した。


 このときの修業はつらかったな。

 地獄の魔力循環マラソンはもう二度とやりたくないと思う。

 体力が切れたら光魔法で回復されて、ひたすら走らされたのはいい思い出だ。


 なんてことをしみじみ考えていたら、エリィはオアシス・ジェラへと足を戻し、どんどん進んでいく。

 心なしか、彼女の体型が太くなっている。

 手を引く後ろ姿は全体的に丸くなり、俺の手を握る指も肉厚なものになっている。


 エリィはそんなことお構いなしにさらに走り続け、風景は自由国境の街トクトールへと移り、服装は猫耳付き目出し帽に変化していた。

 俺達がポチャ夫の家をふっ飛ばしたときと同じような雷雨がいつしか空を覆い、大粒の雨が顔を弾く。



 エリィは目出し帽をかぶったまま振り返り、あのときは大変だったわ、と言いたげな目を向けてきた。



 確かにあれは最悪の経験だったな。

 両手両足を縛られて魔法が使えなくなった。

 どうにかして魔法を尻から出すという、大変に不名誉な方法で脱出したもんなぁ。


 あのときの情景を思い出していると、風景がグレイフナーへと変わった。


 目の前で俺の手を引くエリィの服装はグレイフナー魔法学校の学生服へと衣装チェンジしており、体型も顔つきも最初のエリィにすっかり戻っていた。子どもの腰ぐらい太い足、シャツとブレザーをぱつぱつに押し上げているはち切れんばかりの腹、コルセット付けてたっけと確認したくなる丸い首。


 エリィはニキビのある顔で俺の方を振り返り、にこりと笑う。


 ああ、やっぱ太っててもエリィは可愛いな、と思うのは身内びいきなのだろうか。


 景色がグレイフナー王国のいたるところへ飛んでいく。

 ミラーズ、学校、合宿のあった草原、買い物をした化粧品屋、秘密特訓場……。


 また雨が降り出した。

 エリィと俺はゴールデン家の中庭に立っていた。



 いつの間にか繋いでいた手は離れていた。



 エリィのぬくもりがなくなってなぜがひどく寂しい気持ちになる。

 自分の手のひらに目を落とすと、見慣れた男の手がそこにはあった。


 ごつごつとしていて、ジムのバーベルでできた小さなタコがあり、冗談で行った手相占いで「金運がすごいよ」と指摘された皺が、薬指から手のひらの付け根まで走っている。手のひらには無秩序に雨粒が当たり、エリィと俺が離れてしまったことを分からせるように激しく跳ねた。


 目のくらむような光が輝き、凄まじい轟音が鼓膜をつんざいた。

 メキメキメキと中庭に立っている一本杉が倒れた。


 振り返ると、エリィが中庭の池に浮かんでいた。


 俺は叫んだ。

 めちゃくちゃに叫んだ。


 心臓が握りつぶされるような恐怖と悲しみが押し寄せて、心の中をかき回していく。昔、好きだった恋人が死んだ記憶がどっと溢れてきて、足に力が入らなくなった。


 地面に両手をついた。

 手を握りしめると、柔らかくなった土が指の間から形を変えて出てくる。

 その土にも容赦なく雨が当たる。



 しばらく放心していると、俺は空中に浮いたままグレイフナー魔法学校、ライトレイズの教室を見下ろしていた。


 教室内は映画館のように後ろの席が高くなっている。

 生徒は全員出席しているのか四十数名が席を埋めている。


 俺は真っ先にエリィを探した。


 太っちょのエリィが一番前の席で縮こまって、一生懸命ノートを取っていた。

 ハルシューゲ先生が光魔法の効果を説明している。

 生徒達も全員真剣な様子だ。

 微笑ましい気持ちで、頑張るエリィの丸い背中を見守った。


 途中で質疑応答が入り、授業終了の鐘が鳴った。


 エリィはお嬢様らしく丁寧にノートを机の中へとしまうと、ハンカチがポケットに入っていることを確認して教室を出ていった。たぶんトイレだろう。


 それを横目で見ていたスカーレットとその取り巻き連中はニヤニヤしながらエリィの席へ近づき、おさげ頭のゾーイがスカーレットの指示に従って先ほどのノートを取り出した。


 ゾーイは楽しげにノートを広げ、エリィがさっき一生懸命板書した部分をびりびりと引き千切った。

 スカーレットが下品に笑い、取り巻きの女子達も笑う。

 得点稼ぎなのか、取り巻きの女子一人がノートに土魔法をかけて泥だらけにしてしまった。

 さらに盛り上がるスカーレット達。


 エリィが教室に帰ってくる姿を見つけた女子がスカーレットに耳打ちすると、彼女らは素早く自分たちの席へと戻ってエリィの様子を観察する。


 エリィはすぐに机の中の異変に気づいた。

 ノートを取り出して愕然とした表情を作り、スカーレット達の元へと歩いていく。


 エリィは果敢に彼女らを注意する。

 スカーレット達は取り合わない。


 無駄だと分かったエリィはしょんぼりと肩を落として自分の席へ戻った。

 エリィは涙を堪え、机の中をハンカチで拭き、ノートを洗うためか教室を出ていった。


 俺はスカーレットに飛びかかり、思い切り顔面を殴りつけた。


 身体強化もした。

 食らえば顔の骨格が変わるほどの威力だ。


 しかし、拳は空を切った。

 俺の身体は空を切った反動でくるくると三回転した。


 くそ、くそ!

