第192話 イケメン再び学校へゆく②



「おはよう」

「おはよ、エリィ…」


 ゴールデン家のエントランスでアルティメット狐美少女がお出迎えをしてくれた。

 アリアナはグレイフナー魔法学校の制服に闇クラス指定のローブをきっちりと羽織り、ドアの脇にちょこんと立っている。


「わざわざ迎えに来てもらっちゃって悪いわね」

「ううん。その…エリィと登校…したいのは私だし」


 アリアナはそう言いながら、両手で鞄を持ってもじもじと太ももをすり合わせる。きゃわいい。


「今度は私がアリアナの家に行くわ」

「それはダメ。遠いから」

「あら、身体強化ならすぐよ」

「街中で身体強化は目立つ…」

「大丈夫よ」

「ん…」


 そう言いつつ、アリアナの狐耳をもふもふと撫でる。

 なんともいえない撫で心地。耳がつぶれてピンと元に戻る瞬間がくせになる。


「アリアナちゃんおはよう〜」


 ダイニングから出てきたエイミーがアリアナに抱きついた。


「も、もはほふ…」

「アリアナちゃん可愛すぎる。にゅふふ」


 エイミーもアリアナをもっふもふするのが好きらしい。

 だが巨乳に顔面が埋まってアリアナは苦しそうだ。


「あ、そうそう。エリィに言おうと思ってたんだけど、私、魔導研究所に就職するのやめたからね」

「ええ?! どうして?」

「モデルをもっとちゃんとやりたいの。これからお仕事も増えるでしょう? 兼業は難しそうだから」

「姉様いいの? あそこ、グレイフナー最難関の就職先でしょ?」

「いいの。あっちよりモデルのほうが向いてる気がするんだよね」


 さすが天才肌のエイミー。

 真の天才は彼女かもしれない。


「お父様とお母様にはもう伝えてあるよ。反対されると思ったけど、すんなり認めてくれたから拍子抜けしちゃった」

「お父様とお母様、雑誌『Eimy』の虜だからね」

「エリィは問題ないよ、ってこの前言ってたから……私が専属モデルになるの平気だよね? いちおうまだ魔導研究所には最終書類を出してないから引き返せるけど……」

「是非お願いするわ! 姉様はうちの看板モデルですもの!」

「まあ! よかった! 嬉しい!」


 エイミーはアリアナを名残惜しげに開放すると、垂れ目を輝かせ、胸の前で両手を組んだ。


「まだまだ着たい服がいっぱいあるの! エリィが作っているエリィモデルのパーティードレス! あれを着るか魔法の研究するかって聞かれたら間違いなくパーティードレスを取るよ〜」

「んまぁ姉様ったら」

「あれは…かわいい」

「かたろぐ? って本のモデルも是非私がやるからね? お願いね、エリィ!」

「もちろん姉様以外に適任者はいないわよ」

「エリィ大好き〜」


 大人っぽい風貌のくせにやけに子どもっぽくはしゃぐと、エイミーは俺に抱きついた。エリィの胸とエイミーの胸が合わさってつぶれてなんかもーすごいことになってるよね。この間に挟まれたらやばいね。今だけでいいから男に戻りたいよね。


 まあ、エイミーを専属モデルとしてコバシガワ商会で雇うことに全く問題はない。給料をしっかり出せるようにバリバリ稼がないとな。


 アリアナとパンジーにもバイト料は出している。特にアリアナに関しては多めに渡してあるから、彼女の家の台所事情は相当に改善されているはずだ。ボーンリザードの分け前を頑なに受け取らなかった頑固なアリアナに、やっとこちらの資金を回すことに成功した。いいぞぉ。アリアナには幸せになってもらいたいからな。


「それじゃ、いってらっしゃ~い」


 エイミーが手を振ると、いつの間にか集まっていたメイドと執事がドアの前に整列しており、


『いってらっしゃいませ、エリィお嬢様。アリアナお嬢様』


 という息の合った見送りをしてくれた。


「いってくるわ!」

「いってきます…」


 俺とアリアナは四年生になるべく学校へと向かうのであった。




     ☆




 グレイフナー魔法学校は魔法陣の形を模している。

 校舎が六芒星。

 周りを囲む円が二つ。


 外側の円は、魔物除け効果のある“魔頁岩石”で造られた塀になっており、内側の円は、魔物が嫌う臭いを発する樹木“金木犀キンモクセイ”がみっしりと植林されている。


 上空から確認すると、茶色の円、太い緑色の円、灰色の六芒星といった具合に見える。


 六芒星と緑色の円の隙間に、校庭や特別実験室、演習場などが設えてあり、工夫して設計されていることが伺え、全体はかなりの敷地面積を有していた。


 そんなグレイフナー魔法学校、始業式当日。


 正門から校舎につながる『パリオポテスの道』を生徒達は楽しげに会話しながら進む。途中で植林された金木犀の林が現れるのは、円を突っ切るようにして校舎に行くので当然だ。