 と苛立たしく叫んで廊下の方向へ飛び、水魔法の蛇口でハンカチを洗っているエリィを呼んだ。


 エリィ! エリィ!


 こちらの声はエリィに届いていない。

 彼女は泥の付いたノートを丁寧にハンカチで拭き、ハンカチを水で洗う。

 エリィの後ろ姿は丸くて寂しげだった。


 こんなことを彼女は二年間も続けていたのか?

 入学式から二年生の終わりまでずっと?


 そう思うと無性に込み上げてくるものがあり、思わずエリィを抱きしめた。



 エリィ! エリィ!



 だが、俺の腕とエリィの身体が触れ合う寸前のところで、目の前が真っ暗になった。




    ◯




「エリィィィッ!」


 がばっと起き上がると、エリィの自室だった。

 カーテンからは朝日が漏れ出しており、小鳥がチュンチュンと楽しそうにさえずっている。


「夢……か……」


 いや、久々に夢見たわ。

 リアル過ぎて現実と混同したぞ。


 ドアがノックされたので、返事をするとクラリスがいつも通りの顔つきで部屋に入ってきた。


「お目覚めでございますか。顔色が少し悪いようですが」


 そう言いながら手際よくカーテンを開けていく。

 カーテンレールの滑べる音とともに、朝日が部屋の中を満たした。


「ええ……ちょっと夢を見ていたの」

「まさか悪夢でございますか?」

「うーん、ちょっと違うと思うんだけど……」

「腕が三本で足がガニ股の魔物が出てきませんでしたか? 出てきたのならば祈祷師のところでお祓いが必要でございます」

「それは出てきてないから安心して。あと顔が近いわ」

「さようでございますか。一安心いたしました」


 その魔物やだわー。

 平常運転のクラリスを見てやっと通常の意識が戻ってきた。


 さっきのは夢で、時間をエリィと一緒に遡っていたような感じだったな。

 グレイフナーから始まってオアシス・ジェラ、ポカじいの隠れ家、オアシス・ジェラ、トクトール、グレイフナー、ゴールデン家の中庭、そして学校。

 俺と手を繋いでいるエリィはすごく楽しそうで、離れたあとは悲しそうだった。


 つーかエリィと手が離れたときの喪失感はやばかった。

 あれは気を抜いたら悲しみのどん底まで精神が持っていかれるところだった。


 あと、雷に打たれたエリィの姿……正直、見たくなかったぜ。

 夢の中だったけどあの絶望感は本物だった。

 思わず死んだあいつのこと……佳苗のことを思い出してしまった。


 人間は心の傷を深層へと隠すがその記憶が消えるわけではない、とどこかの文献で読んだ。俺は、まだあいつのことを心のどこかで引きずっているのかもしれない。

 まあ、考えたところで仕方ないし、今は置いておこう。


 それから、エリィがスカーレットにいじめられている姿は初めて見たな。

 日記で見たからある程度内容は把握していたが、やはり実際にこの目で現場を見ると怒りで腸が煮えくり返る。

 スカーレットとゾーイはこてんぱんにしてひぃひぃ言わせるの確定だろ。いや本気で。


 総合的に考えると、たぶんさっきの夢は俺とエリィの記憶と意識が融合したものじゃないだろうか。エリィの身体に精神が二つある状態だしな。こんな夢があってもおかしくはない。


 あれ? てことは、エリィがいじめられている光景を俺は見ていたってことになるのか?

 じゃないとあのいじめ現場が夢に出てきた説明がつかない。

 エリィはハンカチを洗いに教室から出ていったから、スカーレット達が悪戯している光景が彼女の記憶であるはずがない。


 あれだけリアルなら俺自身が記憶を捏造したって感じでもなさそうだしな。


 どういうことだ?

 うーん……全然分からん。


 これからは夢にも転移のヒントが隠されているかもしれないな。少し気に留めておくか。

 今はそれぐらいしかできることがない。


「お嬢様、難しい顔をされてどうされたのです?」

「なんでもないわ」

「大丈夫でございますよ。進級試験なら上位魔法を使える時点で合格でございます。今までお休みしていたツケはこれでチャラでございます」

「そうね」

「奥様の口利きもございますので問題などございません」


 クラリスが自信たっぷりに一礼すると、てきぱきと俺を寝巻きから部屋着に着替えさせて洗面所へと誘導した。


 とりあえず今日から学校だ。


 どーしよ。スカーレットの顔見たら速攻で殴っちゃうかも。

 いやいやそこはアイアンハート小橋川。

 この熱い衝動を精神力で抑え込むぜ。


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