 生徒達は金木犀の林を待ち合わせ場所にしたり、逢引き場所にしたりしている。


 『パリオポテスの道』、金木犀の林の中。人目を避けるように道から距離を置いて、土魔法で作られた小屋があった。

 上位黒魔法の隠蔽魔法と、上位氷魔法の結界魔法まで張られている厳重さだ。


 小屋の中は完全にお通夜ムードだった。


 室内にいる生徒約五十名は、机に突っ伏したり、壁にのの字を書いたり、無駄にスクワットをして立ち上がれなくなったり、床に寝転がって涙を流したりと、思い思いの方法で悲しみにむせび泣いていた。


 彼らは尋常ではない雰囲気で悲嘆し、己のアイデンティティ崩壊寸前まで追い詰められていた。


 その中でも特にひどく泣いている人物がいた。

 彼はソファに座り、腕を組んだ状態で、ただただ目から洪水のように涙を流している。たまに思い出したように頭部についた洗熊人の耳がピクリと動いた。


「エイミーざばぁ……なぜ卒業ざれでじまっだのでずぅ……」



 この小屋は、エイミーファンクラブの集会場であった。



「信じられなび……信じだくなび……」


 彼はのっそりと立ち上がると、うおおおおっ、と叫んで雑誌『Eimy〜特別創刊号〜』を抱きしめた。


「ばびびょぶ! ぼでのべぃびぃにばびぶぶんべぶ!」

(会長! 俺の『Eimy』になにするんです!)


「ぶぶぺい! ぼぼびぼびぼぼばべびればいんばびょう!」

(うるさい! この気持ちをおさえきれないんだよう!)


 眼鏡の男子学生がクレームを言うと、洗熊人の彼は顔をしわくちゃにしてもっと『Eimy』を抱きしめた。


 パンタ国、ジェベルムーサ家の次男、ザッキー・ジェベルムーサはエイミーファンクラブ会長の座を先代から譲られている。洗熊人という珍しさからでも、パンタ国出身のため身体強化ができるからでもない。ただひたむきにエイミーのファンだった。その一途さを認められ、エイミーがいなくなったグレイフナー魔法学校でもファンクラブを継続させてほしいとの願いから彼が一任された。


 だが……


「ぶび! ぼぶびばぶび!」

(ムリ! ぼくにはムリ!)


 どうやら無理らしい。


 ザッキー会長の言葉を聞いて、五十名の会員はうわんうわんと大泣きを始めた。全員、同じ気持ちであった。


 あの太陽のようにまぶしい笑顔。

 キラキラと輝く微笑み。

 黄金率を奏でる垂れ目。

 抜群のスタイル。

 魔法の才能。

 天真爛漫でありながら失われないお淑やかさ。


 すべてが彼らにとっての生きる糧であり、この学校に登校する半分以上の楽しみでもあった。グレイフナー魔法学校は入学もさることながら卒業も難しい。幾多の試練と試験を乗り越えなければならない。


 そんな中、彼らは『エイミー』という絶対的な拠り所を失ってしまった。

 同じ敷地内に彼女がいない。


 それだけで胸が締め付けられ、息をするのもつらかった。

 もうダメだった。頭がおかしくなりそうだった。


 とある男子生徒はガンガンと頭を床にぶつけている。

 窓際の女子生徒はアハハと笑いながらエイミーと同じコーディネートに着替えてくるくると回っている。


 何人かが自暴自棄になり、互いの尻に“ファイアボール”をぶつけ合う、根性焼きをしようとズボンを下ろしたその時だった。



 ———バァン!



 一陣の風とともに土魔法で固められたドアが開いた。

 そして、彼らの耳を疑うような言葉が響いた。


「ほ、ほほほほ、報告ぅぅッ! 女神降臨! 女神降臨ッッ!!」


 全員、ぐわっとすごい勢いで扉の方向を見た。



 女神降臨。

 すなわち、エイミーが登校したとの報告だ。



 観察隊がこれを伝える役目になっており、たった今報告をした人族の男子生徒チャリティは息も絶え絶え、肩で呼吸をしている。しかし、看過できない報告であった。この手の冗談は万死に値する。


 幽鬼のごとくゆらりと立ち上がった五十名は、チャリティに殺到した。


「てめええええ!」「俺のトキメキを返せ!」「淡い希望を持たせるな!」「死ね! 腹ぁ掻っ捌いて死ねぇい!」「ぼべばっべばばびぃんば」「私もう生きていけないぃぃ」「お姉様ぁ!」「んんああああっ」「お星様がみえるよ〜」「それはあかん冗談だぞ!」


 五十名につかまれたチャリティは細身のため、瞬きする間に担ぎ上げられ、ザッキー会長の前に放り出された。


 ザッキーは動物のアライグマからは想像できない巨体の持ち主であった。

 立ち上がると身長二メートル。リング状のしましま模様の尻尾が足の隙間から見え隠れしている。


「み、みんな聞いてくれ! 俺は見たんだ! この目で女神を見たんだぁぁ!」


 観察隊のチャリティは必死に訴える。

 ザッキー会長はじっと彼の目を見下ろすと、涙に濡れた自分の顔を無造作に拭いて大声で叫んだ。


「仲間を信じなくっちゃ会長は務まらない! ぼくは見に行くぞ!」


 ドアの前に殺到するメンバーを押しのけて外へと走り出した。

 あわてて後を追うエイミーファンクラブの面々。


 そして通学専用『パリオポテスの道』、向こうからは見つからない“観察地点”に辿り着き、門の方向をじっと見つめた。

 ザッキーの背後にわらわらとメンバーが集まってくる。


「もうじき校門をくぐります!」


 観察隊のチャリティが期待に胸を膨らませて大声を発する。

 何を隠そう、彼は今期で六年生。

 エイミーを探すために努力に努力を重ねて探索系最高峰の技術である木魔法中級“梟の眼オウルアイ”、“鷹の眼ホークアイ”、“鷲の眼イーグルアイ”を習得し、今期グレイフナー魔法学校の次席までのし上がった男だ。


 彼は木魔法で両目を強化し、校門に向かってくる女神を発見したらしい。


 あり得ないという諦めと、まさかという期待が一同の間を行ったり来たりして空気が張り詰める。

 全員、心臓がどくどくと脈打つ音が耳の裏を走り、緊張でごくりと唾を飲み込む。


 観察地点から、校門まではざっと百メートルほどだろうか。

 彼らのいる場所からは生徒が校舎に進む姿が手に取るように観察できる。


「来たぁぁっ! 来ましたぁぁぁ!」


 木魔法“鷹の眼ホークアイ”を自身にかけるチャリティが小声で叫ぶ。


 彼の言葉に全員身を乗り出す。

 校門からここまでの距離は百メートル。肉眼での視認は厳しい距離だ。

 各々、双眼鏡を取り出し、どうにかして早く女神を見つけようとする。

 ザッキー会長はファンクラブ唯一の身体強化行使者のため、本気で両目を強化した。


 光、闇、火、水、土、風の六種類のローブを羽織る生徒達がこちらに向かってくる。一人で歩く生徒、グループでおしゃべりしながら校舎に向かう生徒、ふざけ合っている男子生徒など、生徒達が校舎へと向かっていく。


 そんな中、ザッキーはひときわ目立つ女子生徒の二人組がやってくる様子が見えた。


 一人はローブをきっちり羽織った狐人の女子生徒だ。

 めちゃくちゃ可愛い。


 睫毛が長く、口と鼻が小ぶりで、手足が長い。

 小柄ではあるがミステリアスな雰囲気を醸し出しており、無表情ながらも隣の女子生徒を見るときだけ嬉しそうな顔をするところがたまらない。

 腰に鞭を付けているのは冗談だろうか。ウエポンが鞭とはめずらしい。

 あれに叩かれたいという男子生徒は何人もいるだろう。しかし、あんな可愛い女子生徒がこのグレイフナー魔法学校にいれば全員の記憶に残るはずだ。


 そしてザッキーは彼女の隣にいる女の子へと視線を移した。



「……………ッ!!?」



 ザッキーは己の時が止まった。

 心臓も止まったかと思った。


 全身がわなわなと震え、両目にかけた身体強化がブレる。


 彼女はチャリティの報告通り、女神だった。

 間違いなく女神だった。


 さらりと風になびく金色のツインテール。

 相手を包み込む優しげな垂れ目。

 力強い輝きを宿すサファイアの瞳。

 小さくもふっくらしたピンク色の唇。

 慈愛を感じる微笑み。

 制服に隠された悩ましげなボディ。

 張りのある美脚。

 時折見せる、無邪気そうな笑顔。


 いよいよ二人が金木犀の林に近づいてきて、肉眼で確認できたメンバーからも息を飲む音が聞こえる。


 皆、口々に「女神……」とか「エイミー様の生まれ変わり……?」とか「いかん……あの子はいかん……」などとつぶやいている。


 女神と狐美少女は金木犀の林に差し掛かったところでぴたりと足を止め、急にこちらを見つめた。


「……?!」「ひっ……」「あっ……!」


 メンバーの数名が小さな悲鳴を上げる。

 あまりに急な行動だったため心の準備ができていなかったようだ。

 彼女達に気づかれたかもしれない。


 だが向こうからは金木犀が邪魔して見えづらく、元ファンクラブ会員で天才と言われた魔法使いが考案した氷魔法による魔力遮断の装置が設置してある。目で見ることは難しく、魔力での探知は困難だ。


 ザッキーはすぐに装置が問題なく作動していることを確認した。

 大丈夫だ。魔力遮断装置は動いている。


 ザッキーが装置から視線を戻すと、謎の女神はもう前を向いて歩いていた。


 全員、彼女が過ぎ去った後も声を発することができなかった。

 あまりの衝撃に思考が追いつかない。

 エイミーも女神だったが、あの子も同等かそれ以上の女神だった。


 可愛らしい女子生徒二人がいなくなったあと、エイミーファンクラブは女神の再来に沸き立った。


「可愛すぎだろおおおおおおおお!」

「びゃあ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」

「脳汁出た! ひっさびさに脳汁出た!」

「うっうっうううう〜、女神いたぁ〜。生きていけるぅ〜」

「まじやばい。今すぐ結婚を申し込んでくる!」

「絶対優しい子よ! 間違いないわぁ!」

「オーラがすごい! カリスマ性を感じる! 同じ人間とは思えん!」


 ひとしきり興奮したあと、すぐ疑問にぶち当たった。


「あれは誰だ?」

「あんな子いなかったよな?」

「新入生?」

「それにしてはずいぶんと大人びていたぞ」

「てかエイミー様と似てないか?」

「思った思った! 俺も似てると思った!」

「エイミー様、たしか妹がいたはずだが……」

「でもエイミー様の妹君はかなり太っちょのはずだぞ」

「じゃあ誰よ!? やっぱり新入生? 転校生かしら?!」

「狐美少女も気になるな。我が校人気の二枚看板、エイミー&サツキペアを彷彿とさせる……」

「おおおっ! 伝説の再降臨か?!」


 ファンクラブメンバーがやいのやいのと言っている言葉を耳の端で聞きつつ、 パンタ国ジェベルムーサ家の次男、ザッキー・ジェベルムーサはとてつもない事柄を思い出していた。


 パンタ国にある実家から送られてきた手紙に書かれていたことだ。


『グレイフナー魔法学校四年生、光魔法クラス、エリィ・ゴールデンの動向を事細かに伝えよ』


 デンデン国王直々の指示ということで、親からもかなり口酸っぱくして指示出しを受けている。


 その手紙にはこうも書かれていた。


『彼女は清廉潔白な振るまいと、女性らしからぬ大胆さ、慈母のような眼差しを持ち合わせる少女らしい。オアシス・ジェラでは白の女神と呼ばれていたとのこと。美貌も相当なもので、彼女から婚姻を求められれば断る男はいないと思われる。その点にも間違いがないか、正確な報告を求む』


 ザッキーはエリィが太っていたことを知っていたので、新学期に彼女を確認した後、すぐに『手紙の内容は間違いです』と報告を送るつもりであった。



 だが、今、女神が登校する姿を見てすべてのピースが噛み合った。



「あの子が……エリィ・ゴールデンだ………」



 エイミーファンクラブ会長、ザッキー・ジェベルムーサはぽつりとつぶやいた。

 その言葉は誰の耳にも届いていなかった。

 背後からはファンクラブ会員の興奮した声が聞こえ、目の前には普段と変わらない登校の日常風景が広がっていた。





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